回想② ―オムレットとタリアーヌ―
「だって君、魔族だから」
タリアは医者の制止を無視して、オムレットの耳を両側を引っ張った。
それは魔族特有の、ぴんと尖った少し長い耳だった。
悠久の時を生きる種族――それが魔族だ。
数千年生きる話もあれば、五百年は生きるという話もある。
観測者のほうが先に逝ってしまうため、結局のところ、魔族の寿命がどれほどなのかを知る者は少ない。
魔族自身にだってよく分かっていないというのだから驚きだ。
「い、いや……それはわかったんですけど。自分は誰なんですか……? どうしてだろう。何も思い出せない」
長い眠りから目覚めたことによる、一時的な記憶の混濁だろうか。
いや、意識はおかげさまではっきりしている。
体を起こし、自分の身体を確かめる。
薄手の患者衣の胸元は、病人とは思えないほど豊かだった。
一方で、肌の血色は悪く、触れると凍ったように冷たい。
「君は君だよ。ちなみに――私はタリアーヌ。気楽にタリアって呼んでね」
タリアは人差し指と中指を立て、碧眼のジト目を向けながら看護衣を整えた。
洗練された看護衣は、彼女のしなやかな体つきを際立たせている。見た目だけなら、さながら清廉な看護助手そのものだった。
夜空を染め上げたような黒髪は後ろで一つにまとめられ、肩に流れている。彼女が小首を傾げると、髪がふわりと揺れた。
「だから、その『君』が誰なのかが分からないんですけど……」
「名前が無いのも不便だよね。それじゃあ私が名前を付けてあげよう」
タリアは一向に、こちらの問いに答えるつもりがないらしい。
「うーん……そうだな……」
「いや……自分は元の名前が知りたく、」
「決めた」
話の途中でタリアはそれを遮った。
「君の名前は今日からオムレットにしよう」
「そんな唐突な」
いや、しかし。
記憶を失う前の自分と、今ここにいる自分。それらを切り分けるのは、余計な混乱を避けるための悪くない案かもしれない。
人格とは、これまで培ってきた経験によって形作られるものだ。
その経験を失ったのなら、今の自分を新たな人格――オムレットとして捉えたほうが都合がいい。
「ところで、由来って何なんだ?」
頭の中に不自然に残っている一般教養を探ってみても、それらしい答えは見つからない。
「わからん!」
「わからんのかい!」




