セリシウス監獄
けたたましいベルの音が冷たい石壁に反響する。
錆びた鉄格子が軋みながら開き、看守の怒声が通路に響き渡る。
耳障りな声が、眠気の残る頭に容赦なく響く。
その喧騒を聞くたびに、また朝が来てしまったのだと自覚する。
セリシウス監獄の朝は、いつもと同じだった。
表面がボロボロに剥がれた木机は、まるで勉学とは悪だと言わんばかりに酷く傷んでいる。
ベッドは岩のように硬く冷たい。
それでも、両手を伸ばせば左右の壁に手が届いてしまいそうなほど狭いこの空間が、オムレットにとって、唯一安らげる場所だった。
節々の痛みに顔をしかめながら、ベッドから体を起こした。
「……」
格子状の窓辺に小鳥が羽を休めにやってきた。
枕元に置かれた本――貸し出された聖書のレプリカを手に取り、罰当たりにも小鳥めがけて投げつけた。
本は鉄格子に阻まれ、小鳥は驚いて飛び去って行く。
「はぁー……まったくイライラさせられるぜ」
自由に飛び回る小鳥のさえずりも、こんな牢獄の中ではただの嘲笑にしか聞こえない。
ベッドから立ち上がり、開いた扉の方へ歩き出す。
すると、足元に重みを感じ、鉄同士が擦れ合う音が耳に届いた。足首に取り付けられた枷の存在を、改めて思い知らされる。
≪405≫と書かれた独房から出ると、すでに通路には他の囚人が整列し始めていた。
右には、十数人の幼児を残忍な方法で葬った猟奇殺人鬼が無表情で突っ立っている。
左には、非人道的な人体実験に手を染めたマッドサイエンティストが、虚空を見つめていた。
どちらもオムレットと目を合わせまいと、そっぽを向いている。
いや、彼らだけではない。
通路に整列した凶悪犯共は、本来なら周囲に恐怖を抱かせる側の人間だ。それなのに、どういうわけか彼らは、オムレットただ一人を恐れているようだ。
オルランド大陸内で凶悪な罪を犯した選りすぐりの極悪人を収容するこの≪セリシウス監獄≫の中においても、彼女の存在は異質そのものだった。
黄金色の長髪は伸び放題で、手入れもされていない。毛先は地面を擦っている始末だ。
目元には、黒地に赤い魔術刻印が浮かぶ目隠しが、固く巻き付けられ、本人の意思では、外すこともできない。
それが何を意味するのかオムレットにはわからない。
わかるとすれば――あの男だけだ。
このセリシウス監獄で特別監査官を務める、彼だけが。
看守長の号令に合わせ、点呼が行われる。
毎日同じ時間。彼はふらりとやってくる。
「おはようございますルナリス卿」
普段は偉そうな仏頂面を浮かべる看守長が、妙に大きな声を上げた。
彼が現れた合図だ。
「構わん。続けてくれ」
純白の外套をまとい、腰には豪勢な装飾を施した長剣を携えている。その顔には、朝から機嫌が悪いとでも言いたげな不機嫌さが滲み出ていた。
ここに務める職員にとっては、鬱陶しい目の上のたんこぶに違いない。
ライズ・ルナリス・フィール。
このガナリア帝国フェルトシュタイン領を統治するルナリス侯爵の子息の一人。
そんな権力者が、なぜか今はこんな薄汚れた監獄で監査官を務めている。
彼はジッとこちらを睨むような視線を向ける。
オムレットは気づかないふりを決め込み、看守長の耳障りな言葉に耳を傾ける素振りで、その場をやり過ごした。




