閑話 とある記者の取材記録②
自白剤を盛った張本人が応接室に現れたのは、それからすぐのことだった。
重厚な木製の扉が、静かに開かれる。
廊下から流れ込む冷気とともに、肌を刺すような圧迫感が室内に満ちた。
召使に扉を開けさせ、悠々と入室したライズ・ルナリス・フィールは、記者を一瞥して口を開いた。
「待たせてすまなかったな。よく来てくれた。アレを送り付けていたのが君とは。想像と少し違うな」
「それは良い想像の方でよろしかったですか」
席を立って握手を求める。
「堅苦しいのは良い。座れ」
差し出した手を引っ込め、何事もなかったかのように席についた。
純白の外套と腰にさした豪華な装飾が施された長剣。
背は高く足も長い。
茶系の短髪に整髪料を使って自然に髪を流している。
年齢は今年で、二十七歳だったか。
自白剤を紅茶にぶち込むような男でなければ、非の打ち所がない好青年に映ったことだろう。
「ルナリス卿直々にご招待いただけるなんて光栄です。遂に私の気持ちが伝わったということでしょうか」
取材なら、フェルトシュタイン領の領都『スタンフォルム』にあるルナリス城に訪ねるのが一般的だ。
こうして辺境のセリシウス監獄に招集されるとは、夢にも思わなかった。
「嫌がらせのように百五十回も怪文書を送っておきながら、よく言えたものだ。まさか本当に、こんな辺境の地までノコノコやってくるとは、思わなかったぞ」
ライズは、不思議な生き物を眺めるような顔をしていた。
どうやら、この状況そのものを楽しんでいるようだ。
「怪文書? あれは一種のラブレターですよ、ルナリス卿」
「ルナリス卿はやめてくれ。私は所詮、ルナリス侯爵の次男坊だ」
ライズは、次男という肩書に大きなコンプレックスを抱いている――事前に調べた情報で、記者はそう認識していた。だからこそ、彼の口から出た言葉が意外で、思わず目を丸くした。
ライズ・ルナリス・フィールには、四つ上の兄がいる。
ライズが超優秀な男なら、兄は『神に選ばれし存在』『新時代の聖十二神将』と称されるほどの天才だ。
――比べることすら憚られる天才な兄を持つ弟。
生まれながらにして、二番という名札を貼られた男。
それがライズ・ルナリス・フィールという人物だ。
自らを二番と定義する彼の眼差しには、どこか寂しげな色をしていた。
「まさかあの大陸の悪魔を葬った英雄から、そんな弱気な台詞が聞けるとは思いませんでしたね」
あえてわざとらしく持っていた手帳にメモを取る仕草をする記者。
「んん……今の部分は悪いが記事にしないでくれ。私だって気分が落ち込む事くらいある」
紅茶を一口。
ライズは小さくため息をつく。
「ふふふ。それは、これからの取材の結果ですよ、ライズ様」
記者は意地悪くいじめっ子のようにニシシと笑った。
「おいお主。ライズ様にあまり無礼な態度を取るな。不敬だ」
白髪を蓄えた老いた召使が口を挟んできた。
先ほどまでライズの隣にポツンと立ち、置物のようだったのに、まさか口を挟むとは思わなかった。
「……あはは。すみません」
居心地が悪そうに記者は小さく会釈した。
それに対しライズは、
「よい。私が許す。爺よ、水を差さないでくれ。もう下がってよい。休んでいろ」
と召使を邪険に扱う。
「シッシ」と小さく手を振って、退室するよう促した。
「……承知いたしました。ライズ様」
ライズの言葉に一切の私情を挟むことなく、召使は風のようにその場から退散する。
ライズはしばらくその扉を見つめていたが、やがて傍らの長剣をさり気なく手の届く位置へ引き寄せた。
それから背筋を正し、改めて記者へと向き直る。
「失礼した。うちの召使は少々口うるさくてな」
「いえいえ。それだけライズ様のことをお思いなのでしょうね」
身辺調査は事前に済ませている。
あの召使は彼が幼少の頃から仕える世話係だ。
冷酷な印象のあるライズも彼には多少甘いのだろう。
「……ところで、紅茶は口に合わなかったか?」
わずかに一口分だけ減ったティーカップに視線を落とし、ライズは尋ねた。
何食わぬ顔で微笑む記者の様子に、ついにしびれを切らしたようだ。
「――とんでもない。とてもお上品な味でしたよ」
記者はカップの縁を指先でなぞりながら、何事もなかったかのように微笑み返す。
「それは、世辞か?」
疑心を含んだ冷たい双眼が見つめ返してくる。
「いえいえ、私はいつだって正直者、ですよ?」
そう言って記者は、残りの自白剤入りの紅茶を澄ました顔で飲み干してみせた。




