回想③ ――目隠し――
≪人類歴 116年≫
目覚めてから半年ほどの月日が流れた頃、その男は突然現れた。
「――目を覚ましたのか、オリエント」
血相を変えた様子の男はひどく動揺していた。
その表情には、目覚めたことへの安堵のほかに、後ろめたさや後悔にも似た感情が複雑に入り混じっている。
名をライズ・ルナリス・フィールという、人族の男だ。
端正な顔立ちに、きれいに整えられた短髪。白の外套をまとい、腰には豪勢な装飾の施された長剣が収められている。
黙って立っていれば、非の打ち所がない物語の中から飛び出してきた騎士そのものだっただろう。
だが、目の前の男からは、勇敢な騎士さまの面影など欠片も感じられなかった。
「え……?」
身に覚えのない名前。
それが記憶を失う以前の自分の名なのか、確かめる間もなくライズは畳み掛けるように訊いてきた。
「貴様は……私を憐れんでいるか? 道化を演じたこの私を」
「よく知らないですけど、今のあなたは哀れに見えますよ」
言ってから、少しキツい言葉だったかもしれないと思った。
目覚めた自分への第一声が、身勝手な問いかけだったから、つい意地の悪いことを言ってしまったのだ。
だが、ライズは怒るでもなく、言い返すでもなかった。
「……とぼけているのか? ――そうか。私が貴様にしたことを思えば当然か」
ライズは壁にもたれかかり、表情に深い影が落ちた。
「何をしたって言うんですか。教えてください」
過去の自分を知るまたとない機会だ。
この機を逃す手はない。
「いい加減にしたらどうだ。私がお前を――」
まったくピンと来ていない様子のオムレットを見て、ライズは言葉を継ぐ。
「何だその顔は……。眠っている間に何もかも忘れたのか」
「そうですけど」
冗談めかして言ったライズの言葉に同意する。
「趣味の悪い冗談はやめろ」
「冗談じゃないです」
「貴様……!」
ライズの手が腰の剣に伸びた。
次の瞬間、冷たい刃が喉元に触れていた
「そっちこそ。どういう冗談ですか」
病人に剣を向けるなんて、冗談では済まない。
「――私は……私は十年も待ったのだぞ。貴様にとっては、ほんの数瞬の出来事なのかもしれないが、私にとっては、長い時間だった」
「……ごめんなさい。自分はあなたの知ってる自分じゃない」
真っすぐ彼の瞳を見つめて答えた。
それが、抱えきれないものを持ち続けてきた彼への、せめてもの慰めになると思ったからだ。
義理もなければ、義務もない。あるのはただ、哀れみの心だけだ。
それから、ライズは定期的に彼を出すようになった。
彼はいつも、同じ質問をしては帰っていった。
『思い出したか?』と。
それに対し、オムレットは決まって『知らない』とだけ返事をした。
ライズが見つめているのは、ずっと記憶を失う前の「オリエント」だった。
目の前にいる自分ではない。
今ここにいる自分を通り越して、彼はずっと、過去の誰かを見つめている。
その視線にさらされるたび、オムレットは自分の居場所がどこにもないように感じた。
そしていつしか、ライズ・ルナリス・フィールという男を嫌悪するようになっていた。
ある日。
遂に白い部屋から出る時がやってきた。
このまま何の刺激もない部屋に幽閉していても、記憶は蘇らないと結論付けたライズの指示で、いわれのない罪を背負わされ、セリシウス監獄へ投獄された。
なぜ自分に目隠しが施されたのか──
その本当の意味を、当時のオムレットは知る由もなかった。




