空文堂の若旦那
◆クロ
伊佐とお出かけしてから何日か経ったころ、伊佐は仕事でお出かけ、吾は伊勢どののところで留守番だ。
今日は太一ちゃんもいっしょ。揚巻どのは相変わらずいない。
そこに若旦那が遊びに来た。彫師のおじさんが元気になって、そのお礼に吾に座布団を持ってきてくれた。座布団はふっくらしていて、この上で眠ると気持ちよさそう。
ちゃんと、ありがとう!とお礼をいうと、若旦那は笑って頭を撫でてくれた。
若旦那は他にもお土産を持ってきてくれて、伊勢どのと太一ちゃんがうれしそうに食べている。
かりんとうってやつ。食べると、ポリポリ、バリバリ音がする。
でも、吾には身体によくないから、だめだって。かわりに煮干しをもらった。
煮干し、おいしい。おいしいけど。
かりんとう、気になる!食べてみたい!
吾はいいことを思いついた。
犬だと身体によくないという。それはわかった。
だったら、霊力をためて、神界に戻って人化して食べるならよいのでは?
ちょこっと神界に戻れるなら、母さまにも会える。それってだめなのかな。
ちょっと真朱さまに相談してみよう。
◆伊佐
仕事を終えて、クロを迎えに婆のところに行くと、若旦那が婆のところでお茶を飲んでいてびっくりした。
なんでも、彫師の親父が元気になり、仕事に復帰して、どうにか本も出来上がる目安がついたそうだ。
そりゃあ、よかった。
まだ玉は戻ってきちゃあいないが、その分、親父が餌をやりに行き、久しぶりに玉と顔をあわせ、親ばかが爆発しているらしい。
決壊が崩壊したようなもんか。もう一回崩壊したら戻んねぇよな。
そして、親父は若旦那にクロがいつ遊びに来てもいいと言っていたとさ。
俺についてはなんもなし。
あの親父はそんなやつだよ。しょうがねぇなぁ。
そんなこんなで、若旦那はあらためてお礼代わりにクロに座布団を持ってきてくれたというわけだ。
「店で使っていた古い座布団だが、クロにちょうどいいだろ?」と相変わらず軽い調子で言ってくる。
「そんで婆たちが食べてるもんは?」
「ほら、伊佐がお伊勢さんの助言でクロを彫師のところに連れてったって言ってたじゃないか」
「いいましたけど」
「だから、お礼にね。鶴屋のかりんとうだよ」
「え?俺あてじゃないんですかい?」
「うん。お伊勢さんだよ。クロを連れてかなかったら、もっと長引いてたからね」
「……はぁ」
「ほんと、助かったよ。お伊勢さんと伊佐さんとクロのおかげだよ」
「ほんのちょっとした思いつきだったんだがねぇ」
「いや、さすがですよ。今日はクロとお伊勢さんにお土産だったけど、今度来る時は太一に絵本でも持ってくるね」
「絵本!」
「よかったねぇ。太一」
「うん!」
「ほんと、若旦那は気が利くね。わたしは鶴屋のかりんとうは『たけ』が好きだね」
そういって、婆は黒い太めのかりんとうをバリバリと噛み砕いている。
ああ、この婆は歯も丈夫だね。
「太一は『ささ』がいい」
太一はざらめのついた細い薄茶のかりんとうを口に入れて、にこにこ顔だ。
「あうあうあう〜」
クロがひとり不満そうだな。
「クロ、かりんとうはお前の身体にはあわないからな。お前さんはさっき煮干しを食べただろ。あとは、座布団で我慢しておくれね」
若旦那が笑いながら、クロを説得している。
「若旦那はいい男だねぇ。あたしがあと五十年若かったら、絶対ほっとかなかったよ」
婆がトチ狂ったことをいいだした。酒を飲んじゃいないよな?
「おや、五十年も遅れちまったかい。そりゃあ、悪かったねぇ」
「ほんと、いい男だよ。伊佐なら、ひっくり返って嫌がるよ。伊佐!こんなお人が近くにいるんだ。ちゃんと爪の垢もらって飲んどきな!」
「伊佐、飲むんなら、爪の垢は煎じて飲みなね」
「飲まねぇよ」
なんでこっちに矛先がまわるんだよ。




