クロのお披露目
◆伊佐
空文堂の若旦那の清之助は食えない男だ。
まだ父親が旦那として空文堂を取り仕切っているが、なかなか出来る後継ぎとしてまわりからは認められている。
そして、根っからの本好き。それ以外はあまりこだわりはない。
腕っぷしは強いとは思えないが、荒事の際も怖じけた素振りもみせず、飄々としていやがる。
あまりにも平然としているもんだから、実は何かの組み手の名人かと思ったが、喧嘩に巻き込まれて、あっさり殴られていた。それを俺が助けたのが、知り合った始まりだ。
その際も「痛いねぇ。でも、こっちも痛いが、向こうさんもかなり痛いんじゃないかねぇ。骨と骨があたったよ」と来たもんだ。
ついつい、こっちも吹き出しちまい、馬が合ったのか、その後も世間話が続いた。
そして、俺がついでに言った「戯作者も面白そうだ」という言葉を拾い上げ、若旦那に「書いてごらんな」と言われたことから、今に至る。
そう考えると、不思議だよな。戯作は読むもの、書こうなんざ、若旦那と知り合うまでこれっぽっちも考えもしなかったんだからなぁ。
おかげでよろず屋稼業には似合わねぇくらい、ああだ、こうだと考え事が増えた毎日だが、それも楽しいんだから、世話ぁねぇ。
空文堂に着くと、若旦那は店先にいて客の相手をしていた。
目が合い、ちょっと待ってろと合図されたので、そのまま店の隅で待つ。
いつものことで慣れたもんだ。
「待たせたね。先日依頼した件かい?奥に行こうか」
客の応対が終わったところで、若旦那に声をかけられる。
「先日話したちびすけも連れてんですが、いいですかい?」
そう、若旦那に伝えたとたんにクロがひょこっと顔を出す。
ほんとにこいつは調子がいいな。話がわかってんのかねぇ。
「おや、かわいいねぇ。もちろん、奥に来ておくれよ」
「じゃあ、遠慮なく」
部屋に入るとクロを懐から出す。
今日二回目の知らない場所だが、まったく物怖じなしに部屋を見回している。
こいつ、すげぇな。
「クロ、空文堂の若旦那だ。挨拶しな」といってみると、テトテト歩いて若旦那の方に向かい、
眼の前までいったところで、きちんとお座り。「わん」と来たもんだ。
ほんと、こいつ、わかってんのかねぇ。
「この子が神様の授かりものか。クロ、清之助だよ。よろしくね」
「わん!」
「ほんと、賢いねぇ。いい子だ」
話しながら、クロを抱き上げ、撫でている。
クロは嬉しそうにされるがままだ。ちっこいしっぽをぶんぶんと振っている。
若旦那は人だけでは足らず、犬もたらすのかとおかしくなった。
「そうそう、若旦那。彫師の猫は見つかりましたよ」
「昨日の今日じゃないかい。さすが、伊佐さん。仕事が早い。で、親父さんどうなったかい?」
「子どもを産んで近所にいましたよ。最初は意地を張っていましたが、クロと遊んでちょっと気持ちが変わったようで。多分、もう大丈夫なんじゃないかと思います」
「すごいね。伊佐さん。猫探しを頼んだのに、そこまでしてくれたのかい。ありがたいね」
「猫は近所に聞いて一発でしたよ。ただ、親父の偏屈具合に心配になりましてね」
「ははは。こっちも気をつけておくよ。クロも働いてくれたんだね。ありがとうね」
「わん!」
「ほんとうにクロはいい子だねぇ」
褒められているのがわかるのだろう。若旦那の言葉にクロが大はしゃぎし、部屋中を走り回る。
若旦那が「あんなにちっこいのに、こんなに興奮して大丈夫かい?」と心配しだしたのは、
なかなかいい眺めだった。
◆クロ
はじめて伊佐といっしょに行ったところは、彫師のおじさんがいるところだった。
はじめましての挨拶をしたけど、おじさんは「さみしい気」を出していて、泣きそうだった。
「大丈夫?どうしたの?」と何回も聞いたけど、おじさんは答えない。
でも途中から一緒に遊んでくれて、どんどん「さみしい気」が薄くなっていった。
最後まで「さみしい気」は全部なくならなかったけど、もう大丈夫そうな気がする。
そして、吾の身体の奥で、何かがぽわっと温かくなった。
なんだろ?霊力がちょっと増えたのかもしれないな。
その後、空文堂の若旦那に会った。
空文堂は色んな人が行ったり、来たりしていて、忙しそうだ。
その中で、若旦那はゆったりしていて、なんとなく柔らかくて明るい気に包まれている。
そのせいなのかな。そばにいると気持ちよい。ちょっとひなたぼっこしてるみたいな感じ。
吾のこともすごーく褒めてくれた。好き!




