相棒はクロ
◆クロ
おはよう。
今日も伊佐より早く起きたぞ。
寝返りをうって伊佐がこっちを向いてきたので前足で顎を触ってみたけど、起きない。寝てる。
ほんと、ねぼすけだな。
吾、もう部屋も探検したからな。
ふとんを出て、伊佐の上に登ってみる。
伊佐の上からふとんにポンと飛ぶ。ちょっとこけた。楽しい。
今度は伊佐の足からどこまで上にいけるかやってみよう!
◆伊佐
朝、寝ているとクロが上に乗ってきた。
こいつ、どんどんやんちゃになってくるな。
俺を遊び道具にしてやがる。
伸びをして目を開けると、クロはテテテと顔の前まで来て、わうわうと独り言をいいながら、じゃれついてくる。
おいおい、顔にじゃれつくのはやめてくれ。
……まぁ、朝から元気でなによりだ。
こっちも起き上がって、軽く相手をしてやる。
朝から子犬と遊ぶのもいいもんだな。
顔を洗い、朝飯の用意をしていると、ほたほたと戸を叩きながら、俺を呼ぶ太一の声。
「おはよう。伊佐さん。ごはん持ってきた」
おしのさんとふたり、炊きあがった飯を持ってきてくれたらしい。
「わざわざ持ってきてくれたのか。朝から悪いな」
「いや、こちらこそ、早くから悪いね。伊佐さん。太一がね。クロちゃんに早く会いたいっていうから」
太一はもうすっかりクロとはしゃいでいる。
クロが来るまで気が付かなかったが、犬ってのは笑うんだね。
まぁ、子ども同士、はしゃいでいる姿をみるのはいいもんだな。
「太一、今日はクロと出かけるんだ。婆のところには帰りに寄れたら寄るが、クロがいなくてもいい子でいろよ」
「クロちゃんいないの……。わかった。いい子にしてる」
「じゃあ、今、ごはん持ってきてよかったねぇ。さ、太一、伊佐さんも仕事があるから、もう帰るよ」
「やだ」
しゃがんで、てこでも動かない気だ。
そんな太一だったが、あっさり母ちゃんに持ち上げられて泣き叫びながら帰っていった。
朝から元気だな。いいこった。
まぁ、しょうがねぇな。帰りに婆のところに寄るか。
◆クロ
朝から太一ちゃんに会えて楽しかった。
途中で泣きながら帰っちゃったけど。
赤ちゃんだからな。
吾が世話してあげねばな。
今日は伊佐とお出かけする。楽しみだ。
お出かけするから、朝ごはんは少なめだぞ、と言われた。
この前みたいにお腹がパンパンになるまで食べちゃだめだって。
しょうがないな。
でも、朝ごはんのしじみのおかゆは量が少なめな分、豪華にしてやるって、玉子を少し入れてくれた。
おいしい!伊佐、大好き!
◆伊佐
クロに朝めしを食べさせ、少し時間を置いて落ち着いたところで、彫師の親父のところに向かう。
クロが短いしっぽをふりふりさせて俺の前にくると、きちんとお座りしてこっちを見てくる。
ついつい、「今日は猫がいなくなった親父のところに行くぞ」と言っちまった。
相変わらず、「わん!」といい返事をしていたが、本当にわかってんのかね。
わかったような返事をするから、つい説明しちまう。
そういうところが、クロのすごいところだな。
さてさて、今日はどうなるか。
彫師の親父に土産でも買っていくか。
団子でいいか。生醤油の団子を数本、クロの味付けなしの白団子を別に包んでもらう。
彫師の家に着いたら、「邪魔するぜ!」と声をかけ、勝手に戸を開けて中に入る。
相変わらずどんよりした空気だな。
そう思ったところで、クロが目を覚ましたらしい。
「わん!」
「なんでぇ。朝からうるせぇな」
「おやっさん、伊佐だ。また寄せてもらったぜ」
「お前もたいがいしつこいね。わんて聞こえたが、何だ」
「ああ、俺の相棒だ」
「相棒」という言葉が聞こえたのか、クロはちょうど懐からひょっこり顔を出す。
こいつ、わかってんなぁ。
「……」
親父は不意をつかれたのか、黙っちまった。
「ちょいと邪魔するよ」
これ幸いと、知らん顔して部屋に上がる。
どうするか、たいして考えちゃいないが、まぁこういうのは勢いだ。
土産の団子を差し出し、ついでにクロも床に下ろす。
「最近相棒になったんだ。かわいいだろ。せっかくだから紹介しようと思ってよ」
床に降ろされたクロは物珍しそうに部屋を見回した後、固まっている親父に目をつけると、そのままテトテトと歩いていった。
こいつ、怖いもの知らずだな。
せまい部屋だ。子犬が少し歩くだけで親父に到着だ。
どうするのかと見ていたら、ハハッ。親父に向かって「わうわう、あうあう」しゃべりかけてやがる。
人見知りなしのおしゃべりだ。
子犬に話しかけられたおやじは……、うん、固まってるな。
「クロ、えらいな。ちゃんと挨拶してんのか」
「わん!」
親父、まだ戻ってきてないなぁ。
どこに行ってんだ?
クロは固まっている親父に目を戻すと、親父の膝に手をかけ、あうあうとまた言い出した。
たいしたもんだ。
子犬に話しかけられて、固まる頑固親父。笑えるぜ。
「……こいつぁ、なんだ」
「相棒さね。まだちびなんだ。撫でると喜ぶから、撫でとくれ」
親父がぎこちなくクロに手を伸ばすと、遊んでくれると思って、飛び上ってじゃれかかる。
しばらく親父の手と攻防を繰り広げていたが、そのうち捕まり、あぐらの中にとりこまれ、腹を見せて親父の手のひらにじゃれついている。
さて、どうすっかね。もう、このままでもいい気がしてきたぜ。
しばらく無言でクロをあやしていた親父がこちらを睨めつけてくる。
「……お前、何がしたいんだ?」
「ひねくれてんなぁ。別に何もしたかねぇよ」
クロをあやしながらそんなことを言っても、全くかっこつかねぇよ。
「まぁ、俺の相棒の紹介も出来たし、帰るわ」
「なんだ!お前、俺をからかいに来ただけか!」
「あう〜」
「いや、お前に怒ったわけじゃないぞ」
ほんとにクロは出来るやつだよ。あっという間に親父を手なづけちまったぜ。
「いや、これから空文堂にいかないと行けないんだ。まぁ、クロが気に入ったならたまに遊びに来てもいいけどよ。でも、あんただって、玉がいるだろ」
「あいつは出てった」
「すぐ近くにいるじゃねぇか。近所のみんなに餌はもらってるみたいだが、子育ては大変だ。多分、子猫がもう少ししゃんとしたら、あんたんとこに戻ってくるんじゃあないかねぇ。だから、帰ってきたら、受け入れてやんなよ」
「……」
「子犬だろうが、子猫だろうが、子どもはきっとかわいいぜ」
「……」
親父があやすのをやめたせいで、クロがテトテトこっちに戻ってきた。
「お、腹減ったのか?団子食うか?」
「わん!」
「親父、クロに団子買ってきてるんだ。食わせてやってくれ」
たもとから団子を出すと親父に渡す。親父も素直に受け取って、クロに団子をやっている。
クロはしっぽを勢いよく振りながら、夢中で齧りついてやがる。
「……お前もたいがいおせっかいな野郎だね」
「ハハッ。確かにそうかもな。ま、これ以上は何もしないよ。ただ俺は相棒を見せに来ただけさ」
クロは団子を食べ終わって、眠そうだ。まだちびだからな。
「そうか」
「ああ、じゃあな。箱入り娘が帰ってきたら、大事にしてやんなよ」
そういって、俺は彫師のところを暇乞いした。
これから若旦那のところだ。
猫探しの結果を伝えなくちゃならねぇけど、締まらないねぇ。しょうがねぇ。
後日、若旦那が教えてくれたところによると、やっぱり玉は子猫が動かせるようになると、
子猫を連れてふらっと帰ってきたらしい。
彫師は、「この馬鹿猫!」と言いながら、家出娘とその子たちを猫かわいがりしているそうだ。
そして、気ぶっせぇ野郎そっくりのキジトラの子猫が一番のお気に入りだそうな。
まぁ、そんなもんなんだな。




