伊佐のよろず屋稼業
◆クロ
おはよう。朝だ。ぱっちり目が覚めた。
伊佐といっしょにお布団に入ってる。
母さま、もう起きてるかな。
母さま、伊佐はまだ寝ていますが、真黒は元気にしています。
やっぱり、伊佐はねぼすけだ。吾の方がいつも先に起きるぞ。
昨日はご飯を食べた後、すぐに寝ちゃった。
月凛さんが言っていたとおり、人界は気が付かないうちに霊力をたくさん使うみたいだ。
でも、ちょっとずつ慣れていけば、身体は大きくなれると言っていた。
昨日はちゃんとたくさん笑って、遊んで、ごはんを食べて、よく眠ったから、多分、霊力も溜まってるはず。
あ!吾のわらじ!昨日伊勢どのがくれたの。
持って帰ってきたから、どこかにあるぞ。
伊佐もまだ起きなそうだし、探そ。
◆伊佐
まーた、朝早くからごそごそしてやがる。
なんか、あうあう、いっちょ前にひとりごとを言ってんな。
知らんぷりして寝ていると、布団から抜け出し、部屋の中を動き回っている。
何をそんなに見たいんだかねぇ。
婆からもらったわらじがかなり気に入ったらしく、部屋の隅に置いていたのに気がついてガシガシ噛んでるようだ。
あれか、歯が生えてきて、何か噛みたいのかね。
こいつは拾われた次の朝には腹いっぱい飯を食ってヘソ天になるわ、わらじを一心不乱に齧るわ、おっかねぇ婆には懐くわで、見てるだけで飽きねぇな。
まぁ、今日は猫探しがあるんで、また婆に預けるか。
あの婆もだいぶクロを気に入っていたな。
おかげで昨日は、婆の猫なで声なんてありえないもんまで聞いちまったよ。
◆クロ
今日の朝ごはんは昨日と同じなまり節のおかゆ。おいしくて飽きない。
勝手にしっぽがぶんぶんと動いてしまう。
伊佐の足に飛びつくと勢い余ってころっと転がる。
それが面白い。楽しい。
「クロ、仕事で外に行かないとなんねぇから、今日もまた婆のところだ。太一もいるからふたりで遊んでな」
「わかった!がんばって修行しているぞ!」
「よしよし。いい子だ」
頭をわしわし撫でられた。
その後、伊勢どののおうちに連れていってもらう。
伊勢どのに挨拶する。揚巻どのはいなかった。
あ、太一ちゃん、みっけ!
「おはよう!」と走っていって、飛びつく。
太一ちゃんは「おはよう!」といいながら、吾をギューッとしてくれた。
「今日も遊ぼうね!」と太一ちゃんが吾に言う。
「うん!」太一ちゃんも大好きだ。
◆伊佐
婆のところにクロを預け、猫探し開始だ。
クロは太一とすっかり仲良くなったようで、こっちのことなんざ見ちゃいねぇ。
「これから出かけるからな。迎えに来るまでいい子にしてな」
「わん!」
返事はするものの、太一の方に気をとられてやがる。冷てぇな。
「返事をしてくれるだけ優しいんじゃないかい」
婆は笑いながら茶化してくる。こっちの振られ具合をおもしろがってやがる。
うるせぇ婆だ。でも、まぁ、クロを預かってくれるのは助かる。
今日は土産でも買って帰るか。
さてさて、気を取り直して、仕事だ。仕事。
箱入り猫のお嬢様探しだ。
昨日、偏屈な彫師をなだめすかして、ようよう聞き出したところによると、玉は黒と白のハチワレ。
胸と腹、足先が白い猫という。特徴があるから、間違えにくくていいな。
玉がいなくなってから仕事ができなくなるほどなのに、探しもせずに部屋に閉じこもったままの頑固者。
近所付き合いもない偏屈者。
いなくなったのが三か月ほど前ってんなら、オスに誘われて箱入りお嬢様が家出して、帰り道がわからなくなったってのも考えられるが、子猫を産んで育ててる途中って線が一番ありそうだ。
まずはその線で探してみるか。
子猫を育てるのは大変だ。
餌をくれる人間がいて、静かな隠れやすい場所があるところ。
そういうところが狙い目だな。
あの偏屈親父だけの話じゃ終わらねぇな。
まずは近所で話を聞いてみるか。
「ああ、玉なら通り向こうの物置の近くにいるよ」
「ハハッ」
ついつい、気が抜けた笑い声を出しちまった。
玉の行方を知っているかと、ご近所さんに聞いたところ、隣長屋のおかみさんがサラッと教えてくれた。
おいおい、なんなんだよ。
若旦那から話を受けた時は、面倒な依頼だと思ったが、たった一回、近所のおかみさんに聞いただけで終わっちまった。
あの親父、これっぽちも近所付き合いがないのかよ。
偏屈にもほどがあるだろ。
「キジトラと白黒の子猫二匹を頑張って育ててるよ」
ああ、やっぱり子育て中か。
「あの人もたいがい偏屈だからねぇ。みんな、なかなか伝えられなくてね。あんたから言ってくれるとありがたいよ。みんなして、玉に餌はあげてるけど」
「もうちょっとたったら親父さんのところに戻るかもしれねぇな」
「そうだねぇ。可愛がってたからねぇ」
「助かったよ。まずは玉を見てくら。それから親父さんに伝えるようにするわ」
こいつぁ、彫師の親父に伝えるにもどうやって伝えるか考えたほうがいいな。
こっちの方が面倒だったか。
子猫は見かけなかったが、玉は確認できたので、彫師に伝えることにした。
どう伝えようか考えたが、まずは玉の無事と子猫がいることを伝えた途端、いきり立つ。
「あいつが玉を捨てたのか!?」
「おいおい、猫だぜ。普通子育てなんざしないだろ」
「あの気ぶっせぇ野郎の子か!そんなもん、いらん!」
「でも、あんたの可愛がってた玉の子だろ。それでいいじゃないか」
「いや。あいつは出ていったんだ。もういい。知らん」
「よかぁないだろ。気になって仕事だって手がつかないじゃないか」
「うるせぇ。帰れ!」
そんなこんなのやりとりで一旦帰ることにした。
……はぁぁ、めんどくせぇな。
でも、まぁ、とりあえず若旦那の仕事は落着したか。
……いや、若旦那は猫探しって言ってたが、要は彫師の親父が彫り物を出来るようにすることが目的だよな。
猫探しは一発で片付いっちまったが、しょうがねぇ、もう少し働くとするか。
◆クロ
伊佐からお土産にお団子をもらった。
お団子は白くて柔らか、もちもちしていて、うっすら甘い。おいしい。
太一ちゃんも伊勢どのもうれしそうに食べている。
ふたりのお団子は茶色くて香ばしい匂い。
吾のお団子と違う。気になる。
吾には白いお団子がいいそうだ。でも、茶色い方もちょっと食べてみたい。
うん。やっぱり今のお団子がいいかな。
白いお団子おいしい。満足だ。
食べ終わって、足をうんと伸ばした。気持ちいい。
そのまま眠くなって、ちょっと目をつぶった。
その後、気がついたら伊佐のうちに戻っていた。
あれ?まぁ、いいや。遊ぼ。
◆伊佐
帰りに婆の土産に団子を買った。
クロには味付け無しの白団子、太一と婆には醤油団子だ。
クロも太一も婆も団子は好きらしい。
うまそうに食っている。
ああ、彫師の親父もこれくらい分かりやすけりゃ、いいのにねぇ。
もう、愛娘に駆け落ちされた頑固親父だからな。意固地になってやがる。
勝手に出てって、近くにいるくせに顔も見せねぇ。
心配してた親父からすりゃ、「なんなんだ、あいつは」って腹も立つか。
だが、玉を探すっていう俺のことをなんだかんだ、文句を言いながら止めなかった。
意固地な態度だが、眼の前に玉が出てくりゃ、絆されそうな気がするな。
気に入らないオス猫の子とはいえ、よちよち歩きのちっこい猫が目の前に来たら、どう考えてもデレるよなぁ。
ただなぁ、玉も子どもがある程度しっかりするまでは動かさないだろうからな。
さて、どうしたもんかね。
「伊佐、ごちそうさま。気が利くじゃないか」
「ああ、これからも世話になるからな」
「あんたのそういうところ、嫌いじゃないよ。家賃もちゃんと払うしね」
「ああ、つけとかそういうの、わかんねぇんだよな。まとめて払うより楽だろ?溜め込んで逃げ回るのも性に合わねぇ」
「わたしもそう思うよ。で、今日はなにしてたんだい?」
「猫探し。猫はすぐに見つかったんだがなぁ……」
婆に今日の出来事を話す。人に話すと頭の整理になるな。
「あたしも揚巻は大事だから、その親父の気持ちもわかるけどね。まぁ、会わせちまえばどうにかなりそうだね」
「そうなんだけどよぉ」
「子猫がもう少ししゃんとしたら、飼い主のところに戻るんじゃないかねぇ。だから、それまで親父が餌なり何なり今いるところにおいてやればいいんじゃないかい?」
「今のままじゃ、やりそうもないな」
「憎たらしいオス猫の子じゃなくて、かわいい玉の子どもだって思えばいいだけなんだけどねぇ」
「意固地になってるぜ。がっちがちだ」
「一旦そこを崩しちまえばいいんだけどね……。ああ、そうだ!クロを連れて行ってみなよ。子犬と子猫の違いはあるが、子どもはかわいいんだよって教えておやり。うまく行かなくても、ついでに若旦那のところに寄って、報告とクロを紹介すればいいじゃないか」
「そんなんで効くかねぇ?」
「ダメ元だよ。クロを連れて、勝手気ままにさせてみな。きっと心がほぐれるよ。駄目なら駄目でいいじゃないか」
「まぁ、そうだな。他にいい案も浮かばねぇし、ものは試しだ。やってみるか」
話の流れでクロをつれて彫師の親父のところに行くことになっちまった。
さて、どうなるかね。




