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それぞれの一日

◆伊佐

クロ、寂しがりもせずに、婆にはしゃいで飛びついてたよなぁ。

こっちがいろいろ話しかけていたのに、早く行けって顔してやがったな。

冷たいやつだ。


のろのろと空文堂を目指して歩いているところだ。

若旦那からの呼び出しか。

頼みたいことがあるという伝言だったが、絶対にさんざん周りからやり玉に上がった戯作の件かもなぁ。

でも、若旦那がわざわざ違う理由もいうこともないし、どっちもありかもしれねぇな。


よろず屋家業をしていると、それなりに顔が広くなる。若旦那と知り合ったのもたまたまだ。

空文堂の若旦那は清之助という。

本屋の若旦那という不自由ない身の上ながら、誰にでも気安く、丁寧な男だ。


世間話のついでに戯作者もいいですね、といった伊佐の軽口を笑いもせずに、

「じゃあ、書いてごらんな」と来たもんだ。


どんなもんを書いていいのか考えつかず、考えに考えて思いついたのが、ガキの頃に見た不思議なもんだ。

「なかなかいいねぇ」

若旦那はそう言って、読売にまで載せてくれた。


世間が大騒ぎするほどではなかったが、「おもしろかったよ」とお世辞を言ってくれるやつもいて、その気になった。


流れに任せてよろず屋家業をしているが、俺の話でみなが楽しくなるのは、存外うれしいものだった。

それからだ。戯作者になろうと思ったのは。


二作目は、不思議話なんてガキの頃の話じゃねぇ。

今流行りの世話物にしようと、力を入れて書いたところ、さんざんな言われようだった。


……若旦那にもいろいろと言われんだろうなぁ。

まぁ、しょうがねぇ。自分で撒いた種だ。

潔く刈り込むさ。と腹に力を入れて、若旦那のもとに向かった。


空文堂に顔を出すと、若旦那は奥だった。

伊佐が来たら、奥に案内してくれという伝言があったようで、そのまま奥に通される。


声をかけ、ふすまを開けると、

「来たね」

若旦那がこっちを見て、にっと笑った。


「お前さんの二作目を読んだよ。さんざんな言われようだったみたいじゃないか」

「ああ、ネタでも取りに伊勢でも行けだの、巷で話題の忠犬の方がよっぽど話になるだの、用心棒の方が向いてるだの、さんざんでしたよ」

「がんばって書き直してたみたいだけどねぇ」

「はぁ」

「で、昨日は傷心でどっかに行ってたのかい?」

「いや、そういうわけじゃないですが。子犬を拾っちまいました」

「おや、子犬?」

「拾ったっていうか、預かったっていうか。ぶらぶら歩いてたら川に出まして」

「うん」

「飛び石を渡った先にお社がありましてね。お参りを済ませて川べりに戻ったら、子犬がいたんです。そいつが飛びついてきて。俺について来ようとしてるんで、つい、抱き上げて川を渡っちまって。しまったと思って振り返ったら飛び石がなくなっちまってて」

「へぇ〜」

「で、そのまま置いてくわけにもいかないんで、連れて帰ってきたんですよ」

「おもしろいねぇ。かわいい子かい?」

「そうですね。まだちびですっかり慣れて、今朝は飯を食べすぎてヘソ天してましたよ」

「いい子じゃないか。今日連れてくればよかったのに」

「腹一杯でヘソ天してるちびをここにつれてこれませんよ」

「そうかい?じゃあ、今度は連れてきておくれね」

「はい」

「で、話は戻るけど、なんで呼ばれたのかわかってるかい?」

「俺の戯作ですよね」

「そう。お前さん、最初の話はおもしろかったんだよ。なんで似合いもしない世話物なんて書こうと思うかねぇ」

「見栄ですかね」

「ははは。わかってるんなら、世話ぁないね」

「はい」

「不思議話が向こうから来るんだ。それを使わない手はないよ」

「……そういうもんですか?」

「そういうもんだよ。もったいない」

「それって、話を作るのと違っちゃあいませんか?」

「あのね、伊佐。話なんてどう作ったっていいんだよ。嘘から出たまことでも、まことからでた嘘でも。お前さんがそれをどう仕立てるかだ」

「……なるほど。そう考えればいいんですね」

「そうだよ。やってみな」




◆クロ

今日は揚巻どのと真朱さまにご挨拶できたし、太一ちゃんとも友だちになれた良き日だった。

朝ごはんのあさり粥もおいしかったし、昼餉は伊勢どのが焼いて細かくほぐした鯵を入れたおかゆ。

お魚の味が濃くておいしかった。

あさりもおいしいけど、鯵もいいな。どっちも大好き。


伊勢どのは、とってもやさしい。

太一ちゃんと吾に鞠を貸してくれたので、太一ちゃんが投げて吾が取ってきてあげる遊びを繰り返した。

あきない。


疲れて眠って、目が覚めて、ご飯を食べた後、また太一ちゃんと遊んで、お昼寝した。

目を覚ますと、伊勢どのがわらじをくれた。齧るとおもしろい。

これ、家に持って帰ろ。




◆伊佐

「話なんてどう作ったっていいんだよ。嘘から出たまことでも、まことからでた嘘でも。お前さんがそれをどう仕立てるかだ」

「不思議話が向こうから来るんだ。それを使わない手はないよ」


若旦那の言うことは染みるな。頭が上がらねぇ。


不思議話ねぇ。確かに、クロとの出会いは不思議だ。飛び石がなくなってたからな。

クロ自身は飯を食べすぎて、ヘソ天するような脳天気な子犬で、不思議もなにもないもんだが。


あの後、若旦那の話は戯作の話だけでは終わらなかった。

よろず屋としての依頼だ。猫探し。

なんでも彫師の大事にしていた猫が出ていっちまって、それから仕事に手がつかず、おかげで本ができずに困っているらしい。


帰り道に言われた彫師の所によってみたが、ありゃ、だめだ。

猫一匹いなくなっただけで腑抜けになってやがる。


ようやく聞き出したところ、器量よしの玉は今まで近所のオス猫どもに言い寄られてもなびきもしない身持ちの固い猫だったが、どこのどいつかわからねぇ、ちぃっとばっかし見目のよい猫を見た途端にすっ飛んでいっちまって、それから帰ってきやしねぇ、ときたもんだ。


器量よしの玉か。若旦那に聞いてなかったら、絶対に娘の話かと思ったぜ。

そんな猫を探せっていうのかい。箱入り娘の駆け落ちか。こりゃあ、大変だ。


まぁ、明日だ。明日。俺はこれからクロを迎えに行かなくちゃな。




◆クロ

夕方になる前に太一ちゃんはおしのさんが先に迎えにきて帰っていった。

太一ちゃんが「いっしょにかえろ?」と言ってくれたが、伊勢どのが伊佐はこっちに顔を出すから、ということで伊勢どのと伊佐を待つことになった。


伊佐、早く帰ってこないかなぁ。

わらじ、見せてあげるのに。ちょっとくらいなら貸してあげてもいい。

眠くなって寝ていたら、伊佐が迎えにきた時にぴこっと目が覚めた。吾、すごいと思う。


伊佐、おかえりー!




◆伊佐

婆のところにクロを迎えに行く。子犬を迎えに行くってのは不思議な気分だね。


「今日はありがとな。助かったわ」

「太一ちゃんとふたりで楽しく遊んでたよ。わらじが気に入ったみたいだから、持って帰りな」

「おー。わりぃな」

「使い古しのわらじくらいどうってことないさね。あとね、急なんだがね。おしのさんがしばらくまる屋のお運びをすることになったんだよ。だから、明日から太一ちゃんを預かることになってね。もし、あんたも出かける時はクロを預かるよ」

「そりゃまた、急だな」

「まぁ、あたしもちびたちがいるのは楽しいからね。いつでもいいな」

「ありがとよ。じゃ、まぁ、今日のところは帰るわ」

「はいはい。クロちゃん、またねぇ」


婆、クロにかなりほだされたな。猫撫で声が怖ぇ、怖ぇ。


部屋に着き、湯を使った手ぬぐいでクロの足を拭いたが、身体を拭いてもらうことにも味をしめたのか足を拭いた後も動かねぇ。

しょうがねぇなと身体を拭いてやった。

嬉しそうに笑うもんでついついやってやりたくなっちまうな。


夕めしはなまり節と大根と人参の粥だ。

あっという間に食べ終わり、あっという間に眠っちまった。

まだ、赤ん坊だね。


明日はまた彫師の住まいの近くで猫を探すか。

だが、オス猫についていったってこたぁ、身重になってる可能性もあるな。

いや、もう、子を産んでるかもしれねぇ。だったら、ひと目につかないところにいるかもしれねぇな。

そこら辺も考えて探してみるか。


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