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うい人を照らす太陽は昇った

⚠本章は、戦争とそれに付随する被害について取り扱います

 鉄の怪物がその腹からサラサラとまろび出した、油を蓄えた死の雨。それによって帝都は三日三晩燃え盛った。その間、俺達は荒れ狂う火の粉を払い、素人ながらに風を読み、愚かにも逃げ惑うことしかできなかった。


 焼け野原となった下町には、生き残ったところで何も残っていないと絶望し、魂が抜けたように座り込んでいる者もいる。だが、俺達は違った。傍目には異様なほど生への活力に満ち、ギラついた目をしていたに違いない。


 どこまでも平坦に広がる焼け野原を歩き、俺は頭の後ろで腕を組んだ。


「思い出したはいいものの……。まーた全部燃えちまったな」


「今回はいよいよ何も無いですね。波留日の手助けも、何も。はは、久し振りの一文無しだ」


 雷蔵は目を細めて笑う。突き抜けるほど清々しく晴れ渡った空を見上げ、焦げた臭いがこびりついた春の風を深く肺に吸い込んだ。


「さて、これからどうするか」


 黄昏社の社屋があったはずの場所に立つ。かつての姿は微塵もなく、目ぼしい燃え残りは一つとしてなかった。雷蔵は瓦礫の中から、辛うじて形を保っていた小さなベニヤ板を拾い上げて戻ってくる。行先を書き記す立札にでもするつもりだろう。


「取り敢えず千晴の坊ちゃんを探して、見つかろうが見つからなかろうが、日向端サン家に行くかァ? まだ弥生の中旬、夜の冷え込みは堪えるぜ」


「そうですね。今は列車も混んでいて乗れたものでは無いでしょうし。人探しをするのも悪くはないかと」


 雷蔵の言葉に頷き、壊れた水道管から細く垂れる水を掌で掬って飲んだ。泥混じりの水が、渇いた喉に染み渡る。冬と春の狭間でまだ暑くないのが幸いした。これが夏だったら命はなかっただろう。雷蔵も煤で汚れた顔を水で乱暴に拭った。


「生きているならどこに居るんだろうなァ。……大学か?」


「帝大は無事なんですかね」


「分かんねぇな。取り敢えず向かうか」


 目印となる建物さえ焼き払われてしまい、自分たちがどこを歩いているのかよく分からない。俺たちは道標を求めるように川沿いを進んだ。道端には炭化した「塊」が幾つも転がり、川の中にも恵比寿さんが浮かんでいる。雷蔵は痛ましげに眉間に皺を寄せ、それでも真っ直ぐに足を進めた。


「……波留日は、文士や全ての人にとって厳しい時代が来る。俺の文にはそれを救う力がある。と、言っていました。別れ際の最期に」


「……ほぅ」


 しかし沈黙に耐え切れなくなったのか、雷蔵は唐突に、思い出したばかりの記憶の糸を辿るように話し始めた。俺の知らない、かつての二人の会話。俺は相槌を打ちながら、その言葉の端々に耳を澄ませた。


「その言葉を忘れても、俺は波留日を求めて書き続けました。……けれど、結果はどうです。波留日の言った通りの世が来て、帝都は焼け野原で、地獄は今も続いている。そして、きっとこれからも」


 雷蔵は拳を握り締めてぐったりと項垂れる。ぽつりぽつりと絶望の言葉を吐く雷蔵に、俺は何も言えずに天を仰いだ。それと似たような痛みを、俺も何度か味わったことがある。


「無力感ばかりが思考を支配して堪りません。俺は、俺の書いた文で誰か一人でも救えたのだろうか。この数十年間、俺は何かを成せただろうか……」


 雷蔵の目頭から雫が一筋落ちようとしていたその時。背後から瓦礫を掻き分けて駆けるような足音と、息切れする荒い息遣いが迫ってきた。


「達川雷蔵ッ!」


 俺が振り向くより先に、喉から絞り出されたような叫びが、何も無い焼け野原に響き渡る。雷蔵は弾かれるように目を見開いて振り返った。


 そこに立っていたのは、大きな瞳に丸い頬という童顔でありながら、それに似つかわしくない知的な雰囲気を湛える青年。その顔は煤やら埃やらで薄汚れ、着ている服もところどころ焦げ付いて穴が開いている。裸足の右足は、火傷をしたのか真っ赤に腫れていた。


 そして何より目を引いたのは、彼が煤だらけの腕で握り締めている薄汚れた風呂敷包みだった。身元確認のために縫い付けられてる胸元の名札には、俺たちが探し求めていた名前が刻まれている。


 日向端千晴。キミさんが命を懸けて繋いだその身を、あの火の中に投じていたのか。安堵と小さな怒りが綯い交ぜになって、俺の言葉を荒くした。


「お前ッ! 全く、親父さんにどんだけ心配かける気だ! そんな火傷まで……!」


「陣佐、確かに私は千晴だけれど……、千晴じゃない」


 詰め寄って肩を掴もうとした俺の手を、彼はそっと、だが断固とした力で振り払った。


「お前、何言って」


「蔵に保管されていた原稿を見つけたのは偶然だ。けれど、それを読んだ瞬間、この作者に、どうしても会わなくてはならないという衝動が、私を突き動かしたんだ。だから、此処に来たことに謝罪も後悔も一切ない」


 千晴は風呂敷包みを掴む手に指を食い込ませ、淡々と、だが確かな熱を帯びた声で言葉を紡ぐ。大きな瞳の奥には、激しく燃え上がる魂の炎が宿っていた。知っている熱だ。一抹の予感と共に空気を伝って頬の皮膚がピリピリと弾ける。


「帝都へ向かう道中、何度も何度も雷蔵の原稿を読み返すうちに、知らないはずの記憶が脳裏をよぎり始めた。決定的だったのは、あの火の海を逃げ惑っていた時だ。その灼熱と、死に瀕する間際の恐怖、そして……この原稿だけは、絶対に灰に帰してはならないという執念。それが、私の知らない『私』を呼び起こした。……貴方の物語に出会い、人生を変えた私が。そして、貴方たちと出会い、共に生きた私が」


 そう言って、千晴は目尻に皺を寄せて微笑んだ。


「あの頃の貴方たちは、もっと若かったなぁ。陣佐はそんな服ではなくハイカラな背広を着ていたし、……雷蔵はもっと、無精髭が生えてみすぼらしかったような」


「……波留日?」


 雷蔵が目を見開いたまま、掠れた声を出した。千晴は頬笑みを絶やさぬまま、ゆっくりと頷いてみせる。その笑顔は、数十年前、あの日に姿を消した「慇懃無礼な天才少年」のものとそっくりだった。雷蔵が溺れた魚のように口をあんぐりと開けて固まる横で、俺の呼吸も止まる。


「……長い夢を見ていた、そんな気がしていたんだ」


「夢じゃない、俺は、確かに波留日に救われたんだ」


 肩を竦めて笑う波留日の言葉を、雷蔵は真っ向から否定した。そして年甲斐もなく、煤を洗い流すほどの涙をボロボロと溢れさせながら、顔を歪めて笑う。


「御帰り、波留日」


「ただいま、雷蔵。陣佐も、生きててよかったぁ」


 その一言が、俺の落ち着いて立ち振る舞おうという気遣いを粉々に打ち砕いた。二人の肩を乱暴に引き寄せ、力任せに抱きしめる。煤と灰、そして焦げた匂いの混じる服の感触。その奥にある、確かに脈打つ二人の体温。腕の中にすっぽりと収まってしまう、あまりに小さな二人の体躯に、笑いと涙がぐちゃぐちゃになって溢れ出した。


「ったく、無茶しやがって。どんな手を使って過去に飛んだんだよ、この馬鹿波留日ッ!」


「雷蔵の書いた物語のお陰だよ。私は、雷蔵に救われたんだ」


「本当か……?」


 鼻水を垂らして泣きじゃくる雷蔵が、波留日の言葉に縋るように顔を上げる。


「そうさ、雷蔵の書いた物語が無ければ、私は波留日にはなれなかった。こうして焼け野原の帝都に生きて立っていることさえ、ね」


 波留日は無理矢理に抱き締めてきた俺と、その煽りを喰らった雷蔵の背中に腕を回して、屈託なく笑ってみせた。


「そして勿論、雷蔵や陣佐に会うことも。あの時の美少年の姿ではないけれどさ」


「どんな姿でもいい! 俺は波留日にもう一度会えただけで幸せなんだ」


 歯の浮くような台詞を喚きながら抱き合う無様な男たちの姿に、瓦礫の山をゆく人々が怪訝な顔で眺めていく。男らしくない、情けないと笑えばいい。今この絶望の極致にある世界で、間違いなく俺たちが一番幸せなのだから。


 不意に、雷蔵の懐からあの古びた短編集が滑り落ちた。波留日がそれに気付いてそっと拾い上げる。裏表紙を開くも、そこには相変わらず何も書いてはいなかった。一度消えてしまった『かみさま』の文字は、二度と戻ることはないのだろう。そうなると、こうして波留日のことを思い出せる人間もどれだけ残されているか分かったものでは無いな。


 波留日は古くなって黄ばんだ無地の頁を、愛おしそうに指先で撫でた。そして、慈しむように、そっと口を開く。


「……貴方の過ごす一日一日が、未来を繋ぐ光になる」


 かつてそこに書かれていた言葉を口にした波留日に、俺は導かれるように笑った。


「……嘘じゃあなかったってことか。本当にお前ともう一度繋がれるとはな」


「信じ続けて、本当に良かった」


 雷蔵も深く頷き、改めて波留日と真正面から向き合う。その瞳には、すでに絶望の色など微塵もない。


「この時世の闇がいつ晴れるかは分からない。でも、晴れた暁には……俺は、今度は波留日を文豪にしたい。俺が受け取った光を、お前に返したいんだ。お前だって、ひとりの文士だろう?」


 波留日は、吸い込まれそうなほど大きな瞳を、さらに丸く見開いた。


「なぁ波留日、もう一度始めよう。今度は三人で、一からだ。俺たちは、お前の記憶より随分と老いぼれてしまったけれど……。それでも、波留日はもう一度俺の隣に立ってくれるか? ……俺には、波留日が必要なんだ」


「……何を言っているんだい、雷蔵。当然じゃないか。何度生まれ変わったって、私は貴方と共に文字を書きたい」


 そう言うや否や、波留日は雷蔵の手をそっと取り、己の目の前へと引き寄せた。皺が寄り、乾燥し、若さの欠片もない壮年の掌。挙句右手は爛れた後が残り、指は歪に曲がったままだ。しかし一方で、左手の中指には、ペンを握り続けて盛り上がった、硬く誇らしいペン胼胝ダコが鎮座している。


 それは波留日を待ち続けた男の、紛うこと無き文豪の手だ。波留日はそっと微笑むと、そっと指先に唇を寄せた。


「私がいなくなってからも、ずっとずっと文字を書き続けてくれたんだね。本当に素敵な手だ……。私の大好きな手だ。老いぼれたなんて嘲笑う奴がいたら、私が絶対に許さないよ」


「頼もしいな、本当に」


 指先に宿る熱を噛みしめるように、雷蔵は眉を下げて穏やかに笑った。二人はそこにすべてを忘れ、感激の涙にむせび合う。このままでは、焼け野原の真ん中で日が暮れるまで語り明かしかねない。俺はパンと手を打ち鳴らして、二人の視線を強引に引き戻した。


「じゃあ取り敢えずお前の両親の待つ甲府へ向かうか。相当心配していたからな。そんであわよくば、身を寄せさせてもらおうじゃねぇか」


「あわよくばなんてそんな! 父様と……母様、が何と言おうが、絶対に匿わせるよ」


 波留日は擽ったそうに両親を呼ぶ。言質は取ったぞ、と肩を組めば、波留日はかつての少年時代と変わらぬ無邪気な笑みを浮かべて頷いた。


 焦げた臭いの染みついた空気を肺の奥まで吸い込み、大きく背伸びをする。まだ腰を曲げるわけにはいかないようになっちまったからな。老体に鞭打ち、泥を啜ってでも働いてやる。


「さぁ、行くかァ! 波留日が文豪に成るまで死ねねェぞ! なァ雷蔵!」


「当たり前だよ陣さん! 行こう、波留日……!」


 雷蔵は俺の呼びかけに呼応し、迷いのない力強い声で頷いた。そして波留日に向けるその視線は、夜空にぽっかりと浮かんで輝く月のように、穏やかで、そしてどこまでも深い慈愛に満ちていた。


「うん、雷蔵!」


 波留日もまた、全てを照らし導く太陽のような笑顔を浮かべ、力強く土を踏み出す。


 地平線まで広がる焼け野原の上、どこまでも突き抜けた春の空の下。これからの日々を良きものにしようと笑う男たちの声が高く響き渡った。


 俺は、焦土を蹴ってしっかりとした足取りで進む二人の背中を眺める。明日食う飯さえ保障されずに焼け出された一文無しだが、この背中を見ていると、この世の中もまだ捨てたもんじゃねェなと思えてくる。


「……最高だよ、お前ら」


 誰に聞かせるでもない言葉が、心の底からぽろりと零れ落ちた。


 この二人が綴り、紡ぎ、繋いでいく未来。その第一頁が捲られたのだ。これからの物語がどうなっていくのか、俺はそれが楽しみで、楽しみで、仕様がなかった。 

 此処まで読んでいただきありがとうございます。

 この場では、あとがきのようなものと、この物語の構造というか、ネタバラシのようなものをさせて頂くものとなっております。


 お品書き

【あとがき】

【この小説の正体】

【逆行転生の仕組みについて】

【波留日の干渉前/干渉後の世界について】




【あとがき】

 ここまで長い物語を読んで下さり、誠にありがとうございます。


 改めまして、安藤未粋と申します。


 一次創作小説をネットの海に放流するのも初めてで、こんな思想の強い癖全開の作品を公開するケツの青いヤバいガキの妄想にお付き合いしてくださった方々には本当に頭が上がりません。


 この物語の始点は、「我儘天才ショタと、それに振り回される苦労人の青年が書きてぇ!」でした。


 そこから才能といえば文才、文才と言えば文豪、文豪と言えば大正……。という具合に連想ゲームが進み、ショタに天賦の才を授けるにはどうすればいいかを考え、歴史オタクの血が騒いで史実寄りの世界線に……。そうして出来上がった物語の構造に、今ドキの転生要素と「可哀想は可愛い」に代表される筆者の癖の煮凝りをぶち込んだのが本作です。


 あと、この前パソコンを漁っていたら本作のプロトタイプ設定イラストが出てきました。それについては、カクヨムの方の近況ノートにて画像付きで少しお話をさせて頂こうと思います。初期の雷蔵、波留日、陣佐を覗くことができます。

https://kakuyomu.jp/users/misui_undo/news/2912051596359808708


 さらにちょっと頭良さそうにこの作品の成り立ちについて語らせていただきましょう。格好がつかないので。


 人というのは社会的動物と言われています。

 動物が主に繋ぐのは子孫、つまり命です。しかし、人間が繋ぐことのできるものは、命のような即物的なものだけではありません。知識や創作物、そして歴史、文化。より多くの人間へ、時を越えてすら他者の人生や感性へ影響を与えることができます。太古の昔から人間が積み上げてきた知恵や文化、思想の継承の一員となる。私はそこへ狂おしい程の浪漫と、人間として生まれた生の醍醐味を感じるのです。


 故に本作は、雷蔵が、ミチの父親や池田川から受け取った文学への熱が、巡り巡って千晴のもとへ。波留日によって救われた雷蔵は、実は自分が絶望の中で誰かと繋がりたいと願いながら書いた小説によって、時を越えて読者の心を動かし、自らを救うことになる。という「繋ぐ」ことに浪漫を見出す円環構造になっているのです。


 私が創作する時は、前者のような妄想の吐き出しではありますが、その根底には、そんな「継承」「繋」への憧れがありました。


 以上をあとがきのようなものとさせていただきます。

 もしよろしければ、雷蔵が書いたというテイで執筆しました、「介錯」も御座いますので、そちらもお楽しみください。

https://ncode.syosetu.com/n9350ma/


 改めまして、此処まで読んでくださった方々へ感謝申し上げます。



【この小説の正体】

 一言でいえば、「逆行転生してきた愛の重すぎる青年によって人生を変えられる、売れない作家の成功譚」という具合でしょうか。


 本来はタグに逆行転生とか入れるべきだったのでしょうが、盛大なネタバレになってしまうという弊害がありまして……。故に、迷いに迷いに迷って申し訳程度の「昭和」タグをつけておりました。


 一週目は絶望の底から救われる雷蔵の話として、二週目は惚れた作家を救おうと足掻く千晴の話として、二度楽しめるかと思います。色々と波留日が未来を知っていると思わせるようなピースは各所に散りばめたつもりなので、それも是非探してみてください。



【逆行転生の仕組みについて】

 本物語の中で逆行転生していたのは、橘波留日こと日向端千晴と、吝類です。(類にも本来の名前はありますが、類はあくまで脇役ですので伏せています)


 幕間にて、三途の川で溺れる千晴を掬い上げた掌。三連の黒子からお分かりの通り、その主は池田川朔時です。彼らは、三途の川の畔で死者を眺めて興じる池田川朔時により、気まぐれに過去へ魂を飛ばされた転生者です。


 池田川は早逝のため両親より先に死んだ親不孝者ですので、賽の河原に居たのでしょう。そして両親が亡くなってからも、適当な言い訳をつけて三途の川の畔にとどまっているうち、輪廻転生の流れから少し外れて、人の死に干渉できるような異なる存在となってしまったのではないでしょうか。


 何故池田川が彼らを選んだのかというのは、死の間際の凄まじい執着が目に留まったからです。また、その転生した先の生で、鷺坂有太夫や桑原慶治に深くかかわるというのも判断基準にあったかもしれません。池田川にとって、鷺坂有太夫らは良きライバルのような存在だったでしょうから。


 そして、タイムパラドックスの鉄則「同じ魂は同じ世界に共存できない」という決まりによって、本物の自分が生まれる日が近づくにつれて、転生の器が朽ちていくというような感じです。故に、米国へ渡った類も、本物の自分が生まれてくる頃にはその身体が朽ちていくはずです。


 また、その器についてですが、幕間にあった通り、魂が抜けて所有者が不在となった体が材料です。波留日の場合は、季節外れの川遊びをしていた少年、類の場合は、借金で首が回らくなって川へ身投げした色遊び好きの若い青年って感じです。

 転生後の顔つきはメタ的な要素でもありますが、魂が入ったことで変化します。イメージ的には、「美」+「自分の特徴」+「執着する人間の特徴」という感じです。



【波留日の干渉前/干渉後の世界について】

 幕間「悔イノ多イ人生ヲ送ル」の前半は、千晴が過去に飛ぶ前の「正史」の世界になります。それが池田川の悪戯によって、波留日や類の尽力によって、少し変わって「新たな未来」へと分岐した感じです。


 波留日や類は自分達の働きによって、より多くの変化を求めていた筈ですが、大きな時代のうねりには敵わず、どんなに雷蔵が平和を説いた優しい物語を書いても、軍属の官兵衛や勇次郎の心を溶かしても、戦争は起こり、爆弾は落ちます。


 それは人と世間の流れの強固さ、そして雷蔵もその流れとは無関係で居られなかったことを象徴したつもりです。雷蔵も士気を高める作品は書いていますし、作家団体の重要人物として名を連ねている以上完全な潔白とは言えず、「流れ」には加担しているのです。


 以下は、波留日が干渉する前の世界と、波留日が干渉した後の世界での登場人物について、主要キャラのみですがそれぞれ解説していきます。


・達川雷蔵

干渉前:鷺坂有太夫により才能を食い潰され、花開くことができぬまま、絶望してその命を絶つ。その前に、自分が作家を志す切欠となった池田川の本に自らの手記を挟み込み、大学図書館の奥底に隠す→幕間に繋がっていく


干渉後:鷺坂有太夫により才能を食い潰されていた所を波留日に救われ、文豪としてその名を遺す


・半間陣佐

干渉前:報道の正義の無さに絶望し、一度は大手新聞社を離れて朝星新聞社に行くも、結局結果は同じだと感じ、情けなく大手新聞社へ出戻る。窓際部署に追いやられ、その手腕が使えるときだけ引っ張り出されて利用させられるような平社員生活を送る。その取材の最中、植物学者である日向端明彦に出会う。 息子である千晴を良くかわいがるも、最期は取材先で巻き込まれた空襲で命を落とす。


干渉後:朝星新聞社在籍中に波留日に出会い、文芸の世界に留まり続ける。雷蔵の右腕として生涯支える。


・日向端夫妻

干渉前:関東大震災時、キミが誰の助けも借りられず被災しながらの出産で命を落とす。明彦は最愛の妻を失い、気の抜けた生活を送る。故に息子の面倒も碌に見ず、千晴が憧れるような学者像を見せてやることもできず、息子が文学に傾倒していくきっかけを作る。


干渉後:関東大震災時、陣佐や徳檀の助けがあり、被災しながらの出産でも何とか生還する。故に温かい家庭を築き、息子である千晴が学者に憧れる環境で育てる。


・日向端千晴

干渉前:孤独から文学に傾倒し、文学部へ。学徒出陣をするも何とか本国へ帰還。陣佐が持ってきた本に隠されていた雷蔵の手記を発見し、陣佐の所へ向かうべく東京へ。その先で命を落とす


干渉後:父への憧れから理系の道へ。雷蔵が日向端家に預けた未発表原稿を鍵に干渉前と橘波留日としての記憶を思い出し、雷蔵と再会を果たす。そして文学の道へ



蛇足は以上となります。

それでは改めまして、此処まで読んでくださった方々に、最大の感謝を申し上げます。


安藤 未粋

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