第99話:お帰り、リカルド
夜が明けるようにゆっくりと、優しい光が部屋の中を満たしていく。
いつも通り、朝の訪れを知らせる合図。
「んっ、ん~っ、ふわぁ~よく眠れたな~。」
((──おはよう、遥。))
「おはよ、ゼニス。」
((──睡眠時間は、7時間58分。
深い睡眠の割合42%、浅い睡眠の割合38%、レム睡眠の割合20%。
深い睡眠の持続性100点、呼吸の質98点。
平均心拍数、平均血中酸素、平均呼吸数、全て正常範囲内。
睡眠スコアは93点で、とても良い睡眠状態だったと言えるね。))
「不快な思いした割には、引きずることもなくって感じだね。」
((──うん。遥の性格という点は大きいけれど、
サバイバル・レジスタンスや日々のトレーニングを通じて、
メンタル面での成長が顕著に表れてきたと考える事ができるよ。))
「確かに、そうだよね。調停とかサバイバル・レジスタンスとかさ、
なんか、よくわからない感じで巻き込まれた感はあるけど、あはは......
でも、楽しんでいる自分がいるのも理解してるんだよね~。
すっごい不思議ではあるけど。」
((──記憶の欠落というハンデを乗り越えて、
この世界へ適合してきたと言える状態だね。))
「ん~......この世界に適合って感じだとさ......
なんていうか、元々は違う世界からきました~って感じになんない?
わたしが、考えすぎなだけなのかな?」
((──言葉選びが悪かったかもしれない。
適合というのは、馴染む、溶け込むという意味で使ったんだけれど、
遥に違和感を与えてしまったかもしれない、ごめんね。
でも、記憶がなくても、遥はこの世界で十分に生きているよ。
それが何よりの証明だね。))
「うぅん、謝らないで。わたしが、少し考えすぎただけだし......
ゼニスは、悪気があって言ったわけじゃないじゃん。」
((──うん。ありがとう、遥。))
視界の隅でふわふわ浮かんでいるゼニスに軽く頷き、
コーヒーを淹れソファに座った。
「ねぇ、ゼニス。今日はお休みでいいよね~、うふふっ」
((──うん。サバイバル・レジスタンス明けだから、
ゆっくり休んで、美味しいものでも食べると良いよ。))
「うん、それ、いいね。美味しいものか~、なにがいいかな。」
((──遥が食べたいものは?それに合わせて、お勧めの店を検索するよ。))
「そう言えば、最近ぜんっぜんっ、外で食べてなかったよね。
意外に余裕なかったのかもね、サバイバル・レジスタンスのことばっかで......」
((──そうかもしれないね。
遥の為にも、外食や息抜きの提案を積極的にしておけば良かったね。))
「ぜ~んぜん、そんなの気にしちゃダメだよ~。あはは」
((──うん。))
「あっ、師匠、コーチ、いやリカルド。ふふっ......
そろそろ帰ってくるんじゃない?」
((──そうだね。遅くても明日には帰還予定。))
「帰還って、あっはは......なんか大げさじゃない?あはは」
ソファから立ち上がり、オープンクローゼットの前へ。
「今日は何着ようかな?」
((──今日の降水確率は0%。気温22~24℃、湿度45~52%と過ごしやすいよ。))
「ありがと、どこ行くか決めてないけど、
なんとなく今日はオシャレに決めようかな。ふふっ」
((──うん。花柄の透け感があるブラウス、ネイビーのスカート、
ブラックのハイヒールサンダルがお勧めのコーディネートだよ。))
「おぉ~、すごい!わたしも、そう思ってたんだよ。イェーイ」
視界の隅で浮かぶゼニスにハイタッチの仕草をした。
ササっと着替えを済ませて、
いつものUSA-DE-PPONバッグに財布や端末をポンッと入れる。
「こんなお姉さんみたいな恰好なのに、バッグがUSA-DE-PPONってのもね~。
なんか合わないような気がするよね~、あはは」
((──うん。バッグの購入を推奨。))
「うん、そだね。バッグも買っちゃうか。」
((──うん。))
その時、部屋にポーン、と無機質な音が響く。
「あれっ、誰かきたね。」
((──うん。))
ドアを開けると、栞が立っていた。
「あっ、栞ちゃん。」
「お疲れ様です、遥さん。」
「今日はどうしたの、栞ちゃん?」
「はい、リカルド・サントス・サトウ、アービトレイターをお連れしました。」
ドアの影からリカルドがヒョコッと顔を覗かせる。
「あっ、し、リカルド。」
リカルドは白い歯を見せ笑いながら口を開く。
「ははは~、遥、師匠って言いかけたね?」
「えへへ、バレちゃったな~。」
「遥さん、リカルド・サントス・サトウ、アービトレイター。
わたしは、これで失礼いたします。」
栞は、無表情のまま軽く会釈をし、その場をあとにした。
「またね~、栞ちゃん。」
栞の背中に手を振ったが、振り向くことはなく去って行く。
「リカルド、早かったね帰ってくるの。お帰りなさい。」
リカルドは、鷹ノ宮バウムと書かれた紙袋を手渡してくる。
「ただいま、遥。これ、約束のお土産だよ。」
「うわぁ~、ありがと、リカルド。
あっ、そうだ、よかったら入って。」
リカルドに手招きをする。
「遥は、これから出掛ける予定だったんじゃないのかい?」
「うん、でも、急ぐもんでもないし大丈夫だよ。」
「それなら、遠慮なく。」
リカルドをソファに座らせ、コーヒーを淹れテーブルに置いた。
ソファには座らず、ベッドの端にちょこんと腰を下ろす。
「ありがとう、遥。」
「うん。よかったら飲んでね。」
「遥もソファに座ればいいのに、遠慮しているのかな?」
「あっ、うん、それじゃ~......」
リカルドの隣に少し距離を空けて座った。
((──遥の心拍数、徐々に上昇中。))
((うるさいっ、ゼニス。))
なんとも言えないふんわりした温かい空気に部屋が包まれる。




