第95話:リカルドとの距離感
リカルドとのトレーニングも6日目を数える。
これまでと同じようにトレーニングルームへ向かい、
柔術を体に染みこませていく。
「まずは基本の腕ひしぎだ。
遥さん、わたしの腕を胸に抱き込んでみてごらん。」
リカルドの下敷きになりながら、彼の逞しい右腕を両手で抱える。
「こうですか、リカルドコーチ?」
「そう。そのまま遥さんの足をわたしの顔を跨ぐように回して......
腰を浮かせて反らしてみて。
そうそう、テコの原理を上手に使うんだ。」
リカルドの肘が、ギリリと音を立てているような気がする。
((──遥、リカルドの肘関節の可動域限界まで残り20%。
実践でも、相手の可動域限界を表示するから、目安にすればいいよ。))
((うん、わかった。すっごく、わかりやすい。ありがと、ゼニス。))
「......っ、いい角度だね。わたしの親指が上を向いているのがポイントだよ。
これで、どんな大男の腕も一本の小枝のようにポキッといけるよ。ははは」
「大丈夫ですか?痛かったんじゃ......ごめんなさい。」
「ははっ、気にしなくていいよ。
遥さんの力とテクニックじゃ、わたしの骨を折るのはまだまだかな。
だから、気にせず全力で取り組んでくれてOKだよ。」
「わかりました、リカルドコーチ。」
「じゃ~、次は下からの逆襲をイメージしていくよ。
わたしの首と片腕を、遥さんの両脚で三角形を描くように閉じ込めてごらん。」
リカルドが上になっている状態で、下から首を脚で挟み込む。
「そう、遥さんの足首を、もう片方の膝裏に深くかけてみて。
うんうん、そうだ。とっても、上手だよ。」
密着した太腿越しに、リカルドの頸動脈の鼓動が伝わってくる。
「もがけばもがくほど、遥さんの脚がわたしの呼吸を奪っていく......
これが、力の弱い者が強者を制する柔の真髄と言えるね。
ことわざにもあるよね、柔よく剛を制すってさ。」
「はい......柔よく剛を制す......」
((──遥、リカルドには余裕があるね。
相手が酸欠になるくらい、実践では締め付ける事が大切だよ。))
((うん、わかった。))
「それじゃ、次いってみようか。バックポジションから裸締め。
遥さん、わたしの背後から片腕を首に深く回してみて。」
リカルドの広く温かい背中に密着し、指示通りに腕を回す。
「そう。空いた手はわたしの後頭部に添えて......
そのまま、遥さんの両肘を合わせるように絞り込む。
......ぐっ、完璧。頸動脈をしっかり捉えてるね。」
「はい。」
((──遥、リカルドの脳血流量の低下をシミュレート。
この調子なら、あと12秒で意識を消失させる可能性あるよ。))
((そう言われると、なんか怖いな......))
リカルドが腕をポンポンと叩いて合図を送ってくる。
「ふぅ......参った、参った。降参、タップだ。
遥さん、君は本当に飲み込みが早いよ。これなら、実践でも使えるね。」
リカルドは首を少しさすりながら、爽やかな笑顔で振り返った。
「リカルドコーチの教え方が丁寧で、わかりやすいからですよ。」
リカルドが不意に、笑顔のまま頭をポンポンしてきた。
「遥さんは、習う姿勢ができているってことだよ。えらいね。」
((──遥、トレーニング中より、心拍数が上昇。
緊張しているというよりも、ドキドキしている表現に近い現象だよ。))
((う、うっさい、ゼニス。))
その後、リカルド相手に関節技や締め技を何度も反復しトレーニングを終えた。
「遥さん、明日から鷹ノ宮市に調停で行かなきゃなんだ。
2日......3日かな、トレーニングできないけど、大丈夫かな?」
「あっ、鷹ノ宮市に行くんですね。お土産待ってます、ふふっ......
じょ、冗談ですから。本気にしないでくださいね。」
((──遥、図々しいね。))
((もぅ......冗談なのに......ふふ))
「ははは、いいよ。お土産買ってくるよ。
可愛い弟子にねだられたら、買ってこないわけにはいかないよね。」
「わぁ~、ホントですか。めっちゃ楽しみ。うふふ」
「食べ物がいいのかな?鷹ノ宮市と言えば......
あっ、アレだ。鷹ノ宮バウム。遥さんも好きそうだよね。」
「好きです。バウムクーヘン。」
((──急に告白するのかと、驚いたよ。))
((するわけないじゃん、告白とかさ、ふふっ))
「うんうん、じゃあ鷹ノ宮バウム買ってくるね。
その代わり、しっかりトレーニングするんだよ。」
「はい、リカルドコーチ。」
「OK。あと、遥さん。コーチって呼ばなくていいよ。
名前のリカルドだけで、いいからさ。」
「えっ、あっ、リ、リカルド......」
「うん、それでいい、遥。」
((──遥、心拍数急上昇。これは、卒倒レベルだよ。))
((そ、卒倒なんかしないでしょ。もう、ゼニス......))
「それじゃ、戻ってきたらトレーニング再開だね、遥。」
「うん、リカルド。待ってるね。」
((──恋愛小説みたいだね、遥。))
((もぅ......やめたげて。))
リカルドは笑顔で手を振りながら、トレーニングルームから出て行った。
「ねぇ、ゼニス。関節技とかさ、1人でトレーニングするのムリじゃない?」
((──うん。そうだね。
でも、サンドバッグで締め付ける力を養ったり、
感覚を身に付けたりする事は可能だよ。))
「なるほどね。それで、ゼニスと感覚合わせたらいいかもね。」
((──うん。))
「明日からは、それでトレーニングしよう。」
((──うん。))
明日からのトレーニングをイメージしていると、
久しぶりに端末の通知音が鳴った。




