第94話:鍛え上げられた肉体
初めての柔術のトレーニングで疲れていたのか、
いつの間にか眠りに落ちていた。
目が覚めると、ベッドの上でいつも通りの朝。
ベッドから起き上がりコーヒーを淹れソファに座る。
「まだ、なんか眠いよね。疲れてるんだな、きっと。」
((──うん。慣れないトレーニングで疲労が蓄積してるね。
睡眠状態は、いつも通り良好だったよ。))
「ふわぁ~、そっかそっか。またベッド潜り込みたい気分だよ。ふふっ」
((──筋肉痛や疲労度を分析してみた結果、疲労感レベル2と判断。
本日も通常メニューでのトレーニングが推奨だよ。))
「うわぁ~......鬼コーチかよっ。あはは」
((──うん。次の相手も不明な状態だよね。
だからこそ、新たな技術を早い段階で習得する事がベストなんだ。))
「そうだけどさ......鬼コーチめっ。ふふ」
((──鬼コーチ、厳しくてスパルタな指導者で、徹底的に鍛え上げるタイプ。
遥を指導しているのはリカルドだから、私は鬼コーチには当てはまらないよ。))
「でた~、ゼニス理論。でも......意味は正しいんだよな......
だから、余計に立ち悪いな、ゼニスは。あっはは。」
((──心はないけれど、心を鬼にして遥の成長を促すよ。))
「あはは、心を鬼にしてって、いっひひ」
((──うん。))
「お腹痛いわ~、あはは」
((──遥、笑い過ぎ。))
視界の隅で浮かんでいるゼニスが、
薄っすら赤くぼんやりとした光に変化した。
「久しぶりに見た、それ照れてるやつ。あっはは」
((──......チーン))
「絶対、笑わせにきてるでしょ、ゼニス?」
((──それだけ笑えるなら、トレーニングも頑張れるね。))
「はいはい、今日も頑張りますよ~、鬼コーチ。ぷっふふ」
((──うん。とても良い傾向だね。))
コーヒーを飲み干し、動きやすい服装に着替える。
備え付けの冷蔵庫からペットボトルのスポーツ飲料を手に取り、
フェイスタオルを首にかけトレーニングルームへと向かった。
トレーニングルームに入ると、
リカルドが振り向き笑顔で手を振ってくる。
「遥さん、おはよう。」
「リカルドコーチ、おはようございます。」
「今日も基本的な練習をやっていこうか。」
「はい、お願いします、リカルドコーチ。」
ストレッチを入念に行い、
リカルドと同じように受け身やテクニカルスタンドアップなど、
基本的な動作を反復してトレーニングする。
1時間ほど体を動かし、少し休憩を挟む。
汗をタオルで拭い水分補給をした。
次は、リカルドを相手に、
パスガードやスイープといった基本の技術を学んだ。
「遥さん、やっぱり飲み込みが早いね。」
「ホントですか、ありがとうございます。」
「あとは、関節技や応用技術を習得していけば、
サバイバル・レジスタンスでも活かせるかもしれないね。」
「はい、頑張ります。」
「うん、それなら関節技を少しやっていこうか。
基本的には、ポジション・エスケープ・サブミッションと言って、
有利なポジションをキープ、不利なポジションを変える、ことが大切になる。
そこから、一気に関節を極めにいくんだ。」
「はい、ポジション・エスケープ・サブミッション......」
「なかなか、言葉では理解しにくいだろうから、
実践しながら教えていこうか。」
「お願いします。」
「それじゃあ遥さん、次は柔術の基本、
相手を完全に制圧するポジションの練習だよ。
まずはわたしが下になるから、上に乗ってみてくれるかな。」
リカルドがマットに仰向けになり、軽く手招きする。
その無防備な姿ですら、
獲物を誘い出し喰らい尽くす猛獣のような圧迫感があった。
「そう、わたしの腹の上を跨ぐように座る。これがマウントポジションだ。
格闘技において最も絶望的な体勢の一つだよ。」
リカルドの腹筋や太腿の筋肉が触れる。
「腰をどっしり落として。
わたしがどれだけ暴れても、海に浮かぶ船のようにいなすんだ......
うん、いい重みだね、遥さん。」
((──遥、心拍数上昇。少し緊張しているね。))
((うっさい、ゼニス。実況しないでよ、ふふ))
「次は横に回って。わたしの胸を、遥さんの胸で抑え込む感じ......
そう、これがサイドポジション。
脇をしっかり締めて、相手に呼吸をさせないくらい密着するんだ。」
リカルドの低い声が耳元で響く。
密着したことで、リカルドから心地よい石鹸の香りをほのかに感じる。
((──遥、さらに心拍数上昇。かなり緊張しているね。))
((もう、やめてあげて~。))
「最後は一番強力なバックポジションだね。
わたしの背後に回って、両足の甲を股の内側にフックさせてごらん......
そうそう上手だよ。シートベルトを締めるみたいに腕を回してみて。」
鍛え上げられたリカルドの背中は広く、
思った以上に厚みを感じた。
「ここを取られたら、チェックメイト。
あとは絞めるか、腕を奪うか、遥さんの自由に攻めることができるよ。」
「はい、ありがとうございます。すっごい勉強になりました。」
「うんうん、遥さんは筋がいいから、教え甲斐があるよ。」
「いえいえ、そんな......リカルドコーチの教え方が丁寧だからです。」
「そう言ってくれると、嬉しいね。ありがとう、遥さん。」
「こちらこそ、ありがとうございます、リカルドコーチ。」
そこから、さらに3日間同じようにトレーニングを重ね、
基本やポジションについて理解を深めていった。




