第93話:ボーンクラッシャー
額や首筋を伝い、大粒の汗が
クッションフロアの上に滴り落ちる。
慣れない動きをしていることで、
基礎とはいえ、予想以上にハードなトレーニングだった。
「遥さん、少し休憩しようか?」
「はぁ......あっ、はい......はぁ」
「空手にはない動きだから、思った以上にハードでしょ?」
「ふぅ......そうですね。なかなか、ハードです......」
リカルドは、ペットボトルのスポーツ飲料とタオルを手渡してきた。
「遥さん、水分補給はしっかりね。」
「あっ、はい、ありがとうございます、リカルドコーチ。」
((また、タオルとか飲み物忘れちゃったよね。))
((──うん。いつも通りだね。遥らしい。))
((もう、いじわるだな~、ゼニス。ふふ))
タオルで汗を拭い、スポーツ飲料で喉を潤す。
息も整い落ち着いたところで、リカルドがスッと立ち上がった。
「遥さん、始めようか?」
「はい、リカルドコーチ。お願いします。」
「基礎は一通りやったから、少し基本の技術をやっていこう。」
「はい。」
「じゃ~、まず手本からね。
痛くはしないつもりだけど、もし痛いとかあったら教えてね。」
リカルドが、ガードの基本ポジションの取り方、パスガード、スイープを
身振り手振りを交えて丁寧にレクチャー。
頷きながら、
リカルドを相手にトレーニングを重ねる。
「遥さんは、飲み込みが早いね。」
「そうですか?ありがとうございます。」
「遥さんの蹴りの威力はなかなか素晴らしいと思うよ。
全部で3試合かな?一通りはチェックしたからね。」
「いえいえ、お恥ずかしい......」
((──心拍数、安静時より15bpm上昇、皮膚電気反応あり、発汗確認。
遥の身体データ分析の結果、照れている現象を確認。))
((うっさい、ゼニス。))
「お世辞ではないよ、遥さん。
空手を何年も続けて稽古したのが伝わってくるよ。
あの蹴りに柔術のグランドテクニックがプラスされたら、
中堅クラスの調停人でも手こずるかもね。」
「中堅クラス......ですか?」
「うん、調停人は簡単に言えば、ピラミッド型でクラス分けがされているんだ。
まぁ、実績やバックボーンなど、様々な要素で初期クラスが決まるわけさ。
その後は、調停の実績がプラスされて、
ランクアップやダウンでクラス変更もあるって感じかな。
中堅クラスは、下から2番目だったかな。」
「下から2番目かぁ......全部で何段階あるんですか?」
「う~んとね、1番下がプロセッサー、2番目がアジャスター、
3番目がパニッシャー、4番目がアービトレイター、
最高ランクがエグゼキューターだよ。
ちなみに、私は4番目のアービトレイターなんだ。」
「リカルドコーチ、すごい人なんですね。」
((──遥、語彙力が......))
((もう、ツッコまないでよ、ゼニス。))
「ぜんぜん、すごいってことはないんだよ。」
リカルドは満更でもなさそうに、
少し照れたような笑顔を見せた。
「よし、じゃ~もう少しトレーニングを続けて、
今日は終わりにしようか、遥さん。」
「はい、お願いします。」
リカルドを相手に、
基本的な技術を反復しながらトレーニングを1時間ほど続けた。
「よし、今日はここまでにしよう。
明日も同じ時間から始めようか?」
「はい、リカルドコーチがよろしければ、お願いします。」
「うん、明日も同じように基礎を中心にトレーニングしよう。」
「はい。」
「遥さん、お疲れ様。ゆっくり休んでね。」
「お疲れ様でした、リカルドコーチ。
明日もよろしくお願いします。」
「うん、ではまた明日ね。」
リカルドは白い歯を見せながら、
軽く手を振りトレーニングルームから出て行った。
「ゼニス、どうだったコーチ?」
((──良い奴だね、リカルド。))
「リカルドコーチね。あはは」
((──ボーンクラッシャーと呼ばれている、
狂気の柔術マスターとは考えにくい爽やかさだね。))
「えっ?ボーンクラッシャーなの?」
((──うん。リカルドは相手が誰でも、
全力で骨を折りにいくスタイルの調停人だよ。))
「えっ......怖っ......人違いじゃないの?」
((──人違いではないよ、
リカルド・サントス・サトウはボーンクラッシャーだよ。))
「そうなんだ......すごい人がコーチになったね......
でも、わたしが骨を折られるわけじゃないから、まぁいいか。ふふっ」
((──うん。でも、粗相をしたら折られるかもしれないね。))
「いや~~っ、うそだよ。折らないでしょ?」
((──遥、取り乱しすぎだね。
調停ではないから、折らないだろうね。))
「なんだ、ゼニスジョークか。
もう、笑えないからやめてよね。あっはは」
((──でも、気を付けてね。骨折られないように。))
「もうええわ。ぷっははは。」
トレーニングルームから部屋へと戻り、
シャワーを浴びて汗を流す。
バスローブに着替え、
ソファにドカッと腰を下ろし一息ついた。




