第92話:リカルド・サントス・サトウ
『HIYORIワンダーランド』で楽しく遊び、
思いのほか疲れていたのか、部屋に戻りすぐにベッドに飛び込み意識は途切れた。
意識がクリアになると、
部屋は明るくなっていて、翌日になっていたことが理解できる。
「めっちゃ、よく寝たよね。おはよ、ゼニス。」
((──おはよう、遥。
アトラクションの刺激が強かったから、
通常の睡眠よりも深い睡眠の割合が高く、
相当な熟睡状態だったことがデータからわかるよ。))
「ほぉ~、さっすがだね。埋め込み式のウェアラブル端末って感じ。」
((──遥にしては、とても上手な例えだね。))
「でしょ~、でも、わたしのことバカにしてるよね?あはは」
((──......チーン))
「はいはい、わかったよ。バカにしやがって。うふふ」
いつものモーニングルーティン通り、
コーヒーを淹れソファにドカッと腰を下ろす。
「そう言えばさ、今日ってコーチ来るんだよね。」
((──うん。))
「どんな人が来るんだろうね。
楽しみで、ワクワクするような気持ちもあるけど......
怖い人だったら、どうしようとか不安もあったり......」
((──そうだね。))
「管理官なのかな......情報統括省なのか、わっかんないけど、
そんなに変な人とか選ばないよね?」
((──うん。コーチング技術に長けている人を選定していると、
考えておいて大丈夫だと思うよ。))
「うん、それなら安心できるかな。」
コーヒーを飲み干し、
オープンクローゼットの前で動きやすい格好にサッと着替える。
「よしっ、準備OK。」
((──うん。))
「わたし専用のトレーニングルーム行こっか。」
((──正確に言えば、遥専用ではないけれど、
実質的に使用しているのが遥だけだから、
遥専用のトレーニングルームと言っても過言ではない。))
「あっはは、すっごい理屈屋じゃん。理屈屋のゼニス。」
((──......))
「ふふっ、すねたでしょ、ゼニス。」
((──拗ねると言うのは......))
「スト~ップ、わかった、わかったよ、ゼニス。
すねてないね。うんうん、ゼニスはすねてない。」
((──うん。))
「でも、絶対すねてると思うんだよな~......」
ゼニスに聞こえないような小声でボソッと話す。
((──聞こえてるよ、遥。))
「あはは、やっぱり小さな声で話しても意味ないね。」
((──うん。労力の無駄だよ。))
「だよね~、埋め込み式のウェアラブル端末には通用しないね。」
((──うん。一心同体に近い関係性だからね。))
「そだね、一心同体......すごい近くにいる相棒だもんね。」
((──うん。))
目の前のゼニスが少しだけ優しいながらも強く光を放つ、
まるで嬉しいという感情を表しているように。
トレーニングルームに到着し、
ドアを開け中に入ると、1人の男性がベンチに座っていた。
((コーチかな?))
((──うん。可能性は99%だね。))
((そだね。))
ベンチに座っていた男性がスッと立ち上がり、
こちらを向いて近づいてくる。
「やぁ、七瀬遥さんだね。わたしは、リカルド・サントス・サトウ。
柔術のコーチとして管理官に招聘されたんだ。よろしくね。」
「はい、七瀬遥です。リカルド・サントス・サトウコーチ、
今後ともよろしくお願いいたします。」
「ははは、そんなに緊張しないで、リカルドでも、
サントスでも、サトウでも、好きなように呼んでくれて構わないよ。」
リカルド・サントス・サトウは、
彫刻のような深い目彫りに、日本人特有の涼しげな瞳を宿していた。
「サントスコーチは、ハーフなんですか?」
白い歯を光らせ笑いながら、リカルド・サントス・サトウは口を開く。
「そうだよ。ブラジルと日本のハーフで、年齢は35なんだ。」
太陽のように明るい笑顔とは裏腹に、
Tシャツの上からでも、猛獣のように鍛えられた肉体が見て取れる。
「七瀬さん、サントス呼びは珍しいね。
あまりミドルネームで呼ばれたことはないから新鮮な気がするよ。」
「そ、そうなんですね。名前でお呼びするよりも......
苗字の方がいいと思いまして......」
「ははは、そんなの気にしなくていいさ。
気軽にリカルドって呼んでくれて構わないよ。」
「あっ、は、はい、リカルドコーチ。よろしくお願いします。」
「うん、よろしくね、遥さん。」
35歳という、若さと円熟が同居する絶妙な年齢。
浅黒い肌に映える真っ白な歯を見せてリカルドが笑うと、
トレーニングルーム内の空気が一気に華やぐような気がした。
「じゃ~、早速だけどストレッチから始めようか、遥さん。」
「はいっ、お願いします。」
((──遥、緊張し過ぎだね。
フライングコースターくらい心拍数が上がってるよ。))
((うっさい、ゼニス。))
リカルドの指示通りにストレッチを淡々とこなしていく。
「ストレッチはOKかな。それじゃ、広いスペースに移動しようか。」
トレーニングルームの器具が置いていない、
クッションフロアが敷かれた広いスペースへと移動する。
「まずは、受け身など基本的な動作からいこうか。」
「はい。リカルドコーチ。」
テクニカルスタンドアップ、前受け身、後ろ受け身など、
基礎的な動きをリカルドの真似をしながらこなしていく。
時折、直接手を添えたりサポートをしてもらいながら、
基礎練習に没頭した。




