第106話:ゼニスの新しいスキル?
調停センターの外に出ると、
恒例の行事のように佐藤さんとカメラクルーがワゴン車で乗り付ける。
佐藤さんにトレーニングウェアを買いに行くことを伝えると、
そのままワゴン車へと乗り込みスポーツ用品店へ向けて走り出す。
車内では、いつも通りカメラを回しながら、
サバイバル・レジスタンスについての質問を受け、それに答える。
ひより市郊外の大型スポーツ用品店へ着き、
店内でトレーニングウェアが陳列されたコーナーへ。
まず最初に、目に飛び込んできたのは、
漆黒の闇を写し取ったようなマットブラックのトレーニングウェア。
手に取ってみると、肌に吸い付きそうな高弾性の素材の手触りが心地よく感じた。
削ぎ落としたデザイン、無駄のないシルエットが特徴的で、
サイドを走る細いホワイトのラインがアクセントになっていた。
セットのクロップド丈ブラトップも、
同じ素材で動きやすさと吸湿性を兼ね備えていた。
「これ、シンプルだけど、動きやすそうだしよくない?」
思わず、いつもの癖で声に出していた。
((——うん。とても良い選択だと思うよ。))
カメラクルーと側にいた佐藤さんも口を開く。
「七瀬さんには、少し地味な気もしますが、良い感じのウェアだと思います。」
「あっ、なんか地味ですかね?えへへ......」
「七瀬さんは、赤や黄色といったイメージが強いですね。」
「なるほど~、サバイバル・レジスタンスのコスチュームみたいな感じですよね?」
「はい、そうですね。七瀬さんのイメージは。」
「そっか......ありがとうございます。参考になりました。」
「いえいえ、そのうちトレーニングシーンも撮影させてくださいね。」
「はい、いつでもどうぞ。」
マットブラックのトレーニングウェアを手に持ちながら、
陳列されたコーナーを見ていると、鮮烈なビビッドクリムゾンに目を惹かれた。
燃え上がる血潮のような色は、見ているだけで気合のスイッチが入りそう。
マットブラックのウェアと対比すると、その鮮烈な印象は際立って見えた。
((色違いで、これも買おうかな?))
((——うん。いいと思うよ。))
佐藤さんの方に少しだけ視線を向けると、
「うんうん」といった感じに頷いているのが見えた。
((これなら、佐藤さんも納得みたいね。ふふっ))
((——うん。佐藤も満足気な表情だね。))
((ふふ、佐藤さんね。))
((2着あれば足りるかな?))
((——トレーニング中に着替える事を考慮するなら、
4着はあってもいいと思うよ。))
((確かに......途中で着替えた方がいいんだもんね?))
((——汗をかいたままのウェアを着ていると、ベタつきや冷えの原因になる。
素材が吸湿速乾性であっても、汗を吸うことで不快感が残り、
パフォーマンス低下の要因になる可能性があるよ。))
((だよね~、今まで着替えたことなかったもんね。))
「あっはは」
((——うん。遥らしいけれど、非推奨だね。))
((わかった、あと2着は買おうかな。))
((——うん。))
マットブラックのトレーニングウェアを2着、
ビビッドクリムゾンのウェアを2着、合計4着のウェアを持ち会計へ。
端末で手早く会計を済ませ、ウェアの入った袋を受け取り、
店員さんにお礼を伝えてスポーツ用品店をあとにする。
駐車場に向かいワゴン車へと乗り込むと、
佐藤さんが「他に用事はないのか?」と話しかけてきた。
とりあえず「特にないです。」と伝えると、
ワゴン車は調停センターに向けて静かに走り出す。
しばらく走り続け、調停センターに戻ってきた。
佐藤さんやカメラクルーに感謝を伝え、ワゴン車から降りる。
ワゴン車が走り去るのを手を振りながら見送り、部屋へと戻った。
「たっだいま~&おっかえり~。」
((——遥、お帰り。そして、ただいま。))
「ねぇ、トレーニングウェアってさ、
トレーニングルームに置いておいた方がよくない?」
((——トレーニングルームで着替えをするって発想だね。))
「そうそう、そんな感じ。」
((——遥は、着替えを忘れる可能性が高いから、
その発想はとても良いと思うよ。))
「ひとこと多いんだよな~......」
ゼニスに聞こえないようにボソッと呟いた。
((——遥、聞こえないように呟くのは無理だよ。
全て、音声データとして聞き取っているからね。))
「でしょ~ね、知ってました。あはは」
((——把握した上での行動だね。遥らしいね。))
「すっごい皮肉ですな~、ゼニスさん。」
「ぷっ、ふふふっ」
ゼニスの皮肉に思わず吹き出してしまった。
((——皮肉だという事が、理解できるなんて素晴らしいね、遥。))
「さすがにそれは、失礼すぎるんじゃない。」
ゼニスに向かって、少し怒ったような表情をしてみせた。
((——表情を分析すると怒っているように見える。
しかし、身体データに特に変化はない事から、
怒っている振りをしているという分析結果。))
「ゼニスのことは欺けないね~、あはは」
((——遥の事は、全て理解しているからね。
わたしの事を欺くのは不可能だよ。))
「まぁ、それだけ理解してくれてるから、
一緒に居て安心感があるんだけどね。」
((——うん。))
いつもの返事と共に、ゼニスの淡い光が薄っすら赤く染まり、
照れているサインが伝わってきた。
「最近は、素直に照れたりするし、かわいくなってきたよね。」
薄っすら赤く光っていたゼニスが、シュンと視界から消える。
「えっ!?」
すぐにいつも通り姿を現した。
「えっ?なになに?」
((——......))
「もしかして、めっちゃ照れたら消えるってスキルじゃないよね?」
((——......))
「ほほぅ、腕を上げましたな、ゼニスさん。」
((——......))
部屋の中にはほっこりした空気が満ちている。
いつも通りの安心感に包まれて、心もほんのり温かくなった。




