第103話:リカルドのエスコート
「リカルド......すっごい高そうなバッグ......ありがとう。
でも、わたしに似合うのかな~って......ふふっ」
「さっきも言ったけど、遥に似合うと思って選んだんだよ。
だから、何も気にしないで、使ってくれると嬉しいな。」
「うん、本当にありがとう。大事に使うね、えへへ」
リカルドは笑顔で軽く頷き、とても満足そうに見えた。
「他に何か必要なものはないのかな、遥?」
「う~ん、特にないかな......」
「それなら、ヒヨリナから出ようか?」
「うん、わかった。」
バッグが入っているショップ袋を大事に抱えながら、
リカルドの少し後ろをついていく。
エスカレーターで1階へ降り、
そのままコインパーキングへと向かった。
リカルドの愛車から、キョッ、と短い電子音が鳴る。
助手席のドアを優しく開けエスコート。
「ありがと、リカルド。」
リカルドは優しい笑顔で頷き、
シートに座ったことを確認するとドアを閉めた。
リカルドは、反対側へと回り運転席に乗り込み、
エンジンを始動すると、ブォォーン、と獣のような咆哮が鳴り響く。
「遥、せっかくだから、バッグ使いなよ。」
「あ、う、うん。」
『ベル・メール』のロゴが入ったショップ袋を開けると、
雪のように真っ白で、表面に細かな凹凸加工が施された箱が入っていた。
蓋を恐る恐る開けると、
高級ブランドらしく、手触りのよいコットンの保存袋が姿を現す。
保存袋をそっと開けると、中にはリカルドが選んでくれたバッグが、
上品な佇まいで鎮座していた。
バッグを優しく膝の上に乗せ、保存袋を丁寧に折りたたむ。
蓋を閉じて『ベル・メール』の袋に箱を戻した。
「これ、触っても大丈夫なのかな?手袋した方がいいの?」
((──遥、販売前の商品ではなく、購入後の商品だから手袋は必要ないよ。
もう自分の物なんだから、指紋や唐揚げの油を付けても大丈夫だよ。))
((唐揚げの油って......バカにしやがって、ふふ))
「はははっ、面白いね、遥は。
遥のバッグなんだから、そんなに気を遣わないでいいんだよ。」
「あ、うん、そっか......」
バッグの底面に手を添え、そっと持ち上げる。
「うん、すっごくかわいい。」
((──緊張している割には、幸福度もしっかり上がってるよ。))
((うん、そりゃ上がるでしょ。ふふっ))
「遥の喜んでくれている顔が見れてよかった。
このまま、箱から出されずにタンスの肥やしになる可能性もあったね。」
「え~っ、さすがに、それはないと思うけど......
う~ん、でも、わたしならあり得るかもね、あはは」
((──うん。良い傾向だね。))
リカルドは、顔を手で覆いながらも、白い歯を見せて思いっきり笑っていた。
USA-DE-PPONのバッグから、
財布と端末を取り出し、新しいバッグに入れる。
『ベル・メール』のショップ袋とUSA-DE-PPONのバッグは、
リカルドがシート後ろのラゲッジスペースに置いてくれた。
「ありがと。」
「いえいえ、どういたしまして。」
獣のような唸り声を上げている車とは思えないほど、
車内の空気はほっこりしていて、とても居心地がよかった。
「それじゃ、次はどうしようか、遥?」
「う~ん、どうしよ......」
「遥は、お腹空いてない?」
「あぁ~、緊張しすぎて、忘れてた......えへへ」
「ははは、それなら何か食べに行こうか?」
「うん、そうしよ~。」
リカルドが頷くと同時に、
獣に鞭が入り咆哮はより大きく響いた。
ゆっくりコインパーキングから道路に出ると、
獣は解き放たれ、リカルドの運転に呼応するように、
獰猛さと滑らかさを兼ね備えた走りを見せる。
景色が一瞬で後ろへ飛び去って行く。
加速で胃がふわっと浮くような感覚があった。
「すごい......来るときも思ったけど、ホントすごい......」
((──遥、語彙力が乏しいね。凄いしか言ってないよ。))
((もう、うっさいな~。だってすごいんだから仕方ないでしょ。ふふ))
「遥、驚かせちゃったかな?でも、この車はこうして走らせると喜ぶんだ。」
「すごい、車とお話できるんだ......」
「ははは......遥は、かわいいこと言うね。」
((──遥は、可愛い事言うね。))
((マネすんな、ゼニス。))
「バカみたいなこと言ってるな......わたし。」
「そんなことない。遥は、そのままで魅力的だと思うよ。」
「ソ、ソ、ソンナコト、ナイデス。」
((──遥のカタコト炸裂。緊張がピークに達しているね。))
((もぅ、ツッコミが的確すぎるよ。))
「ははは、遥は本当に面白いね。」
「えへへ......」
しばらく車を走らせると、海浜エリアに入る。
車線の広い道路を咆哮を響かせながら駆け抜けて行く。
獣の咆哮を鎮めるようにリカルドがゆっくりと車を寄せたのは、
波音だけが優しく響く入り江の一角。
ガラス張りのモダンな建築物は、豪邸のような佇まいを見せる。
間接照明がぼんやりと周囲を照らし、幻想的な雰囲気も感じることができた。
「遥、目的地に着いたよ。」
「お、おぉ~、なにここ。すっごいおしゃれ。」
((──遥の語彙力も凄いよ。))
((くっ、バカにしやがって。ふふっ))
「さっそく、入ろうか。」
「う、うん。」
店のドアを開けたタイミングで、
佐藤さんとカメラクルーも少し遅れて到着した。
「佐藤さんたちも到着だね。」
((──佐藤も遅れて到着。))
((佐藤さんね。))
白いシャツに黒のベストを隙なく着こなしたウェイターが、
まるで影のように音もなく席まで導いてくれた。
椅子を引く動作、腰を下ろした瞬間に差し出されるメニュー。
その全てが、機械的で一切の隙も見せない。
「遥は、好き嫌いはある?」
「ううん、ぜんぜん、ないよ。」
「それなら、よかった。じゃ、わたしがオーダーしてもいいかな?」
「うん、リカルドにお任せする~。」
リカルドが軽く指先を上げると、
先ほどのウェイターが吸い寄せられるように傍らに立った。
「今日は、とても特別な日なんだ。彼女に合わせた一番いいコースを。
メインは、そうだな、重すぎないものを頼むよ。」
メニューを広げることすらなく、短い言葉だけでオーダーを済ませてしまう。
ウェイターは静かに頷き、厨房の方へと消えて行った。
((メニュー見ないで注文とか、すごすぎない?))
((──リカルドは、場慣れしているね。))
((なるほど~、慣れてるのか~。))
((──うん。))
テーブルの中央では、小さなガラスのホルダーの中で、
キャンドルの炎が静かに踊っている。
その淡い光をぼんやりと見つめていると、
緊張とは裏腹に落ち着くような気がした。




