第102話:嬉しさと申し訳なさの狭間に
ヒヨリナに到着すると、
あとから佐藤さんと撮影クルーもやってきた。
すでに撮影は始めているようで、
カメラマンに佐藤さんが指示を出しているように見える。
「遥、どのショップでバッグ買うか決めてるのかな?」
「ぜんぜんっ、決めてない。あはは~」
「うんうん、遥らしいね。ははは」
((──うん。いつも通り計画性がないね。遥らしい。))
((ふふっ、それでいいんだよ~。))
((──そうだね。))
「とりあえず、上のフロアでも見てみようか、遥。」
「うん、そだね~。」
「遥、足元に気を付けてね。」
「うん、ありがと。」
エスカレーターに乗ると、
リカルドは自然な動作で一歩遅れて、すぐ後ろの段に立った。
振り返らなくても、体温と微かな香水の残り香で存在を感じる。
そっと背中に手を添えるリカルド。
ほんの少し指先が触れているだけなのに、大きな手のせいなのか、
後ろから守られているような安心感があった。
「2階には、確かインポートセレクトショップがあったね。」
「なんか高そうなお店だね。ふふっ」
((──遥が立ち寄った事はないけれど、
インポートセレクトショップ『ベル・メール』が2階にはあるよ。
海外のスーパーブランドの取り扱いも多い。
ひより市の富裕層御用達としても認知されているよ。))
((あぁ~......わたし絶対買わないようなお店じゃん。))
「あっははは~」
「遥、どうしたんだい、急に笑い出して?
また、なにか面白いことでも思い出したのかな?」
「うふふ、うん、ごめん。」
「ホント、面白いね、遥は。」
((──リカルドが呆れている確率38%と推測。))
((え~~っ、そんな......呆れちゃうかな?))
((──変わっている行動は、最初は目新しくても、
次第に面白さから呆れるという感情に変化していくよ、一般的にはね。))
((思い出し笑いでごまかし続けるのもね......ムリあるのかな......))
((──そうだね。誤魔化し続けるのには限界があるだろうね。))
((だよね......リカルドにはゼニスのこと話してみるとか?))
((──遥の判断に任せるよ。))
((うん、わかった。))
エスカレーターを降り、フロアの喧騒から少し離れた奥まった一角へやってきた。
そこだけ周囲の照明を落としたような、落ち着いた雰囲気が漂っている。
「リカルドは、呆れてないの?なんか変なやつだな~とかさ......ふふっ」
「遥に対して、呆れてもいないし、変だとも思っていないよ。
そんなこと聞いてきて、どうしたんだい?」
「わたし......なんか急に笑ったりとか変だよな~って......」
「そんなの気にすることなんてないよ。遥は遥なんだからさ。」
リカルドの大きな手が、頭を優しく包み込むようにポンポンと撫でる。
それだけで、胸の奥がふわっと軽くなったような気がした。
「ねぇ、このお店なんだけど......入りにくいよね?雰囲気が......」
「そんなことないさ、遥に似合うバッグもあると思うよ。」
((──庶民派の遥にはハードルが......))
((なにそれ、途中でわざとやめたな。ふふっ))
((──......チーン))
((もう、腕を上げたね、ゼニス。))
((──うん。お蔭様でね。))
((なんか、皮肉っぽいんだよな~。ふふ))
「とりあえず、入ってみようか、遥。」
「う、うん......」
リカルドに手を引かれ店内へ入る。
一歩足を踏み入れた瞬間、雰囲気にのみ込まれそうになった。
柔らかな絨毯が足音を吸い込み、磨き上げられたガラスケースの中で、
宝石のようなバッグや時計たちが静かに輝いている。
「もう......絶対高いじゃん......」
蚊の鳴くような小さな声......
リカルドも店員さんも気がついていない。
((──高くても、自由に決済できるから、気にしなくても良いと思うよ。))
((まぁね、そうなんだけど......))
『いらっしゃいませ。』と声をかけてきた店員さんと、
ショーケース内を指さしながら話し込むリカルド。
ショーケースから、高級そうなバッグが取り出される。
深い海のようなネイビーのクロコ型押し。
中央には、アンティーク調の重厚な真鍮の留め具が鎮座する、
遊び心のあるラグジュアリー感。
ショーケースから、もう一つ取り出される。
ロゴすら見当たらないほど潔いデザイン。
だけど、一目で最高級だとわかる厚みのある一枚革が、
流れるような曲線で仕立てられている。
洗練されたミニマリストな造形美。
さらに、もう一つ取り出される。
内側のふっくらとした上質なラムスキンに、
寸分の狂いもない幾何学的なステッチが施されている。
光の角度でその凹凸が繊細な陰影を作り、
ハンドル部分で揺れるゴールドのチャームが特徴的で、
王道のような気品が溢れていた。
「遥に似合いそうなバッグを出してもらったよ。どうかな?」
「あ、えっ、う、うん......あ、ありがと......」
((──遥、緊張しすぎて言葉が出てないよ。))
((う、うん......))
店員さんは、バッグの特徴を丁寧に説明してくれている。
ただ、全く話は入ってこなかった。
「気に入ったのはあるかな、遥?」
「え、あ、う、うん、このチャームのやつ......?」
「さすが、遥。センスいいね。
王道だけど少し遊び心もあって、遥に似合うと思っていたんだ。」
「そ、そぅかな......?」
((──遥、緊張しすぎて声が上ずってるよ。))
((うん......お腹痛くなってきた......))
リカルドは店員さんと楽しそうに会話を続けている。
((──大丈夫、遥?落ちてるもの食べた?))
((そんなわけあるかいっ。))
((──うん。平常運転に戻ったね。))
((ふふっ、うん、ありがと。))
店員さんから、
『ベル・メール』とショップ名が入ったおしゃれな袋を受け取るリカルド。
リカルドが軽く手を挙げると、
『ありがとうございました。』と店員さんの挨拶が聞こえた。
「遥、これ。プレゼントだよ。」
店員さんから受け取ったばかりの袋を手渡してきた。
「えっ、えっ?」
「遥に似合うと思って選んだんだ。受け取ってね。」
「えっ......こんな高いバッグ......」
「高くなんてないさ。遥に似合うことが大切だからね。」
「う、うん......ありがとうございます。」
リカルドは満足そうな笑顔を見せた。
((──かなりの高級バッグだね。))
((だよね......値段知らんけど......))
((──このバッグの価格は......無粋だから止めておきます。))
((お、おぉ~、ゼニスらしくない。ふふふっ))
プレゼントを大事に抱えながら、『ベル・メール』をあとにした。
嬉しいような、申し訳ないような複雑な気持ちも一緒に抱えながら。




