0098. 祭りの前夜と私たちの鬨の声
――収穫祭、前夜。
夕日に染まる外宮に特設された高舞台の上で、私と十人の仲間たちは最後の仕上げとなる舞の鍛錬を終えた。
(……疲れた)
たった一週間。されど、地獄の一週間。四歳児の体に、毎日四時間のヲタ芸指導はあまりに過酷だった。全身の筋肉が心地よい悲鳴を上げている。
何十回、いや、何百回と踊らされただろうか。しかも、幼稚園児の体格では腕も足も短すぎて、転生前に踊っていたときのイメージとは全く違う動きになってしまう。見る人が見れば、「なんだこの奇妙な踊りは」と言われてしまうに違いない。
まあ、幸いこの舞の元ネタを知る者はこの世界にはいない。卑弥呼様たち神々はきっと観察しながら腹を抱えて笑っているだろうけど、あちらからの連絡手段はない。コミュニケーションが断絶しているおかげで、私の精神的安寧はかろうじて保たれている。のんびりできてよいことだ。
だが、目の前で息を弾ませる、まつやゆき、みきたちの顔は疲労よりも、達成感と明日への期待でキラキラと輝いていた。
「姫御子様。皆、見違えるほど上達いたしましたね」
舞台の袖で、まつが汗を拭いながら、嬉しそうに話しかけてきた。
「町の皆も、大変楽しみにしておりました。今までの生活が苦しく、祭りなどここ何年もできていなかった、と聞きましたので」
その言葉に私の胸がちくりと痛んだ。
そっか。娯楽どころか、日々の糧を得るだけで、精一杯だったんだ。畿内の戦乱や甲斐の貧困から逃れ、この安房の地にやってきた人たち。彼らにとって、この収穫祭はただの祭りではない。新しい生活の始まりを祝う、希望の象徴なのだ。
この町に来てくれた人たちのために、私は――。
私は舞台の上から夕日に染まる門前町を見つめ、ぎゅっと固く拳を握りしめた。
(おっし、この門前町にいる人たちは、今後、食事に困らないように私が色々と生活改善活動を進めて行くぞ〜、おぉ〜!)
「……姫様? 何か、ございましたか? 拳を突き上げていらっしゃいますが」
私の仕草に気づいた、まつが不思議そうに首を傾げる。
「い、いや! 何も無いよ。皆がこの舞の鍛錬をよくぞやり切ったものだと思ってね! 明日はいよいよ祭りかぁって思ったら、なんだか武者震いがしてきて……心の中で、鬨の声を上げていたのよ!」
とっさに出た、苦しい言い訳。だが、私のことをやたらと信用、信頼している、ある意味、推しを目の前にしたヲタク状態のまつには、この程度の言い訳でも十分に通じてしまうらしかった。
「まあ! なんという、素晴らしいお考え! そうでしたか! それでしたら、皆で本当に鬨の声を上げましょうか! ゆきちゃん、みきちゃん、皆を集めて!」
「えっ、ちょっ……!」
(うぉ、私の言い訳に上被せしてきたよ。そういうのはいいのに……)
私の制止も聞かず、まつはあっという間に舞の仲間たちを舞台の中央に集めてしまった。
完全に引くに引けなくなった私は腹を括った。
「皆の者!」
私が声を張り上げると、十の真剣な瞳が一斉に私に向けられる。
「明日はいよいよ、我らの舞を神々と民に示す日! 我らの心を一つにするぞ!」
私が小さな拳を高々と突き上げる。
「――えい、えい、おー!」
それに十の若々しい声が力強く応えた。
「「「「えい、えい、おー!!」」」」
舞台の上に私たちのこの一週間の全てが詰まった力強い声が響き渡った。言い訳から始まった鬨の声だったけど、なんだか、本当にみんなと心が一つになった気がして、意外と悪くなかった。
その後、仲間たちと別れ、私は奥之院にある自室の縁側で、一人夜風に当たっていた。
心地よい疲労感と静かな高揚感。そこに氏兼がやってきた。
「姫御子様。明日の段取りについて、最終のご確認を」
「ええ。ご苦労様です、氏兼。そういえば、明日はなんの刻に何処に行けば良いのか聞いていなかったわね」
「申し訳ありません。伝え漏れていたようです」
氏兼は、私の隣に腰を下ろすと明日の予定を簡潔に告げた。
「……明日は、巳の正刻の鐘から、祭りを始めます。つきましては、辰の終刻までに、外宮の高舞台へ、お集まりいただきたく存じます」
(うーん……いまだに十二時辰が分かってないのよね。巳の刻が午前9時から11時で正刻ってことは真ん中の10時。辰の刻がその前だから、7時から9時で……終刻だから9時ギリギリか?)
(ってことは、祭りが10時から始まるから9時に集合ね。もっと慣れないとダメだな。正直、24時間制の方がよっぽど楽なんだけど。これもいずれ変えていかねば)
「わかったわ。辰の終刻に高舞台へ向かいます」
私はそう答えると、もう一度、星空の下に広がるまだ新しい町の灯りに思いを馳せた。
一つ一つの灯りの下に、新しい生活への不安と期待を抱えた人々がいる。彼らにとって、明日の祭りが、この町で生きていく希望の光となりますように。
明日は、きっと良い一日になる。
そんな確信があった。




