0095. 閑話・【???】転生者 琴の観察日記 「推しの尊みが致死量だった件」
ふぅ〜……。ようやく、ようやく、私の番が回ってきたわ。
神域にあるこの広大な観測の間。数多に浮かぶ水鏡の中から私が担当するただ一つの世界を選び出す。そこに映るのは私の最愛の『推し』――あの子、琴ちゃんの姿。
「……それにしても」
私は傍らに積まれた観察日記の巻物をぱらぱらとめくりながら、深いため息をついた。
「……最近、担当になりたいって新参の子たちが増えたのはいいけれど……」
日記の質が明らかに下がっている。
『本日、姫御子様、錬成の術を鍛錬せり』
……これだけ? 違うでしょ! 『一心不乱に術式を練り上げるその横顔は、まるで宝石を研磨する職人の如く真摯であり、成功の瞬間に見せるはにかんだ笑みは、春の陽光そのものであった』…くらいは書きなさいよ! 『尊み』が全く足りていない。
これだから新参は推しの解像度が低いんだから…。私の方がサービス開始初日からの古参ファンだというのに、担当の割り振りが一緒だなんて、??様も何を考えているのかしら。
はぁ〜、やんなっちゃうわ。溜まりに溜まったこの不満と渇望。今日この当番の日に、存分に直接観察させていただいて『尊み成分』を補給しないと干からびてしまう。そして、日記とはこう書くのよと、後進のために完璧なお手本を示してあげないとね!
さてと。日記によれば、そろそろあの大聖宮へと引っ越しする頃合いのはずだけど……。
あら、まあ!
水鏡に映るあの子は、既に新しいお社の中ですやすやとおねむじゃないの。
いいわぁ……! 寝顔からの観察なんて、今日は最高のスタートじゃない! あの穏やかな寝息……。時折ぴくりと動く小さなまぶた……。ああ、永久に見ていられる……。
おっ、起きたわね。寝ぼけ眼できょろきょろと周りを見回すその仕草。はい、可愛い。
まだ朝餉の時間には早いわよ。もう一度寝て、その天使の寝顔を私に見せ続けてくれてもいいのよ?
ふむふむ、幻獣の子たちに声をかけて、朝のお散歩に行く気ね。朝から活動的でよろしい。
……あらら。部屋を出ようとしたら、侍女の娘かしら? すごい険しい顔で仁王立ちしてるわね。あの子も大変ねぇ。琴ちゃん、まだ何もやらかしてないのに。ちょっと同情しちゃうわ。
『……昨日この周辺を探検できてなかったから、軽く散歩しながら様子を見てこようかな……』
あらあら、心の声がだだ漏れよ、琴ちゃん。いつもそんな調子だから、侍女の娘も先回りして待機してるのね。納得だわ。
「四半刻(三十分)お待ちください」って言われて、めっちゃ嫌そうな顔。隠してるつもりでしょうけど、全部顔に出ちゃってるわよ。そういう年相応のところがまたたまらないのだけど!
ふふん。結局待ちきれずに、お庭で幻獣の子たちと遊び始めたわね。
朝の柔らかな光の中で、白い狐と猫と水の精霊と戯れる幼女……。
はうぅっ……! 朝から尊みが致死量……!
……いけない。つい鼻血が……。
おや? 幻獣たちとの五行遊びにも飽きてしまったようね。今度は何やら奇妙な舞を始めたわ。
あれは……確か、前世の記憶で見たことがある……そう、『ヲタ芸』!
おおっと、ここでキレのあるロマンス! からの流れるようなサンダースネイク! なんであの子がこの舞を知っているのかは謎だけど、フォームが完璧よ、琴ちゃん!
小さな体で、短い手足をちょこまかと一生懸命に動かして……。
か、可愛い……! 可愛いすぎるわっ……!
いけない、いけない。瞬きすら惜しい。この一瞬を私の魂に焼き付けないと……!
あら、夢中になりすぎて従者たちが来たのに気づかなかったようね。
見られてる、見られてる。耳まで真っ赤にして照れちゃって。可愛いわぁ。
「収穫祭で奉納する舞の練習よ」ですって。
よくもまあ、そん-なとっさの言い訳が出てくるものね! そのアドリブ力! さすが私の推し!
もちろん私にはお見通しだけど、あの純粋な侍女たちはすっかり信じちゃってるじゃない。
あらあら、祭りで披露する流れになっちゃった。これはいいわ! 最高よ! 秋祭りも絶対に私が観察当番を確保しないと! そのためには多少の根回しも厭わないわ!(血涙)
ハッ! いけない、いけない。秋祭りの完璧な演出について妄想していたら、いつの間にか朝の散歩が終わっているじゃない! 私としたことが!
……まあ、しょうがないわ。切り替えていきましょう。おっ、琴ちゃんたち、今度は門前町の様子を見に行くようね。今度こそ一瞬たりとも見逃さないわよ!
ーーーー
まあ! 馬に乗って町を巡るなんて、まるで凱旋パレードじゃないの! 民たちが沿道にずらりと並んで、観客のようになっているわ。
そして琴ちゃんたら、すっかりその気になって有名人みたいににこやかに手を振っちゃって! キメ顔までしちゃって、可愛いんだから!
でも、この時代に手を振るなんて風習はないから、当然不思議に思われるわよね。ほら、早速侍女に質問されてる。
『――これは、神霊を招いて御加護を与えるおまじないよ』
うわぁ〜! 出たわね、お得意のドヤ顔での知ったかぶり! 幼稚園児のドヤ顔って、どうしてこんなに破壊力があるのかしら……!
しかも凄いのは、あの子のその思いつきが、無意識に真実になっていることよ。あの子の手から、確かにキラキラとした祝福の光が民に降り注いでいるのが私には見える。金色の光の粒子が桜吹雪のように舞い降り、民たちの疲れた心と体を優しく癒していく…。
言ったことが本当になる。まさしく言霊の力。ただの思いつきが真実の奇跡になる…なんて子なの、あの子は…。
民たちはその神々しい光景に感動して泣き崩れているわ。完全に推しのファンサービスに感極まっているファンじゃないの。
琴ちゃんもその熱狂的な歓迎がまんざらでもないみたい。一周で終わるつもりが、結局何周も何周も町を回ってあげている。優しいわねぇ、本当に。
ああ、今日も素晴らしい『供給』をありがとう、琴ちゃん。
この溢れる尊みを、どう日記に認めたものかしら。
『本日、我が推し、天使の寝顔より起床。朝の光の中で舞い踊る姿はまさに降臨せし天女。その一挙手一投足が我ら古参ファンの魂を浄化していく…』うん、完璧ね!
ああ、でもあの可愛すぎるヲタ芸の動きをどう文字で表現すればいいのかしら…! 絵師の担当、誰か呼んできて!
今夜は筆が走りすぎて、眠れそうにないわ!




