0092. 私の新居はちょっと広すぎるようです
父上の号令一下、私の大聖宮への引っ越しが始まった。
物々しい儀式を終え、ようやく館の外へ出た私はその光景に思わず足を止めた。
道の両脇を数百人……いや、千人近いかもしれない……おびただしい数の民が埋め尽くしている。いつの間にこんなに人が集まっていたのか。しかも、私、この人たちの顔を一人も知らない。
そして、その全ての視線が熱に浮かされたように私一人に注がれていた。
(な、なんだ、この……アイドルの出待ちみたいな空気は……)
気持ち悪い、というのとは違う。どちらかというと、『おぉ〜、あの方が本物なのか、初めて見たよ、すげぇ〜、もう倒れそう』みたいな、推しを前にしたヲタクの視線に近い。まるで伝説の生き物でも見るかのような、そのあまりに純粋な信仰の眼差しに私はどうしようもない居心地の悪さを感じていた。
みんなの前で何か特別なことをした覚えはないのにどうしてこうなっているんだろう。これは後で氏兼かたきに聞くしかないか。
「姫御子様、こちらへ」
困惑する私を叔父である氏兼が一頭の馬の元へと導いた。
「道中、お疲れになりましょう。この馬にお乗りください」
見れば、私の背丈に合わせたかのような可愛らしい大きさの馬だ。芦毛のつぶらな瞳をした子。
「まあ、氏兼! 私のために仔馬を用意してくれたのですね! ありがとう!」
わあ、と私が駆け寄ると、氏兼はいつもの真顔で、静かに言った。
「……姫御子様。これは成馬にございます」
「…………え?」
私の足がぴたりと止まった。
(マジか……。この時代の馬って、ポニーサイズだったの!?)
私の知識の中の馬は、すらりとした脚を持つサラブレッド。それとは似ても似つかない、ずんぐりとした体躯。これが日本の在来馬……。
恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
気を取り直して、馬上の人となった私を乗せ、数百人規模の行列は平砂浦へと続く、新しく整備された街道をゆっくりと進んでいく。
お昼過ぎに出発して、目的地まで三刻(約六時間)ほどの道のり。父上と母上に「歩くのは危ないから」と止められて馬に乗ったはいいものの、乗り慣れない鞍のせいでお尻が痛くて仕方がない。令和の時代の人間工学に基づいて作られた鞍とは訳が違うのだ。
(……これも改良の余地、大アリね。私のお尻の平和のために)
そんなことを考えているうちに、行列はついに目的地へと到着した。
目の前にそびえるのは、巨大な朱塗りの鳥居とその奥に広がる深く静かな森。
ここが私の新しい家【安房稲荷大聖宮】
「ふぅ、やっと着いたわね、氏兼。もう日が暮れちゃったから、村の様子を見て回ったり、引っ越しの挨拶をするのは明日以降だね。今日は社で生活出来る準備を簡単にして早めに寝よう。もう疲れたよ」
私が馬の上でぐったりとしながら言うと、氏兼は恭しく頷いた。
「姫御子様、お疲れ様でございます。ただいま、奥之院にて夕餉の用意をしておりますので、支度が整うまでお部屋にてお休みください。たき、姫御子様をお部屋にお連れしてください」
荷解きをしていた手を止め、たきが私のそばへやって来る。彼女に案内され、私はこれから生活する部屋へと向かうことにした。
鳥居の大きさは、まあ、普通の大きな神社よりちょっと大きかったけど、社は大きな神社と同じくらいの規模だろうと想像していた。
けれど。
(……なんか、廊下が長くない?)
歩いても歩いても、景色が変わらない。外を見れば、建物の数もやけに多い。神道の社だから、普通に賽銭箱があってその奥に本殿がある、みたいなシンプルな構造をイメージしていたのにこれは全く違う。
まるで伊勢神宮とか明治神宮みたいに広大な森の中に社殿が点在している感じだ。
「ねぇ、たき。これから行く自分の部屋って、すごく遠くないかな。これだとさっき入ってきた入口の鳥居まで行くのが、すごく大変じゃない?」
私の素朴な疑問に、たきは申し訳なさそうに、しかし淡々と事実を告げた。
「姫様、お疲れのところ、大変恐縮ですが……」
「ん?」
「先ほどの場所は、この大聖宮の入り口、外宮にございますから、姫様が普段の生活でそちらへ行くことはほとんど無いかと存じます」
「……え?」
「姫様が普段お過ごしになる場所は、この先の内宮を抜け、さらにその奥にある奥之院にございますので」
――おくのいん。
その言葉の絶望的な響き。
私は森の奥へとどこまでも、どこまでも果てしなく続く参道を見つめ、呆然と呟いた。
(……野球場、幾つ分よ、これ。というか、みんな大好き夢の国のサイズじゃないの……?)
脳裏に、かつて三体の幻獣たちと湖畔で派手にやらかしたあの日の記憶が蘇る。水柱を上げ、木をなぎ倒し、火球で地形を変えた、あの大爆発。
(もしかして……父上たち、私がまた何かを爆発させても周りに被害が及ばないようにと、気を使って、こんな無駄に広い土地を……?)
もし、そうだとしたら。
そのあまりに過保護な愛情に、私は感謝するべきか、呆れるべきか、分からなかった。まあ、これから狐火ちゃんたちと色々な実験をすることを考えれば広い分にはありがたいのだけれど。
「……たき」
「はい、姫様」
「もう夕餉はいらないわ……。部屋に着いたら、すぐに寝る……」
「承知いたしました」
もう一度、馬に乗せてもらい、奥之院へと向かう道中、私は遠い目をした。
私のひきこもりモフモフ生活は、どうやらとんでもないスケールで始まってしまったらしい。




