0085. 閑話・【氏兼】姫御子様、それは〝都〟の創り方にございます
近頃、おれは自分が何者なのか、分からなくなる時がある。
ある時は宮司として、社を建てるべく寺社に赴き、宮大工と図面を睨み。
ある時は密使として、京や大和、常陸を駆け巡り、安房へ移り住む者を探し。
またある時は職人衆の元締めとして、彼らの言い分を聞き、門前町の差配をする。
(……おれは武士ではなかったか。連雀なのか、職人の親方なのか、それとも……)
姫御子様にお仕えすると決めたあの日から、おれは一度として、槍を握っていない。武士としての己が日に日に薄れていくような奇妙な感覚に囚われていた。
そのような中で、今日は久しぶりに姫御子様にお会いし、直々に話をすることになっていた。なんでも、殿からは「町づくりについて、姫御子様が御神託で得たお考えがある。そのお考えを町づくりに活かして欲しい」と事前に伝えられていた。姫御子様の御神託が、船の絵図から産物の知識まで広範に及ぶことは聞き及んでいる。だが、町づくりにまで、とは。一体、どのようなお話になるのか。
ふと、物思いに耽っていると侍女頭のたき殿がおれを呼びに来た。
「氏兼様、琴様の準備が整いましたので、ご案内致します」
たき殿も御神託と姫御子様の異能に戸惑いつつも、日々、誠心誠意お仕えしている。その娘のまつも侍女見習いとして、驚きながらも懸命に務めていると聞く。
「今日は、かなり時間がかかるかも知れないと琴様からお聞きし、中食をご用意しますが、本日のご予定はいかがでしょうか」
「琴様との話し合いより優先するようなことは、今の儂には無いので、中食をいただこう。琴様が中食のご心配をされるとなると、今日は日が落ちるまで話を聞くことになるやもしれぬな。心して聞かねば」
「そうですね。氏兼様にどうお伝えすれば上手く進むか、琴様は悩まれながら、紙にたくさん絵図や書き付けをご用意なされておりましたので。話が長くなるのは間違いございませんよ」
たき殿と廊下を歩きながら、斯様な話をしていると、琴様がお待ちの部屋に着いた。
部屋に入った瞬間、おれは息を呑んだ。床にはおびただしい数の紙が広げられており、さながら学者の書斎か、軍師の作戦司令室のようだ。その中央に、小さな姫君が、ちょこんと座している。先ほどのたき殿との話を思い出し、おれは気を引き締めた。
「姫御子様、氏兼、ご指示により参集致してございまする。本日は門前町の街づくりについて、お話があるとのこと。何かお気に障る事がございましたでしょうか」
「氏兼、本日はわざわざご足労いただき、ありがとうございます。父上より、私の住む社とその門前町の街づくりに尽力されていることを聞いておりまする。気に障ることはございませんのでご安心を」
姫御子様は幼いながらも、落ち着いた声でそう言った。そして、続けた言葉はおれの心臓を凍らせるには十分すぎた。
「本日、氏兼と話したかったのは、門前町のことです。単刀直入に言います。氏兼、あなたが今、作っている町は〝欠陥品〟です」
「なっ……!」
いきなりの痛烈な言葉。おれが数ヶ月をかけて練り上げた計画を一言の下に。だが、姫御子様の目は真剣そのものだった。
「私が神託にて授かったのは、ただの町ではありません。火事、病、津波、そして、戦。あらゆる〝災い〟から民を守るための都。――すなわち、〝防災都市〟の姿です」
防災……都市……?
言葉の意味は分からぬ。だが、その響きが持つ途方もないスケールにおれはただ圧倒されていた。
「防災都市とは、街づくりの基礎の考え方になります。昔の奈良の都や京の都のように街づくり計画をしっかり作る際に防災、つまり、災害が起こりにくくする街づくりを考え、その考えに基づいて作られた街のことです」
姫御子様はおれの混乱を察したのか、丁寧に言葉を続けた。
「今回は新たに門前町を作るとのことでしたので、しっかりと防災都市としての機能が発揮出来る街づくりを氏兼と話をして決めたいと思いまして」
言葉は理解できた。だが、そのような都と同じ造りをこの安房の片田舎で本当に……。
おれの内心の疑問を見透かすように姫御子様は一枚の絵図をおれに示した。
「例えば、火事。今の町のままでは一度火が出れば、一瞬で燃え広がります。ですが、道幅を今の三倍に広げ要所に火除け地となる広場を設け、建物を土壁と瓦で覆えば、それは燃えぬ町となります」
「例えば、病。町の中に清き水を引く上水道と汚れを海へ流す下水道を張り巡らせば、それは病まぬ町となります」
「そして、戦。町全体を高く分厚い城壁と深い水堀で囲み、横矢掛かりを考慮して隅櫓を配置すれば、それは落ちぬ町となるのです」
……言葉も出なかった。
おれが武士として、そして普請に関わる者として培ってきた知識をこの、まだ四つの幼女はいとも容易く、そして遥かに高い次元で語り尽くしていく。
これが神の知恵……。
「……姫御子様。某には……某の経験では、及びもつかぬ、お考えにございます」
おれは完全にひれ伏していた。己の矮小さを思い知らされた。
「某はただ姫御子様の仰せのままに動くのみにございまする」
すると姫御子様は静かに、しかし力強く首を横に振った。
「いいえ、氏兼。それではだめなのです」
彼女は床に広げられた絵図から顔を上げ、おれの目をまっすぐに見据えた。
「私にあるのは神託という〝理想〟だけ。それをこの国の土に、木に、石に、そして人の心に合わせ〝現実〟の形にできるのはあなたの経験と知恵だけなのです。……氏兼。どうか、私にあなたの力を貸してください」
そのあまりに真っ直ぐであまりに真摯な言葉におれの心は震えた。
おれは自分が何者なのか、と悩んでいた。武士でも、宮司でも、商人でもない、と。
だが、今分かった。
おれはこの国の誰でもない。
この幼き神の使いの壮大すぎる夢を現実に変える、ただ一人の日ノ本一の〝総奉行〟なのだ、と。
脳裏にこれから成し遂げねばならぬ仕事の壮大な光景が駆け巡る。高くそびえる城壁、整然と並ぶ瓦屋根の町並み、清らかな水が流れる水路、そして、そこで笑い暮らす民の顔。その全てをこの手で創り上げるのだ。
「――御意」
おれは心の底から晴れやかな気持ちで深々と頭を垂れた。
「この氏兼、身命に賭して姫御子様の〝都〟創り上げてご覧にいれまする!」




