0083. プレゼンとうっかり現代用語
お風呂に入り、身なりを整えた後、入念な脳内リハーサルを経て、父上と母上の前に改まって座っていた。
今回の議題は、綿の道具作りのような単発のプロジェクトではない。国のインフラに関わる、まさに国家規模の一大事業だ。失敗は許されない。
私は、今回のおねだりの項目が多いことを考慮し、まずは二歳児の可愛さを最大限に利用して下手に出て、同情を誘う作戦でいくことに決めていた。
「ちちうえ、ははうえ。ほんじつは、おじかんをいただき、ありがとうございます。まえは、おねがいをきいてもらって、ありがとうございます。またひとつ、おねがいが……」
私が神妙な口上を述べ始めた途端、母上からやんわりと、しかし有無を言わせぬ響きで釘を刺された。
「琴。そなたは、やがて多くの民の上に立つ姫御子。我ら親に対しても、もう少し堂々となさいませ。民は、か弱き主に付き従いはしませぬ。慈悲と威厳、その両輪があってこそ、人のの上に立つ者となりましょう」
「真里の言う通りじゃ。そなたの言葉は神の言葉。自信を持って伝えよ。そのために我らがおるのだからな」
(うっ……令和のモブ気質が、つい……! しがない平社員の悲哀が体に染み付いているのよ…!)
いきなり作戦が根底から頓挫した。どうやら、この戦国の世では、謙虚さや遜りは、上に立つ者の美徳ではないらしい。
(分かったわよ、やればいいんでしょ、威厳! 二歳児の威厳、見せてやるわ!)
「ははうえのおことば、わかりました。まだにさいなので、あまりわからないけど、すこしずつ、ひめみこのふるまいを、みにちゅけます」
私は背筋をしゃんと伸ばし、女優のようにスイッチを切り替え、できる限り威厳を繕ってそう答えた。内心では冷や汗だくだくだが、表情には出さない。
「うむ。それでよい」
満足げに頷いた父上に、私は本題を切り出した。
「じつは、またゆめまくらに、かみさまがきました。こんどのおつげは、このくにのみらいにかかわる、おはなしだといってました」
私の言葉に父上と母上の顔がすっと引き締まる。場の空気が変わった。
私は、二歳児の拙い語彙力を最大限に発揮しつつも、声に力を込め、夢で見たという光景を語り始めた。
「まず、〝みち〟です。ゆめのなかのみちは、いしのようにかたくて、どこまでもたいらで、あめがふってもどろのようにならなかったの。
にもつをちゅんだどうぶつさんが、すれちがえるほどひろかったの。
かみさまは、よいみちは、ひと、もの、そしてとみをはこび、くにをつよくするけつみゃく?となると、いってました」
「ほう! 道が、血脈か!」
父上の目がきらりと光った。
「それが成れば、商いは栄え、兵の移動も格段に速くなる……! まこと、国の礎よな!」
「つぎに、〝まち〟です。ゆめのまちも、きょうのみやこのように、おうちをきれいにならべるといいといってました。
かじがおきてももえひろがりにくいひろいみちと、きれいなおみずをのむためのいどと、よごれたおみずをながすためのげすいろをととのえるとよいと、すばらしい〝とし〟になるといってました」
「と、し……?」
父上が怪訝な顔で私の言葉を遮った。
(しまった! うっかり現代用語が!)
脳内で警報が鳴る。やばいやばいやばい!出た、現代用語ポロリ!神託だからセーフ!神託だからセーフ!
「琴よ、その〝とし〟とは、いかなる意味じゃ? それも御神託の言葉か?」
「は、はい! ひとがたくさんあつまる、にぎやかでおおきなまちを、かみさまはそうよんでました!」
「なるほど、〝都市〟か! 我らも覚えねばならぬな!」
(危ない、危ない……。なんとか乗り切ったわ)
私は内心で胸を撫で下ろし、プレゼンを続ける。
「そして、そのすばらしい〝とし〟と〝みち〟を、はやく、らくにつくるための、あたらしい〝どうぐ〟と、たくさんのにもつをいちどにはこべる〝こうつう〟のどうぐも、おしえてくれました……」
「まて、琴」
またしても、父上がストップをかけた。
「その、〝こうつう〟とは?」
(またやったぁぁぁ! もうダメだ、私の語彙力…!前世の記憶が邪魔をする!)
「え、ええと……ひとやものが、まじわり、いったりきたりすることを、そうよぶと……」
「交通、か! 人や物が交わり通う……なるほど、言い得て妙よな!」
父上は私のしどろもどろの説明になぜか深く感心しきりだ。この時代の人の素直さに心底救われる思いだった。
全ての「神託」を語り終えると、父上は腕を組み、大きく、そして力強く頷いた。
「よくぞ伝えてくれた、琴よ。これは、里見家の浮沈をかけた大事業となるだろう。多くの困難が伴うやもしれぬ。だが、神が示された道ならば、進まぬわけにはいくまい!」
父上は立ち上がると、その場で小姓を呼んだ。
「誰ぞある! すぐに氏兼と源蔵、そして光賀を評定の間に集めよ! 軍議を開く! 琴よ、その全てを統べる者として、絵図を描き、皆を導いてやってくれ」
「はい、ちちうえ!」
私のプレゼンは、またしても大成功に終わった。
父上は私の言葉を疑うことなく、その全てを受け入れ、即座に行動に移してくれた。この時代の神託に対する信仰心の篤さもあるのだろう。
だがそれ以上に、私という娘への絶対的な信頼を感じる。
その信頼が少しだけくすぐったい。そして、同時に重い。あまりにも重い信頼だ。
(……よし)
でも、この重圧から逃げないと決めたのは、私自身だ。この信頼を裏切らないためにも、中途半端は許されない。
父上が思い描く「強い国」と、私が夢見る「快適なスローライフ」はきっと両立できるはずだ。そのための設計図は私の頭の中にある。
私は、この国の未来をそして両親の期待を背負って一歩ずつ、でも確実にこの計画を成功させてみせよう。
そう、心に誓うのだった。




