0075. 閑話・【光賀】途方もなき土の商い
居住まいを正したわしを三宅殿は鋭い目で見つめていた。酒場の喧騒の中、二人の間だけ空気が張り詰める。
「先日、あのお方より新たな品の買い付けを頼まれまして、それがどうにも、薩摩や備中、美作あたりでの買い付けになるとのことでして。これはもう土地鑑のある三宅殿にお力添えをいただけないかと思いましてな」
「ほぉ〜、薩摩、備中に美作ですか。それはそれはわしらが庭のようにして商いをしている地ですから、大抵の物は買い付け出来ますが……。東国の方がわざわざ東国から人を遣わしてまで欲しがるような品が、あのあたりにあるとは思えませぬが、よろしいので?」
三宅殿の言葉には商人としての純粋な好奇心が滲んでいた。薩摩なら刀か焼物、備中なら鉄。それが西国の常識だ。
「あの御方が何をお考えになられているかは、わしにも分かりませぬ。ただ商いの利にはなるので、あまり深くは聞かぬことにしております。正直に申せば、今回の商いもわしには皆目、見当もつかぬ代物なのでございます」
「そうですか。面白いお方じゃな。して、何を買い付けしたいのですかな」
わしは懐から里見様直筆の書状を取り出し、三宅殿に見せた。
「ここ薩摩では向島の火山灰と火山岩。備中、美作では、備中新見、美作真庭あたりにある石灰岩をと考えております。いかがですかな、買い付け事は出来ましょうか」
書状に目を通した三宅殿は、しばし怪訝な顔をしていたが、やがて、こらえきれぬといった様子でがははと腹を抱えて笑い出した。そのあまりの笑いように周りの卓の者たちが何事かとこちらを振り向くほどだった。
「これはまた随分と変わった物をご所望されましたな! 火山灰に火山岩とは! この薩摩の地であれは厄介物以外の何物でもない。特に向島あたりでは、天から降ってくる灰に皆が日々頭を悩ませておる。洗濯物は汚れる、作物には積もる。それを商いにするなどと考えた者は日ノ本広しといえど、そのお方が初めてじゃろう!」
彼は笑いながら続けた。
「あのようなもの、各村で手間賃を出せば、皆が喜んで好きなだけ引き取らせてくれるのではないですかな。あと新見と真庭の石灰岩ですか。石灰といえば、漆喰などに使われたりしておりますがそれを岩のまま、しかも大量に欲しいと? 真庭より新見の方が盛んに取れると聞いておりますので、こちらも買い付けは出来ると思いますぞ」
「そうですか、それはよかった。どうにか、あの御方のご期待に応えられそうです。それで三宅殿。また厚かましいお願いなのですが、これらの品を度々、前のように紀州の御坊に運んでもらうことは出来ますかな」
「まぁ、手間賃さえもらえれば、御坊に持っていきますよ。どうせ人も連れて行かねばならないですしな。して、どのくらいが入り用ですかな」
「そうですな。今回は最初の商いでございます。買い付けたもので問題無いか、あの御方に確認せねばなりませぬので、それぞれ船一艘分でお願いします」
「それぞれ一艘分!?」
三宅殿の目が驚きに見開かれる。豪快な笑みが消え、真剣な商人の顔に戻っていた。
「左様。問題無ければ、次からはそれぞれ船二艘、三艘分になろうかと思います。各季節に一回、三月毎での買い付けでいかがですかな。琉球での買い付けや人買いは半年に一回になりましょうし、その間に、この商いを差し込みたいと」
三宅殿は呆れたように、しかしどこか楽しそうにわしの顔をじっと見つめた。
「思うてた以上に途方もない買い付けですな。そのお方は東国に山でもお作りになるおつもりか。……まあ、よろしい。一月半、いや、二月後には御坊に運べると思いますぞ。その際に琉球での買い付けや人買いが出来ている分もまとめて御坊に運んでおきましょう」
彼はそう言うと大きな盃に並々と酒を注いだ。
「それにしても、大商いになりそうですな。光賀殿はもはやただの連雀と呼べませぬな。東国に面白い風が吹き始めた。その風に見事に乗っておられるのがあなたじゃ」
「とんでもない。三宅殿、わしはまだまだ連雀であると思うておりますぞ。東国に店を構えておるわけでもありませぬしな。将来はどこかの湊で自分の店を構えて商いをしたいとは思うておりますが、それはまだ先の話にございます」
わしの言葉に三宅殿は全てを見通すような目でにやりと笑った。
「それなら、もう決まっておるのではありませぬか。ここまでそのお方と懇意にされておるのですから、そのお方の領地で店を構えるのが一番の筋というものでしょう。そのお方の下ならば、途方もない商いができる。東国に生まれつつある巨大な市場のど真ん中に座れるのですよ」
「……」
三宅殿の言葉はわしの胸に深く突き刺さった。そうだ、わしはいつの間にかとんでもない大商いの渦中にいる。そして、この男はその渦に乗り遅れまいとわしに手を差し伸べているのだ。
「まあ、この話は先の話。また店を構えたら教えてくださいな。その時はわしの店の『出店』を一つ置かせていただきたい。よしなに商いをさせてもらいますゆえ」
その言葉は単なる社交辞令ではない。本気の事業提携の申し出だった。
商談を終え、夜が更けるまで酒を酌み交わした。 不可能に思えた無理難題がこの男と語らううちに、胸躍る大商いへと姿を変えていく。
この興奮こそ、商人の醍醐味。わしは心の底からそう思った。この出会いに感謝し、そしてこの出会いをくれた安房の主に改めて畏敬の念を抱かずにはいられなかった。




