0074. 閑話・【光賀】頼れる友との再会
里見様からまたしても常軌を逸した買い付けの依頼を受けたわしは、一刻の猶予も置かず、安房を発つ準備を整えた。
今回の品は「土」。書状に記されたのは、薩摩は向島の火山灰に火山岩、そして備中と美作の石灰岩。意味は分からぬが、やるべきことは決まっている。
あのお方が欲すると仰せになられるからには、この土くれが金子以上の価値を持つ日が来るのだろう。わしはもはや、里見様の奇抜な注文に驚くことはなくなっていた。ただ、あの御方の描く未来の壮大さに静かな畏怖と興奮を覚えるだけだ。
備中へ直接向かうか、それともまずは坊津へ向かうか。しばし悩んだが答えはすぐに出た。いきなり三宅殿の本拠地である備中に乗り込むのは、礼を欠くやもしれぬ。まずは彼と縁ができた坊津の湊で、改めて教えを乞い、力を借りるのが筋だろう。商人としての義理を欠いては、大きな商いはできぬ。
そして何よりあの豪放な商人の顔を一刻も早く見たかった。彼という頼れる存在がいる。その事実が今回の途方もない旅路において、唯一の光明であった。
安房から坊津までの長い船旅は不思議と前回のような気鬱はなかった。同じ海の景色、同じ潮の香り。だが、わしの心持ちはまるで違っていた。前回は未知の土地と得体の知れぬ商いへの不安に満ちていた。木の葉のような小舟で荒れ狂う大海に漕ぎ出すような心細さがあった。
だが、今は違う。明確な目的地と目的、そして何より「三宅殿に会う」という確かな希望がわしの心を軽くしていた。船乗りたちとも顔なじみになり、彼らから西国の湊の噂話や海賊が出没する海域の情報を仕入れる余裕すらあった。
久しぶりに見る坊津の湊は、相変わらずの熱気に満ちていた。日ノ本の言葉に混じり、異国の言葉が飛び交い、甘い香辛料の匂いが鼻腔をくすぐる。前回、この活気に気圧され、己の小ささを痛感した東国の若輩商人はもういない。
わしは今や、この西国の豪商、三宅殿の商談相手なのだ。そのささやかな自負がわしの背筋をしゃんと伸ばさせた。堂々と湊を闊歩し、情報が集まる酒場へと向かう。道すがら、見慣れぬ異国の商人に声をかけられても、臆することなく言葉を交わすことができた。この変化は、わしにとって大きな自信となっていた。
幸運にも三宅殿は坊津の定宿に滞在していた。使いを出すとすぐに湊の酒場で会う手筈が整った。馴染みの酒場の喧騒の中、一際大きな体躯で豪快に酒を呷っている男がいた。三宅殿だ。わしの顔を見るなり、彼はにかりと人懐こい笑みを浮かべた。
「三宅殿、ご無沙汰しております。坊津に居てよかったです。居なければ、待つか備中の方に出向こうかと思っていたところでした」
「おお、光賀殿か! 息災であったか。いやはや、左様にわしを探しておったとは嬉しい限りじゃ。ささ、まずは一杯やろう」
酌を交わし、旅の労をねぎらわれる。その屈託のない笑顔に長い船旅で張り詰めていた心がほぐれていくのを感じた。
「あぁ、それと御坊での引き取り、ありがとうございました。預けていたお寺にまで光賀殿から思いのほか厚い寄進をされたそうで寺の者もいたく喜んでおりましたぞ」
「いえいえ、こちらこそ、三宅殿のお力添えあってのこと。あの子供たちが無事に東国へ渡れたのも、三宅殿のご尽力あってこそ。心より感謝しております」
「なに、手付けじゃと言うたろう。それよりあの子らはどうじゃ。元気にやっておるか」
「はい。聞いた話では新しい村で読み書きや算術を学び、元気に暮らしていると。もはや商品ではなく東国の民となる者たちですのでな。人手はまだまだ足りぬようですので、引き続き、もし行き場のない子らがおりましたら、よろしくお願い申します」
わしの言葉に三宅殿は目を細めた。
「『東国の民』か。面白いことを言う。そなたもただの商人ではなくなってきたな。顔つきが変わったぞ、光賀殿」
しばし互いの近況を語り合った後、わしは居住まいを正し、本題を切り出した。酒場の喧騒がすっと遠のくような感覚があった。
「それで今日、三宅殿を探しておったのは他でもありませぬ。また一つ、新しい商いをさせていただけないかとご相談に参りました」
「ほう?」
三宅殿の目が鷹揚な友人のそれから、獲物を見定める鋭い商人のそれに変わった。その切り替わりの速さにわしは改めて彼の器の大きさを感じていた。
この男とならどんな途方もない商いも成し遂げられる。そんな確信があった。




