0072. 閑話・【???】転生者 琴の観察日記 「推しの初ライブと予想外の大炎上(物理)」
――神域、観測の間。
水鏡には我らが愛し子、琴の一行が屋敷を出て、どこかへ向かっている様子が映し出されていた。
「おや、今日は顕現の儀式をいつもの庭先や部屋の中ではやらんようじゃな」
“わし”が、興味深そうに顎を撫でる。
「ふふ、やっぱり慎重に行動して、できる限り成功の可能性を上げたいのでしょうね。そんなことしなくても、我らが万全のサポートをするというのに」
“わたし”が、微笑ましそうに目を細める。
今回の顕現は三人目となる水の幻獣、水蓮くん。彼のために琴は水辺を求めているらしかった。
「それにしても、琴の両親まで一緒に行くみたいね。行ったところで、顕現した子たちは見えないはずなのに。雰囲気だけでも楽しみたいのかしら?」
“わらわ”の呟きに“妾”は優雅に茶をすすりながら答えた。
「まあ、たまには家族でピクニックにでも行って、リフレッシュしたいのでしょう。琴ちゃん、普段の言動からして、かなり変わった子だと思われているでしょうから」
目的地は屋敷から少し離れた場所にある、静かな湖のようだった。道中、琴は両親にバレないように、それでいて期待に胸を膨らませて、そわそわと落ち着かない様子を見せている。その小さな背中からは、「一大イベントを控えているんです!」という気迫が溢れ出ていた。
やがて一行は目的地に到着し、湖畔で休憩を始めた。木漏れ日が水面にきらめき、穏やかな風が草を揺らす。
「あらあら、家族総出で大掛かりな〝ロケ〟じゃない」
“妾”は満足げに頷いた。
「ええわ。三人目のデビューに、これ以上ない最高の舞台よ」
侍女たちがピクニックの準備を進める中、琴はそっと輪から抜け出し、儀式の準備を始める。その姿を確認し、妾は神域に待機させていた二体の幻獣にそっと声をかけた。
「花梨ちゃん、水蓮くん、いよいよよ。準備はいいかしら」
《はい! いつでも行けます!》
元気よく答える花梨ちゃんの隣で水蓮くんがクールに、しかしその瞳の奥に確かな闘志を宿して頷く。
《……うん。大丈夫だよ。緊張より楽しみのほうが大きいかな》
「それじゃぁ、花梨ちゃん、先に行ってらっしゃい。琴ちゃんが呼んでいるわ」
水鏡の中の琴が、まず一体目の顕現に集中する。ほどなくして、彼女の足元に光のトンネルが開き、花梨ちゃんはまるで自動改札を通り抜けるように、スッとその中へ消えていった。
《水蓮くん、行ってくるね。先に行って待ってるから、ちゃんと来るんだぞ!》
《わかってる。必ず行くから、向こうで待ってて。……必ず、向こうでアレをやろうね》
二人が意味深な言葉を交わした直後、琴は再び集中力を高め、本日の主役の名を詠唱した。
その声はまだ舌足らずながらも、確かな意志と親愛に満ちていた。
『――水蓮!』
「さあ、行ってらっしゃい、水蓮くん! あなたのデビューを、皆が待っているわ!」
水蓮くんの小さな姿が、まばゆい光となって水鏡の中へと吸い込まれていく。
光が収まると、そこにはイッカクの着ぐるみを着た少年が少し照れくさそうに立っていた。
「無事に顕現できたようね。よかったわ」
水鏡の中では琴がそれはもう控えめに、でも全身で喜びを表現している。ぴょんぴょんと小さく跳ね、両の拳をぎゅっと握りしめる姿は、我々の心を鷲掴みにするには十分すぎた。
そして、狐火、花梨、水蓮の三体が、転生以来の再会を祝して、きゃっきゃと歓声を上げながら輪になって駆け回る。
「ああ、尊いわ……。このシーンだけで、ご飯三杯はいけるわね……」
妾が感涙にむせび、その光景を脳裏に焼き付けていると“わし”が声を上げた。
「お、おい、様子が変やぞ。あいつら、内緒話しとる」
見れば、三体が駆け回るのをやめ、何やらひそひそと顔を寄せ合って話し合っている。そして、琴がこくりと頷くのを見るや、ビシッと音がしそうなほど綺麗に縦一列に整列した。
「な、なにかしら、あのフォーメーションは……。まさか、新作のダンス?」
“わらわ”が、興味津々に首を傾げる。
次の瞬間、三体の体からそれぞれの属性の魔力が溢れ出し、可愛らしいおもちゃのような武器の形を成した。狐火の周りには小さな火の玉が、花梨の手には木の蔓でできた剣が、そして水蓮の前には水のバズーカ砲が浮かび上がる。
「――待って」
妾はごくりと喉を鳴らした。嫌な予感とそれ以上の期待が胸を占める。
「まさか、あの子たち……あの〝合体技〟をやる気!?」
琴が湖に向かって指を差すと同時に、三体は謎のウォームアップを始めた。縦に並んだまま、池の前でグルグルと走り始めたのだ。
「ランニング?」
「いや、シャドーボクシングか?」
「なんのタメじゃ、あれは」
我々が困惑する中、数周走り終えた三体は、地面を滑るようにして湖へと突進していく!
先頭は水蓮! 構えた水のバズーカから凝縮された水塊が撃ち出される!
ゴゴゴゴゴゴッ!
湖面が爆ぜ、巨大な水柱が天へと昇る!
――水鏡の隅で何事かと振り返った琴の父君が口をあんぐり開けて固まっているのが見えた。
続く二番手は花梨! 彼女が掲げた木の剣から無数の蔓が伸び、巨大な水柱に生き物のように絡みついていく!
メリメリメリメリッ!
水と木が融合し、異形の塔が湖上に出現する!
――母君がその常軌を逸した光景に「ひっ」と息を飲み、腰を抜かしそうになっている。
そして、締めは狐火! 彼女の周りに浮かんでいた無数の火球が一斉に木の塔へと降り注ぐ!
ドガガガガガガッ!
轟音と共に火球が炸裂し、木の柱を内部から粉々に爆砕する!
水蒸気爆発と見紛うほどの水煙が上がり、湖畔一帯を覆い尽くした。
「…………」
水煙がゆっくりと晴れた後、観測の間はしばしの沈黙に包まれた。
湖とその周辺の地形は見る影もなく変わり果て、唖然として口をパクパクさせている琴の両親と悲鳴を上げてその場に突っ伏した侍女たちの姿だけが、やけに鮮明だった。
「……やりすぎね」
妾は、ぽつりと呟いた。
「じゃが見ごたえは、最高だったけどな」
“わし”が、興奮気味に付け加える。
「あの子たち、帰ってきたら、少しお説教が必要ね。TPOを弁えるように、と。……そして」
妾はにやりと笑った。プロデューサーとしての血が騒ぐのを感じる。
「他のバージョンの連携技についても、じっくりと聞き出さないと。組み合わせは? パターンは? 次の妾の当番の日に独占ライブでやってもらうんだから」
我ら神々の〝推し活〟は、時に物理的な大炎上を伴いながら、ますます、その熱を帯びていくのだった。




