0066. 閑話・【???】転生者 琴の観察日記 「アイドルのデビューは運営の腕の見せ所」
「やっと、やっと妾の当番の日が来たわ!」
神域に設けられた観測の間。私は待ちに待ったその日を迎えた喜びに早朝から心を弾ませていた。同僚から押し付けられる退屈な雑務も全てはこの日のため。
そう思えばこそ、耐えられたのだ。
水鏡に映る愛し子――琴ちゃんの姿に朝から胸がときめいて仕方がない。
もう何度もこうして観察しているというのに、あの子は本当に飽きさせない。自分の力でどうにかしようとする、あのコツコツと頑張る姿勢。それでいて妙な自信に満ち溢れ、時折、大人びた毒を吐く根性。その全てがアンバランスで危うげで、そして愛おしい。
まだまだ小さい体だから、一つ一つの動きがこじんまりとしていて、もう、とにかく可愛らしいのだ。尊くて、萌えすぎて、もはや鼻血が出そうとはまさにこのこと。
「さて、今日はどんな可愛い姿を見せてくれるのかしら」
この間は二人目の顕現を目指して、色々と試行錯誤を繰り返していた。今日もその続きだろうか。水鏡に意識を集中させると、今日の琴ちゃんはいつもと少し様子が違うことに気づいた。
まだ陽も昇りきらない朝早くから、一人だけそっと寝床を抜け出し、庭に出て周囲の様子を窺っている。
その小さな横顔は、何か大きな決意を秘めているかのように真剣だ。彼女はすぅっと息を吸い込むと、両の手にゆっくりと魔素を練り上げ始めた。
(……まさか!)
私の心臓がドクンと大きく高鳴った。あの魔素の練り上げ方、集中力の高さ。間違いない。
(今日、ついに、二人目を顕現させる気ね!)
なんて幸運! なんて素晴らしい日だろう! こんな記念すべき瞬間に当番だなんて、ここ最近で一番の幸運だわ。
プロデューサー魂に、カッと火が点くのを感じた。
「こうしちゃいられないわ。デビューするアイドルのために、最高のステージと最高の衣装を用意してあげないと!」
私は意気揚々と立ち上がり、虚空に向かって優しく呼びかけた。もう一人の主役をこの舞台袖へと招き入れるために。
「花梨ちゃーん、ちょっといいかしら?」
私の声に応え、ふわりと光の粒子が集まり、やがて一匹の小さな子猫の姿をした、愛らしい幻獣が姿を現した。
《はい、〈???〉様。お呼びですか?》
「ええ。琴ちゃんがね、今、あなたを顕現させようとしているのよ。せっかくだから、とびっきり可愛くおめかしして、華々しく登場しましょうよ」
《まあ! 琴ちゃんが、私を? ……でも、まだあちらとこちらを繋ぐトンネルが不安定で、行けないと思ってました。琴ちゃん、相変わらず、変に頑張りますね》
花梨ちゃんは、心配そうに小さな首を傾げる。その不安を払拭するように、私は悪戯っぽくウィンクしてみせた。
「そこは、我ら〝運営〟が全力でサポートするから大丈夫よ。一部が不安定でも、あなたが通る瞬間だけこっそり強化して安定させてあげる。それにおめかし用のアクセサリーにも少しだけ力を足し込んでおくから、より安全に通れるわ。問題は琴ちゃんが通れる大きさのトンネルを作れるか、だけね」
「それで、どんな衣装やアクセサリーがいいかしら。顕現者である琴ちゃんのイメージから、あまりかけ離れてもいけないけど……」
《琴ちゃんの今のイメージですか? そのイメージから離れていると、通りづらくなるんですよね》
「そうよ。イメージとギャップがあればあるほど、琴ちゃんの魔素消費量が多くなるから、難しくなるわ。今、琴ちゃんがどんなイメージをしているか、ちょっと待ってね。他の皆が書き溜めた観察日記を読んで探してみるから」
私はそう言うと、手元に観察日記の束を呼び出し、ぱらぱらとページを捲っていく。皆の琴ちゃんへの愛が詰まった記録は、いつ読んでも微笑ましい。……あった。
「お待たせ。わかったわよ。琴ちゃんは、『花が咲くイメージ』で木属性の練習をしている、と。なら、やっぱり花冠かしら」
《花冠だけだと、少し物足りない気がします。首にもお花の飾りがあれば、きっと琴ちゃんも喜ぶと思います》
「あぁ、良いわね! 花のネックレスみたいな感じかしら。ハワイのレイみたいなのはどう?」
《はい、それがいいと思います! イメージは南国の花で鮮やかな色合いのものがいいです。琴ちゃん、そういうお花が好きだったので》
「わかったわ。それじゃ、こんな感じかしらねっと」
私はその場で光の粒子を集め、イメージを紡いでいく。私の指先から生まれた光は、見る間に色鮮やかなハイビスカスやプルメリアへと姿を変え、それらが寄り集まって可憐な花冠と美しいレイを創り出した。
「できたわよ。付けてみて」
《わあ、ありがとうございます! すごく可愛く出来てますね。これを付けて、琴ちゃんに会えるのですね!》
花梨ちゃんは、嬉しそうにその場でくるりと一回転した。うん、とってもよく似合っている。
「ええ。さあ、呼ばれるまで一緒に見届けましょう。あなたの輝かしいデビューの瞬間をね」
私と花梨ちゃんは水鏡の前に並んで座った。
水鏡の中の琴ちゃんはまさに儀式を始めるところだった。うんうん、魔素の圧縮はだいぶ様になってきたわね。手順も体に染み付いてきている。
そして、彼女はトンネルのイメージを固め始めた。……あらら?
(トンネルのイメージが、桜満開で桜吹雪が舞うトンネルですって? 派手すぎて、魔素消費が激しいわよ、この子ったら)
これではトンネルが完成する前に魔力が尽きて失敗してしまうかもしれない。ここまで頑張ってきたのにそれはあまりにも可哀想だわ。
「……もう、しょうがないわねぇ」
私は水鏡に向かって、そっと指先から一筋の光を送った。誰にも気づかれないように琴ちゃんの創り出すトンネルをこっそりと内側から補強してあげる。プロデューサーの仕事は時にこういう黒子に徹することも必要なのだ。
準備が整ったのだろう。琴ちゃんは小さな口を懸命に動かし、詠唱を始めた。無詠唱でもできるはずなのにあえて声に出すなんて。
自分では、きっと完璧に言えていると思っているのでしょうね。でも、こちらの耳に届いてくるのは……。
『来ちぇ、きゃわいい花ようちぇい。わたしゅといっちょに、はにゃであそぶまちょう。ちぃんいけんげぇん!』
(か、かわいいいいいいいいいいいいいいいっ!)
私は思わず口元を両手で押さえて、萌えの衝撃に耐える。だめ、これはだめよ。可愛すぎて心臓に悪い。
これは永久保存版だわ。後で動画データも切り出して、日記に添付しなくちゃ! 本当に今日はなんて日だ。なんて素晴らしい当たり日なのかしら。
「花梨ちゃん、トンネルは大丈夫そうよ。さあ、行ってらっしゃい! 琴ちゃんによろしくね。そんなに長くはいられないと思うけど、楽しんできて」
《はい! トンネルは大丈夫です、通れると思います! 久しぶりに会える琴ちゃんが楽しみです。姿はだいぶ変わっちゃってるけど、中身は相変わらずなので、一緒に遊んできますね!》
花梨ちゃんの小さな姿が、桜吹雪の舞う光のトンネルへと、嬉しそうに飛び込んでいく。
「帰ってきたら、話を聞かせてね。当面は行き来することになるけど、将来的には常時顕現できるようになると思うから」
《わかりました。琴ちゃんとのこと、観察してると思いますけど、報告しますね。それじゃ、行ってきます! 琴ちゃーん、私が行きますから、待っててねぇ〜》
トンネルの向こうで光が収束し、花冠とレイを付けた小さな子猫の姿が実体化する。
水鏡の向こうで、琴ちゃんがその目にみるみる涙をためて、花梨ちゃんをぎゅっと抱きしめている。
桜吹雪が祝福するように二人を包み込んでいる。
「……ええ、ええ。無事に、デビュー成功ね」
その光景に敏腕プロデューサーである私の目にも、思わず、熱いものがこみ上げてくるのだった。
これからは狐火ちゃんと花梨ちゃん、尊きモノペアが見られるのね。
ああ、なんて素晴らしい〝物語〟なのかしら。この物語を最高の形で紡いでいくことこそ、我ら運営の、そしてプロデューサーである私の使命なのだと、改めて心に誓うのだった。




