0111. ようこそ、私たちの秘密基地へ
懐かしのロビーを抜け、私はマンションの安っぽい鉄の扉の前に立った。
「さて、みんな! 今日はお引っ越しよ!」
私の宣言に狐火ちゃんたちがきょとんとした顔でがらんどうの部屋の中を見渡している。前回訪れた時と何も変わらない殺風景な空間だ。
「この何もない部屋を、私たちの最高の〝秘密基地〟にするのよ!」
「ひみつきち?」と三体が不思議そうに首を傾げる。その仕草の可愛らしさに頬が緩んだ。
私はまずアイテムボックスのウィンドウを展開した。
ソファ、ベッド、冷蔵庫……。懐かしい家具の名が並ぶ。これらを配置すれば、あっという間に見慣れた私の部屋が完成するはずだ。
だが、そのリストの遥か下の方。「その他」という項目に私の目は釘付けになった。
【ゴミ袋(50L)×20】
【空のペットボトル(潰してない、飲みかけもあり)×40】
【コンビニ弁当の容器(未洗浄、ソースの痕跡あり)×13】
【賞味期限切れのカップ麺の容器×5】
【乾いてひび割れた納豆のパック×7】
【ポテトチップスの袋(油付き、食べかす少量)×20】
(………………)
私の脳裏に前世の記憶が鮮やかに蘇る。締め切りに追われ、部屋で食事を済ませては、ゴミを片付けるのも億劫で放置していた、あの自堕落な日々が……。
(……私の黒歴史……っ!)
あの神々、私の部屋をゴミの分別もせずに丸ごとアイテムボックスにぶち込みおったな! プライバシーという概念はないのか! 神々のくせにデリカシーはゼロなの!?
(……まあ、でも、このプラスチックやビニールのゴミ……。もしかしたら、錬成スキルで何かに使えるかもしれないわね。ペットボトルから繊維を作って布にしたりとか。使えなかったら、燃やすか、ダンジョンに吸収されるか、試してみましょうかね)
転んでもただでは起きない。それが私の信条だ。
私は気を取り直して、家具の配置に取り掛かった。不思議な力で家具がふわふわと宙に浮く。これならこの小さな体でも問題ない。
「皆の者! 引っ越し作業を開始します!」
私は引っ越し業者のリーダーになった気分で声を張り上げた。
「まず、この一番大きなふかふかの椅子! これは部屋の真ん中がいいかしら? ねぇ、花梨ちゃん!」
《はいです! 琴ちゃん! 一番大きくてふかふかのやつ!》
花梨ちゃんは私の言葉に嬉しそうに尻尾を振った。
《琴ちゃんがいつでもごろんとできるように、お部屋のまん中がいいと思います!》
私の声に花梨ちゃんが楽しそうに「みゃあ!」と鳴いて、ソファが置かれるべき場所へと駆け寄り、前足で床をぽんぽんと叩く。
「よし、採用!」
私はソファを軽く押しながら、花梨ちゃんの示した場所へふわりと着地させた。
「次にこの冷たい食べ物をしまっておく、白い箱(冷蔵庫)! 水蓮くん、あなたはどう思う?」
《……ボクに、意見を? ……そうだな》
水蓮くんは少しだけ考えると、冷静に部屋全体を見渡した。
《……台所の隅が良いかと。琴ちゃんが料理をする際に邪魔にならないので》
水蓮くんはすたすたと歩き出し、台所の隅でくるりと一回転してみせた。その動きには一切の無駄がない。
「なるほど、そこね! さすが水蓮くん、家事動線をよく分かってるわ! 採用!」
「そして、この寝るためのふかふかの台! 狐火ちゃん!」
《……ふむ》
狐火ちゃんは何も言わず、ただ静かに窓際へと歩いていく。そして、部屋の中で最も柔らかな陽の光が差し込む場所を見つけるとそこに優雅にふせをした。
《琴ちゃん。心地よき目覚めのためならば、場所はここ以外にありえまい。朝、陽の光が琴ちゃんの髪を陽射しが染め、鳥の声が優しく目覚めを促す。それ琴ちゃんに最もふさわしい》
「……満点の回答よ、狐火ちゃん!」
そんな賑やかで、微笑ましいやり取りをしながら、半刻(一時間)後。
部屋はすっかり前世の私のあの怠惰な空間へとその姿を取り戻していた。
「ふぅ……」
私は久しぶりにふかふかのソファに深く身を沈め、キッチンの蛇口から出した、ただの水道水を飲んだ。
(……最高。この部屋はただの前世の再現じゃない。みんなと一緒に作り上げた、私たちの新しい〝居場所〟だわ)
でも欲を言えば、キリッと冷えたミネラルウォーターか炭酸水が飲みたいわね。もしかして五行の術の水行を使えば、ただの水から不純物を取り除いたり、炭酸を足したりできるのかしら……? 脳裏にキンキンに冷えた麦茶やフルーツジュース、そして、ビールが浮かぶ。その実現はまだ遠い。
(……そうだわ)
私は立ち上がった。
(せっかくだから、お風呂に入ろう!久しぶりに湯船でゆっくりしたいわ)
あまりの心地よさに、ついつい長風呂をしてしまった。時計はないが、体感で半刻(約一時間)は経っている。この世界の疲れや汚れを全て洗い流してくれるような、至福の時間だった。
慌てて風呂から上がり、私は残された時間で次なる問題に取り掛かった。
(……武具が完成したら、どこに置こうかしら)
剣道の防具入れみたいな袋を作ってもらうか、五月人形の鎧飾りみたいに部屋の隅にでも飾るか。でも、この部屋、こう見ると広くないのよね。武具を置いたら、ますます狭くなってしまう。
私が究極の選択にうんうん唸っていると、ふとベランダが目に入った。
「…………そうだわ」
私は、ポンと手を打った。
「ここで洗濯するわけじゃないし、洗濯しても乾燥は魔法でできるんじゃない? ベランダに鎧架みたいなのを錬金術で作り出して、そこに飾ればいいんじゃない!」
問題、解決。ああ、スッキリした。
気づけば、約束の二刻が経っていた。私は名残惜しさを感じながらも秘密基地を後にした。
「――みんな、ただいま! お待たせ!」
扉の外では案の定、氏兼たちが仁王立ちで私を待っていた。
「琴音様、ご無事で! それで中のご鍛錬はいかがでしたか。御使い様たちと連携でも?」
氏兼が心配そうに尋ねてくる。
「いえ。今日はまず、入る前に言った通り、〝休憩場所〟を少し整えたぐらいよ。鍛錬する場所やその周りなども確認したけど。あと一人での体の動きを確認するだけで精一杯だったわね。御使い様たちとの連携はもう少し先になるわ」
私はしれっと嘘を混ぜ込む。
「ほとんどの時間は休息の間の中を皆が使いやすいように整理していただけよ」
半分以上は本当のことだ。嘘ではない。私の完璧な報告に、皆、納得したように頷いていた。彼らの安堵した顔を見て、少しだけ罪悪感がちくりと胸を刺したがこれも作戦のためだ。秘密基地のことは私とこの子たちだけの大切な秘密なのだから。




