0107. 令和を超えた魔力供給ライフライン
意を決して、私は馴染みのあるマンションのドアを開ける。ギィ、と少し軋む音を立てて開く様まで前世の記憶のままだ。
そこに広がっていたのは、がらんどうではあるが間違いなく私の部屋だった。六畳一間のフローリング、小さなキッチン、ユニットバス、そしてベランダへと続く窓。壁紙の模様も、床の傷も、全てが懐かしい。
「……本当に再現しちゃったのね」
《琴ちゃん、ここは……? 不思議な四角い洞穴だね》
《匂いが全くしないわ。それに床がつるつる……》
狐火ちゃんたちが物珍しそうに部屋の中をくんくんと嗅ぎ回り、つるつるのフローリングに足を滑らせている。その可愛らしい姿に思わず笑みがこぼれた。
私は懐かしさに任せ、キッチンへと向かった。蛇口をひねると勢いよく綺麗な水が流れ出す。この世界ではありえないほど清浄な水だ。コンロのスイッチを捻れば、青い炎がぽっと灯った。安定した火力。これさえあれば、料理の幅も格段に上がるだろう。
(……そういえば、電気は?)
私は最初の転生時に受け取った「手紙」の内容を思い出した。
『家電類とかは……エネルギーで動くようにしたから試してね』
私はアイテムボックスからノートパソコンを取り出し、壁にある見慣れたコンセントにプラグを差し込んでみた。前世では、このパソコンで仕事してたんだっけ。
…………しーん。
パソコンはうんともすんとも言わない。充電ランプも点灯しない。
(……嘘つき! 話が、違うじゃない!)
騙されたと思った瞬間、私の脳裏に手紙の続きが蘇る。
『バッテリーみたいなものが付いてるから、それを充電すれば……』
バッテリー? どこに?
私は部屋の中をくまなく探し始めた。そして、ふとベランダへと続く窓に目をやった。そこにあった。
ベランダの隅に私の背丈ほどの大きさの半透明で水晶のような輝きを放つ巨大なバッテリーらしきものが鎮座していたのだ。それはただの物体ではなく、まるで生きているかのように内部で淡い光が明滅している。
私はおそるおそる、そのバッテリーに手を触れてみた。その瞬間。
――ごぉっと、自分の体の中から魔素が激しい勢いで吸い出される凄まじい感覚。
まるで奔流だった。私の魔力が目に見えない流れとなって、バッテリーの中へと流れ込んでいく。みるみるうちにバッテリーが内側からまばゆい光を放ち始めた。全身の力が抜け、視界が白んでいく。
(……ヤバい。これ全部充電したら、確実に干からびる……!)
私は慌てて手を離した。魔素の半分以上を持っていかれた気がする。足元がふらつき、壁に手をついてようやく立っているのがやっとだった。
ふらつきながらも部屋に戻り、もう一度パソコンのプラグをコンセントに差し込む。
すると、今度はパソコンの充電ランプがぽぅっと淡い光を灯した。
(……できた。本当に電気が使えるんだ)
この令和の快適ライフは、私の魔力そのものを対価として要求するらしい。とんだエネルギー問題だ。
「きゅぅん……」
狐火ちゃんが心配そうに私の足元にすり寄ってきた。
(ああ、ごめんね。顔が真っ青なのかな、私)
《琴ちゃん、大丈夫!? 顔が真っ青だよ!》
《あのキラキラした石に琴ちゃんの力が吸い取られちゃったの……? 悪い石なの?》
「大丈夫よ、みんな。……そうだ。あなた達もこの石に力を注げるか、試してみてくれる?」
私がバッテリーを指差すと、狐火ちゃん達は顔を見合わせた。そして、狐火ちゃんが代表するように一歩前に出る。
狐火ちゃんはおそるおそる、その水晶のバッテリーに前足をそっと触れた。
…………しーん。
バッテリーは何の反応も示さない。狐火ちゃんは何度か前足でバッテリーをぺし、ぺしと叩いてみたが、やはり何も起こらなかった。
狐火ちゃんはしょんぼりと肩を落とし、私の元へ戻ってくると、「無理でした」とでも言うように、私の足元にふせをした。
《……だめだったよ、琴ちゃん。私の力じゃ、この石は動かせない……》
「……そっか。ありがとう、試してくれて」
今はまだ無理か。でも、いつかこの子たちが成長すれば、私だけでなくみんなでこの部屋の灯りを灯せる日が来るのかもしれない。そう思うと少しだけ未来が楽しみになった。
その時、私はバッテリーが鎮座している、その台座に一枚の羊皮紙がまるで最初からそこにあったかのように貼り付いているのに気づいた。
『この手紙を読んでるってことは、無事にダンジョンの入口を通れたようだな。
この建屋と扉、お前さんの部屋と久々にいい出来で造れたので驚いただろう。
細かい要求だったが、電気ガス水道も使えるようにしてある。適当に使ってくれ。
あとお前さんが許可すれば、誰でもこの部屋までは入れるようにしておいたからな。
ただし、ダンジョンの中には入れないからな。入って死なれても、面倒くさいし』
(……このぶっきらぼうな口調。卑弥呼様たちとは明らかに別人ね。建築専門の職人気質の神様といったところかしら)
私ははっとした。
(待って。この〝久々にいい出来〟という、職人としての自負。そして、あのどう考えても日本の様式ではない大浦天主堂と聖年の扉……。……まさかこの手紙の主とあの建物を造ったのは同一の神様……? 日本の神々とは違う、西洋系の、それも、ものづくりが得意な……)
例えば、ギリシャ神話の鍛冶神ヘパイストスとかそういう系統の。
それにしてもヤバい。自分の思考に没頭している間にかなり時間が経ってしまった。気づけば、もう四半刻(約三十分)が過ぎている。
「……みんな、ごめん。今日はもう戻らないと」
私がそう言うと、狐火ちゃんたちは名残惜しそうにきゅんと鳴いた。
後ろ髪を引かれる思いで、私は手に入れたばかりの最高の「故郷」を後にした。
外で氏兼たちがさぞ心配していることだろう。早く戻ってこの素晴らしい報告をしてあげなくては。
もっとも魔力を吸い取られてフラフラな姿を見せたら、余計に心配させてしまうだろうけれど。




