0106. ダンジョンは懐かしい再会のロビー
重厚な聖年の扉に手をかけ、ゆっくりと押し開く。扉の向こうからひんやりと、それでいてどこか懐かしい空気が頬を撫でた。
あれこれ理由を並べ、過保護な氏兼たちをどうにか説得し、ようやく勝ち取った単独調査の許可。
氏兼達の心配そうな顔を思うと少し胸が痛むが、この先は私とこの子たちだけの誰にも見せられない聖域なのだ。
今日はあくまで初日の偵察。あまり長く中に居ると外で待つ皆にまた心配をかけてしまうだろうから、一層の入り口あたりを軽く確認するだけにしておこう。
扉を抜けた先は、いきなり洞窟、というわけではなかった。
そこに広がっていたのは――柔らかな光を放つ魔法の灯りに照らされた広大な石造りの回廊。天井は高く、磨き上げられた床には巨大な紋様が描かれている。そして、その中央に静かに佇む魔法陣のような輝きを放つ転移陣。そこから溢れる光の粒子がきらきらと舞い上がっていた。
「……嘘でしょ」
私の口から思わず声が漏れた。見間違えるはずがない。この光景を私は二百回近くと見てきたのだから。
ここは間違いない。私が来る日も来る日も通い詰めたVRMMO【八百万の幻獣物語】の待合室だ。
懐かしい。懐かしすぎる。ここでアバターの設定をして、初めて狐火ちゃんに出会ったんだ。この転移陣の前でゲーム仲間たちと待ち合わせをして、くだらないお喋りをしながら出発の時間を待った。
手紙には「似たダンジョンを造っておく」と書いてあったけど、ここまで完璧に再現しなくてもいいのに。
いや、でも嬉しい。なんだか令和に帰ってきた気分になれる。神様たちの粋な計らいに胸の奥がじんわりと温かくなった。
《……! この場所は……!》
私の驚きに呼応するように隣にいた狐火ちゃんの体がわなわなと震え始めた。狐火ちゃんの瞳が、驚きと混乱、そして確かな懐かしさで見開かれている。
《琴ちゃん……わたし、覚えているわ。ここが琴ちゃんと初めて会ったた場所……! そうよ、この匂い、この光……!》
《なんだか懐かしい匂いがする……。私、ここにいたことがあるような気がする……》
《僕もこの空気、知ってる気がする……。なんだかとっても落ち着く……》
花梨ちゃんと水蓮くんも、そわそわと辺りを見回している。花梨ちゃんは鼻をひくひくとさせ、水蓮くんは大きな瞳で魔法の灯りの揺らめきをじっと見つめている。
ああ、そうか。懐かしいのは私だけじゃない。
この子たちはゲームのデータから生まれた存在。ならば、このロビーはこの子たちの〝故郷〟そのものなのだ。ここで生まれ、私と出会い、そして物語を始めた場所。彼らにとって、魂の原風景とも言える場所なのだろう。
私はこみ上げてくる感傷をぐっと堪え、改めてロビーを見渡した。見覚えのある八百幻へと繋がる転移ゲート。そして、私が入ってきた、例の教会の扉。寸分違わぬ再現度にただただ感嘆するばかりだ。
それに加えて、二つ。この神聖なロビーに明らかにふさわしくない扉が増えている。
一つは……見間違えようもない。前世で住んでいたマンションの少し古びた安っぽい鉄製のドアだ。
少しへこんだ箇所や角が剥げた塗装まで記憶の中のそれと全く同じ。ご都合主義が過ぎる気もするけど神様たちの親切心がありがたい。
そして、そのマンションの扉のちょうど反対側にもう一つ。
どこか懐かしい、使い込まれた木の温もりを感じる大きな木製の引き戸があった。磨き上げられた黒い梁、格子状の曇りガラス、真鍮の引手。それはまるで、古き良き時代の日本の古民家か、あるいは隠れ家的な入り口のようだった。
(……この扉……。まさか)
私の脳裏に前世で私が時間さえあれば入り浸っていた〝あの場所〟の光景が鮮やかに蘇った。あの頃、よく夢想していたものだ。この奥の場所のあの机に座って、自分だけの〝秘密基地〟があったら、と……。まさか、あの神々は私のそんな他愛もない、あの時、過ごしていた場所まで読み取って、形にしてくれたというのだろうか。
背筋にぞくりと言い知れぬものが走った。それは畏怖であり、恐怖であり、同時に途方もない感謝の念だった。
(……この扉の先はまた今度、じっくりと確かめるとしよう。今はまだその時ではないでしょ)
あまりに情報量が多すぎる。まずは現実的な生活基盤となるであろう、あの鉄の扉の先を確認するのが先決だ。
私は意を決して、馴染みのあるマンションのドアへと歩み寄った。




