0105. 神の扉はオートロック仕様でした
氏兼とたきの調査は、四半刻(約三十分)ほどで終わった。
「姫御子様。ご報告いたします。この建屋の中はあの扉を除き、特に危険と思われる箇所は見当たりませんでした」
「……残るは我らが近づけぬ、あの扉のみ。いかがいたしますか。姫御子様がお近づきになりまするか」
氏兼が固唾をのんで、私の判断を待っている。
私は改めて、その扉をじっと観察した。重厚な青銅製だろうか、表面には精緻なレリーフが施されている。
(……どこかで、見たことがあると思ったら)
そうだ。これは、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂にある、「聖年の扉」のデザイン。間違いない。
(外観は大浦天主堂。扉はサン・ピエトロ大聖堂……。様式が完全にカトリック系じゃないの! 私の世界の唯一神を祀る、あの宗教の神様もこの三千世界の神様の一柱ってこと? それとも建築担当の天使でもいるのかしら。ややこしくなってきたわね……)
《琴ちゃんの顔がまた引きつっているぞ》
狐火ちゃんの心配そうな声が聞こえる気がする。
《ううん、違うわ、狐火ちゃん。あれは何かを思い出して呆れている顔よ》
花梨ちゃんの鋭い指摘。
《十中八九、また神々の〝やらかし〟に気づいたのだろうな》
水蓮くんが全てを察したようにため息をついた。
「……分かったわ」
私は内心のツッコミを押し殺し、姫御子としての威厳を取り繕う。
「あの扉が私を拒むかどうか、試してみましょう」
(さてと。ここはひとつ、それっぽい口上でも述べて、神聖な雰囲気を演出しなければ。声のトーンは低めにゆっくりと荘厳な感じで……)
私が内心で脚本を練っていると、狐火ちゃんたちの遠慮のない心の声が聞こえてくる気がする。
《お、琴ちゃんのお得意の〝神託ごっこ〟が始まるぞ》
《わくわく! 今度はどんなかっこいいことを言うのかしら!》
《どうせ、この場で適当に考えておるだけだろうに……》
(……あなた達、私の心を読みすぎよ)
私は狐火ちゃんたちがツッコミでいるだろうなと思う様子を見ながら、心の壁でシャットアウトすると、できる限り、神妙な声で唱え始めた。
「――宇迦之御魂神様。御身の加護をもらいし、琴。今より聖域への扉を開き、御身の試練へと臨みまする。いざ、ゆかん」
そして、氏兼たちが弾かれた見えない壁に向かって、一歩足を踏み出した。
すぅ……っと、私の体はまるで水面を通り抜けるかのように、何の抵抗もなくその境界を通り抜けた。
「「「おおっ!」」」
背後から、氏兼たちの驚嘆の声が上がる。
私は扉の前に立つと、その重厚な取っ手に手をかけた。幼稚園児の力では到底動きそうにない。
だが見た目に反して、扉はまるで自動ドアのように何の重さも感じさせずに、静かに、そして、滑らかに内側へと開いた。
「……やはり。ここは私に与えられた試練の場のようです」
私がしたり顔でそう言うと、氏兼が感涙にむせびながら、その場に膝をついた。
「おお……! 姫御子様! なんというご加護! この氏兼、感激で胸が……!」
だが、私がその扉の向こうに広がる暗闇へと、一歩、足を踏み入れようとした、その瞬間だった。
「「「お待ちください!!」」」
氏兼だけでなく、たき、沙門、筑馬までもが四人同時に私の前に立ちはだるように大きな声で止めたのだった。
「姫御子様! その先、いかなる危険が待っているか分かりませぬ!」と必死の形相の氏兼。
「どうか、お一人で行かれるのはおやめくださいまし!」と涙目のたき。
「我らがまず露払いを務めまする!」と断固とした表情の沙門と筑馬。
(出たわね、過保護オールスターズ!)
せっかく、ここまで来たのにみすみす引き下がれるか。
「皆のその忠義、嬉しく思います。ですが、考えてもみて」
私はゆっくりと彼らを諭した。
「中を確認せず帰るのは、宇迦之御魂神様に対して、失礼極まりないこと。それにもしこの先に今の私にとって、真に危険なことがあるのなら、神々は私がもっと成長してから、この扉をお示しになったはずです」
私は一度言葉を切り、諭すように続けた。
「今、この扉が現れ、そして、私に開かれたということは、すなわち、この先の試練は今の私が、乗り越えられるものである、という神々からの〝保証〟に他なりません。そう考えれば、今の私が中に入っても、安全であるということの証ではないでしょうか」
「…………なんと」
私の完璧なロジックに四人は、ぐうの音も出ないようだった。
《出た、琴ちゃんの得意技〝ご都合主義解釈〟!》
《でも、あの人間たち、みんな納得してるみたいよ?》
《……やれやれ。琴ちゃんにかかれば、どんな無茶も道理に変わるね》
「――では、少し中の様子を見て来るわね」
私は氏兼たちににっこりと微笑んでみせた。
扉の向こうからは、ひんやりとした空気と微かな土の匂いが漂ってくる。
「すぐに戻りますから、ここで待っていてね」
私は三体の相棒たちと共に、まだ見ぬダンジョンの薄暗い闇の中へと期待に胸を躍らせながら、その小さな一歩を踏み出したのだった。




