0104. 神々の〝やらかし〟は欧風建屋
たきと氏兼に案内され、奥之院のさらに奥。山の懐へと続く道を15分ほど歩いただろうか。私の歩く速さでそれくらいだから、大人なら10分もかからないだろう。
やがて木々が拓け、バスケットコート一面ほどの静かな広場に出た。
そして、私の目は広場の先に立つ、一つの建物に釘付けになった。
――嘘でしょ。
私の口から思わず魂の言葉が漏れそうになった。
広場の先にぽつんと佇むその建物はどう見ても前世の長崎で見た、大浦天主堂のミニチュア版だった。この戦国の世にゴシック様式の教会がなぜ……。
(神々の〝やらかし〟にも程があるでしょうが!)
私の顔がさっと青ざめたのが自分でも分かった。卑弥呼様たち日本の神様がこんな西洋建築を建てるはずがない。オーパーツとまでは言わないが、この時代にはまだ存在しない建築様式。この違和感にはさすがに気づく。一体どう説明すればいいのよ。
《まあ! なんて綺麗で不思議な形のおうち! 琴ちゃんも目を丸くして、感動しているわ!》
花梨ちゃんが純粋に感嘆している気がする。
《……いや、違うな、花梨。あれは、感動の顔じゃない。〝どうして、こうなった〟という、絶望の顔だ》
水蓮くんの冷めた声が続く。
《……全くだ。あの御方々の悪ふざけの後始末をさせられる、琴ちゃんの心労といったら……。おそらく、最初に用意した洞窟に、どこぞの異国の神がちょっかいを出したのじゃろう》
狐火ちゃんの深いため息が締めくくった。
「……氏兼、たき」
私は目の前の光景が信じられず、二人を振り返った。
「たきの話では、ここには誰も造った覚えのない〝扉〟があると。……この異国の寺のような建屋の話など聞いて無いけど?」
私の問いに氏兼も、たきも、顔面蒼白でその建物を見つめていた。
「……い、いえ……我らが先だって確認した折にはこのような建屋は断じて……! ただ古びた扉がぽつんと、そこにあるだけで周りには何も無い状態でして……!」
「……とにかく入ってみましょう。何が起きているのか確かめねば」
私は必死で平静を装い、知らないフリを貫き通す。
中へ入ると、その光景に私は再び眩暈を覚えた。
壁にはステンドグラスもどきの色鮮やかなガラスが嵌め込まれ、床には幾何学模様のタイルが敷き詰められている。
(ガラスなんて、この時代まだ超高級品のはず……! しかもこの精巧な細工は……)
あまりのことに私の口が半開きになってしまう。
《琴ちゃん、お口が開いているよ》
狐火ちゃんが呆れている。
《きっと、あのキラキラの絵がよほどお気に召したのね!》
花梨ちゃんは嬉しそうだ。
《違う。あれは言い訳を考えるのを放棄した顔だ》
水蓮くんのツコミが的確すぎる。
私は気持ちを切り替えると、氏兼とたきに鋭い視線を向けた。
「氏兼、たき。確認します。この不可思議な建屋の他にこの大聖宮の敷地内で、あなた達が不審に思った場所、あるいは近づけなかった場所はありますか? 全て報告なさい」
「いえ、姫御子様! このような面妖な事が起きておりますのは、この場所のみにございます! 断じて!」
氏兼の声は平静を装ってはいるが、わずかに震えている。隣のたきは、もはや、小刻みに震えているのが見て取れた。
「姫御子様! 本日はもうようございませぬか! これ以上は危険にございます! 一旦、お戻りを!」
氏兼が護衛としての責務からか私の前に立ちはだかった。
(まずい、このままでは何も確認できずに追い返されてしまう)
「待ちさない、氏兼」
私は毅然とした声で彼を制した。
「この不可思議な現象こそ、神々の御業の証。おそらくはわたくしへの〝試練〟でしょう。ここで引き返せば、それこそ神々の御心を損ねてしまいます。どうせ調べた後に私が来ることになるのであれば、この場で調べてしまいましょう」
そして、私は隅で控えていた、影の頭領二人に視線を送った。
「わたくしは、この部屋の入り口にて、沙門と筑馬に護衛を頼み待機します。氏兼とたきは、二人でこの建屋の中を隅々まで危険がないか、調べてちょうだい。壁や床の材質、そして、あの不可思議な扉以外に隠された通路などがないかを、念入りに」
私の言葉に氏兼はぐっと押し黙った。
姫御子の命令と安全確保の責務。その間で葛藤しているのだろう。
やがて彼は覚悟を決めたように深々と頭を下げた。
「……御意。たき殿、参るぞ」
《見事だ。あの武骨な男を、また、言い負かした》
狐火ちゃんが感心している。
《琴ちゃん、かっこいい!》
花梨ちゃんは尊敬の眼差しだ。
《やれやれ。これで、また面倒事が始まるな》
水蓮くんはうんざりしている。
よし、これでダンジョンへの道は確保した。
あとはあの二人が調査している間に、どうやって、あの〝扉〟を開けるかその言い訳を考えないと……!
二人の調査はしばらく続いたが、結局、怪しいものは何も見つからなかったようだ。
問題は建屋の奥にある例の〝扉〟だけ。
いよいよクライマックスだ。




