0102. 忘れていたダンジョンは徒歩圏内にありました
先日の収穫祭りは、最後はひどい状態になったけれど、民たちのあの満面の笑顔を思えば、大成功だったと言っていいだろう。
これで年を越すまでは大きな行事もない。これからの私は来るべき本格的な冬に向けて、様々な研究開発を進めるのだ。新しい調味料作り、石鹸作り、紙作り……。
「ひきこもりモフモフ生活」の質を最高に向上させるための、待ったなしのタスクが山積みである。こんなところで社畜根性とブラック気質を発揮しなくても、とは思うが、一度こびりついた性はなかなか抜けない。
(……とはいえ)
私はため息をついた。
(実験をするにも、人目につかない、都合のいい場所がないのよねぇ)
土地は無駄に広いが、ほとんどが森。火を使ったり、水を使ったり、最悪、ちょっとくらい爆発しても大丈夫な都合のいい拓けた場所がない。どこかにいい場所はないものか……うぅ〜ん、なんだろう、何か、すごく大事なことを忘れているような気がする……。うぅ〜ん、ぉぉ〜。
「姫御子様、いかがなさいましたか。唸り声が部屋の外まで聞こえておりましたよ」
気が付かなかったけど、声に出ていたらしい。少し恥ずかしい。いつの間にか部屋の入り口にたきが心配そうな顔で立っていた。
「ああ、たき。ちょっと、考え事をしていてね。冬の間にみんなが家でできる内職とか、春に向けての準備とか、色々と試したいことがあるのだけど、そういうことができる場所がなくて困っていたのよ。どこかいい場所、知らない?」
私の言葉に足元で丸くなっていた狐火ちゃんの耳が、ぴくりと動き、その真紅の瞳がきらりと輝いたのを私は見逃さなかった。
(あらあら、〝試したいことって言葉に即座に反応したわね。またあの湖畔での〝やらかし〟みたいな派手な花火が打ち上がるとでも期待しているのかしら)
《ほう、〝試す〟とな。良い響きだ。この退屈な日々も、ようやく終わりか》
狐火ちゃんは、琴ちゃんの言葉に期待で九つの尾をゆらり、ゆらりと揺らし始めた。
「左様でございますか……。人目につかぬ、広い場所となりますと……」
たきは少し考えると、一つの奇妙な話を切り出した。
「そういえば。この社を建立する際、奥之院の一番奥に誰も造った覚えのない、不思議な〝扉〟がいつの間にかできていたと宮大工たちが話しておりました。宮大工が壊そうとしても、一丈(約3m)以上は近づけず、氏兼様もその扉には近づけなかったとか」
――扉。
その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏で忘却の彼方にあった記憶が鮮やかに蘇った。
(――思い出したぁぁぁあああ!)
そうだ、ダンジョンだ! 卑弥呼様が手紙の中で陰陽師や幻獣のスキルを試したり、中にいる魔獣を倒してレベル上げができるようにって、「八百万にあった洞窟タイプのダンジョンを用意してあげる」って言ってたじゃない!
すっかり、完全に忘れていた! ご都合主義の塊みたいな最高のプレゼントだったのに! 何やってるの、私!
私が内心で頭を抱えていると、狐火ちゃんが、「何を、今さら」と言いたげな、じとーっとした半眼でこちらを見つめていた。そして、呆れたように、ふぅとため息をつく。
(……この子、絶対に気づいてたわね。私が大事なことを忘れているって、ずっと前から!)
《やれやれ。ようやく思い出したか。琴ちゃんは肝心なことほどよく忘れる。ゲームの頃から何も変わってないわね》
狐火ちゃんは、そう思いながらも琴ちゃんの新たな遊び場が見つかったことに、内心、胸を躍らせていた。
知っていたことがバレると、面倒なことになるのは確実。ここは然らぬ体でいこう。
私は内心の動揺を押し殺し、さも今、初めて聞きました、という神妙な顔を作った。声のトーンをワントーン落とし、目は伏し目がちに……よし。
「……たき。その扉、おそらくは神々がわたくしに与えてくださった、鍛錬の場に違いありませぬ。何か新たな御神託があるやもしれませぬ。すぐにその場所へ案内してもらえますか」
その言葉を聞いた狐火ちゃんが、今度は前足で顔を覆い、天を仰ぐという、完璧な「やれやれ」のポーズを取ったのを、私は確かに見た。
(……失礼しちゃうわね! 私のこの迫真の演技が、あなたにはお見通しだって言うの!?)
《始まった、始まった。琴ちゃんのお得意の〝神託ごっこ〟が。まあ、人間たちは、これでころりと騙されてしまうのだから、面白いものよな。さて、今回はどのような茶番を見せてくれるのやら》
「! 御神託、でございますか!?」
たきの顔がさっと引き締まる。
「……本来であれば、きちんと安全を確認出来てから、と申し上げたいところですが、御神託とあらば、話は別。すぐに氏兼殿に知らせ、何かあっても対応できるよう万全の警護の態勢を整えさせます!」
(そんな物々しい準備はいらないんだけどな……)
まあ、彼女たちの心配も分かる。準備することで安心するなら、好きにさせてあげよう。
「わかったわ。氏兼と話をして、準備ができたら、声をかけてね。それまで部屋で待っています」
さてと。準備ができるまで、花梨ちゃんと水蓮くんを顕現させておきますか。ダンジョンに入るなり、いきなり大暴れ、なんてことになっても、おかしくないしね。
それから四半刻ほどで、たきが戻ってきた。思ったより早い。
「姫御子様、準備が整いましたのでご案内致しまする」
「ありがとう。それじゃ、行きましょうか」
部屋を出てダンジョンの入り口へと案内してもらう。
場所は奥之院から、さらに山の中へ少し入ったところにあった。普段は人が立ち入らない、静かな森の奥。そこに周囲の自然とは明らかに異質な石造りの小さな建屋とそれに繋がる一本の廊下があった。
私の部屋から、直接、廊下で繋がっている。雨の日でも濡れずに行けるし、荷物を運ぶための道も外に作られている。この辺りの気遣いは本当に助かるわ。
私の新しい遊び場。
一体、どんな世界が扉の向こうに広がっているのだろうか。
VRMMO時代のあのワクワクがまた味わえる。そう思うと、私の胸は期待で高鳴っていた。




