0100. 死屍累々!?後片付けまでが祭りです
高舞台に到着すると、眼下にはすでに宴の準備を整えた民たちのむせ返るような熱気が渦巻いていた。
あちこちで焚き火が爆ぜる音、この日のために氏兼が光賀殿に頼んで大量に用意させたという、濁酒の甘い香り、そして、これから始まる饗宴への期待に満ちた人々の楽しげな声。
(……すごい。これがこの世界のお祭り……)
広場の一角には、私のための場所が用意されていた。まあ、床几が一つ、ぽつんと置かれているだけだけれど。ちゃぶ台もテーブルもない。みんなはゴザみたいなのを地面に敷いている。これは早急に家具の開発も進めないといけないわね。
「姫御子様。刻限にございます。皆に一言、お言葉をいただけないでしょうか」
氏兼に促され、私は用意された床几から立ち上がった。また事前の打ち合わせなしで振ってくる。あとでしっかり説教しないと。
「皆の者! この一年の働き、まことにご苦労であった!」
私の声にあれほど騒がしかった広場が、シンと静まり返る。全ての視線がこの小さな体に注がれる。
「私は先日、この社に来たばかり。だが、皆がこの新しい土地で懸命に種を蒔き、稲を育ててきたことはようく聞いている! 来年は私が必ず神託の技を授かり、この実りをさらに豊かなものにすることをここに約束しよう!」
おおっと、民の間からどよめきが上がる。
「だが、難しい話はまた今度! 今日はこれまでの苦労を全て忘れ、飲み、食べ、笑い合うが良い! そして、来年への英気を養おう!」
私は小さな拳を高々と突き上げた。
「この後には7我が侍女たちによる、ささやかな舞の奉納もある! それでは、皆の者! 祭りを、始めよ! えい、えい、おー!」
私の鬨の声に民たちは一瞬、「えっ、何?」という顔で戸惑っている。まずい、滑ったか。だが、氏兼や舞台の袖に控えていたまつたちが力いっぱい声を張り上げるのに合わせ、その声はやがて広場全体を揺るがすような、大きな唱和となって応えてくれた。
「「「えい、えい、おー!!!」」」
私の開会の宣言を合図に宴は始まった。
飲めや歌えやの大騒ぎ。まるで前世で行ったフードフェスタのように、すごい勢いで用意した食事や飲み物が減っていく。
私は床几に座り、その光景を眺めていた。楽しそうに語り合う人々、子供に食べ物を分け与える親、普段は無口な武骨者が顔を赤くして陽気に笑っている。畿内から来た者、甲斐から来た者、様々な出自の人々が、ここでは一つの家族のように笑い合っている。
みんな、本当にいい顔をしている。よかった、無事に収穫ができて。来年はもっと収穫を増やして、もっと美味しいものをお腹いっぱい食べさせてあげないと。
宴が最高潮に達した頃。
「姫御子様、そろそろ奉納の舞を致しますか。早くせねば、奴ら飲み潰れてしまいまする」
氏兼叔父上の言葉に私は頷いた。確かにあちこちで出来上がっている人たちがいる。せっかく練習した舞が誰にも見てもらえなくなるのは困る。
「皆の者、静まれ!」
まつの澄んだ声が響き渡ると、あれほど騒がしかった広場が、再び水を打ったように静まり返る。皆が高舞台に視線を向けている。
(なんだろう、この一体感。信心深いというのか。素直にすごいわね、この時代の人たち)
「――これより、宇迦之御魂神様へ、感謝の舞を奉納いたします!」
高舞台の上にお揃いの簡素な衣装を纏った、まつ、ゆき、みきを始めとする、十人の乙女たちが並ぶ。
私はプロデューサー席(ただの床几)から固唾をのんでその始まりを見守った。
私の手拍子を合図に舞は始まった。
動きは正直、まだまだ小学生の学芸会レベルだ。キレもないし、時々、振りを間違えている子もいる。
だが、この一週間、彼女たちがどれほど真剣に、そして、楽しそうにこの舞(ヲタ芸)を練習してきたか、私は知っている。
そのひたむきな想いが通じたのか。
最初は「なんだあの奇妙な舞は?」と呆気に取られていた民たちもその奇妙で、しかし力強い見たこともない舞の魅力に次第に引き込まれていく。
やがて誰からともなく、手拍子が始まった。その手拍子は、一人、また一人と増えていき、やがて、会場全体を包む大きなリズムとなった。
クライマックスの皆で天に拳を突き上げるポーズが決まった瞬間、広場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
祭りが終わり、広場には幸せそうに酔い潰れた屍の山ができていた。
「……氏兼。沙門。筑馬。これで本当に祭りは成功だったのかしら」
私の問いに影の一族の頭領二人が深々と頭を下げた。
「姫御子様。我ら鞍馬は祭りなどというものを知りませなんだ。影に生き、明日の命も知れぬ我らにとって、日の光の下で皆と笑い、酒を酌み交わせた。それだけで望外の幸せにございます。素晴らしいものになりました。ありがとうございまする」
「沙門殿の言う通りにございます。我ら飯母呂も最後に祭りをしたのが、いつのことだったか……。このように敵の襲撃に怯えることなく、安心して酔い潰れることができる。これほどの平和がございましょうか。酔い潰れるような失態ができること自体、今まではありえぬこと。全て姫御子様のおかげにございます」
その心の底からの言葉に私の胸が熱くなった。
そっか。よかった。本当によかった。
私は満足げに頷くと、最後に一つだけ釘を刺した。
「……皆が楽しんでくれたなら、私も嬉しいわ。酔い潰れることも気にしてない。ただ一つだけ」
私は屍の山をびしっと指差した。
「――後片付けまでがお祭りです! 明日、全員、二日酔いだろうと叩き起こして、掃除させなさい!」
私の言葉に三人の屈強な武将たちが、なぜか、背筋を伸ばして応えた。
「「「ははっ!!」」」
後日、氏兼から聞いた話では、翌日、皆ひどい二日酔いの中、総出で後片付けをしたそうだ。
とりあえず、みんな楽しんでくれたようで、本当によかった。来年はもっともっと楽しめる出し物や美味しい食事、飲み物を用意できるように頑張ろう。




