↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【10/1第三巻&コミカライズ一巻発売決定】意地悪姉と呼ばれた令嬢、実はとても優れた魔法使いでした。  作者: 光子
第二章 ヴァルドール王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/93

88話

 

 ◇Side アレン


 俺がこの国に求められた役目は、女王の儀式に参加することだ。

 女王の塔の最奥――まるで隠すようにひっそりと設けられた園庭。そこが女王の花園であり、儀式の場でもあった。

 赤、白、青、黄色。色とりどりの花々が咲き乱れる花園には、甘い香りが満ちている。

 花弁の間を淡い光の粒がふわりと漂い、魔力が空気そのものに溶け込んでいるのが分かった。その花々の間を、黄金色の小さな蜂達が飛び回っている。

 その中心、白で基調された祭壇に立つ俺を見て、女王は満足そうに笑みを強めた。


「始めます」


 ヴァルディア女王が手をかざした瞬間、花弁の間を漂っていた光の粒が、まるで潮が引くように一斉に祭壇へと吸い寄せられた。

 続いて、足元が低く脈打つ。

 花園全体の空気が一瞬で澄み渡り、花園がぱっと目を覚ましたように華やいだ。


「ふふ。なんという輝きなのでしょう! やはり殿下こそ、我が国に相応しき御方ですわ」


 咲き誇る花々に、女王は歓喜に満ちた声を上げる。


「……っ」


 だが、その喜びとは裏腹に、体が急に重く沈んだ。

 足先から頭の先まで、じわじわと力が抜け落ちていく。視線を落とすと、体中から魔力が引き抜かれていくのが、はっきりと分かった。


「殿下の魔力は甘美ですわね。もっと……もっと与えてくださいますわよね?」


 女王の口元に浮かんだのは、ぞくりとするほど歪んだ笑み。

 その一言で理解した。花園そのものが、俺の魔力を「栄養」として吸い上げているのだと。





「アレン殿下。どうですか? そろそろこの国の暮らしにも慣れてこられましたか」


 儀式を終えたばかりの花園。

 白いティーテラス席の傍に立つ宰相コクシエルが、穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。


「ええ、おかげさまで」


 俺は足を組み、用意された紅茶を口に運びながら、当たり障りのない返事を返す。


「それはよろしゅうございました。ね、アピア王女」

「……は、はい」


 コクシエルの視線は、会話の合間ごとにアピア王女へと向けられていた。そのたびに王女へ言葉を投げ、無理にでも場に参加させようとしているのが分かる。だが当の王女は俺の隣に座っていながら、ほとんど俯いたままだ。

 たまに顔を上げても、すぐにまた悲しげに視線を落とす。彼女「も」乗り気でないのは明らかだった。

 ――これは、女王が俺達を親しくさせるために仕向けた茶会だ。くだらない。定期的に開催されるようになったこの茶会にも、もう辟易している。だが、女王からの招待となれば無下にはできない。仕方なく参加しているだけで、実際にはただの形式にすぎなかった。


「アレン殿下が我が国に来てからというもの、女王の花園も色とりどりの花が咲き誇り、女王も大変お喜びでございます」

「女王陛下にお喜びいただけるのなら光栄です」


 花園に満ちる甘い香りは、最初こそ神聖に思えた。だが今では、胸の奥をじわりと締めつける重さへと変わっている。


「ところで、あの儀式は何のために必要なのでしょうか。王国にとって重要だとは理解していますが、その本質についても教えていただければ助かります」

「ああ。あれは結界を維持するための儀式です」

「結界を?」

「ええ。我が国の異能【犠蜂の盾】は、『魔力を糧として花を咲かせます』。そして、その花々から生まれる『蜜』こそが、結界を動かす力となっているのです」

「……意外と簡単に、他国の俺に情報を教えていただけるのですね」


 どの国も自国の力を秘匿するものだが、ヴァルドール王国の慎重さは群を抜いている。だからこそ、こうもあっさりと口を開いたコクシエルの態度が不自然に思えた。

 探るように言葉を返すと、宰相は微笑みを崩さぬまま、穏やかな声で答える。


「アレン殿下はすでに儀式に参加されておりますから。まったく説明しないわけには参りません」


 その声音には、語るべき範囲をきっちり線引きしている気配があった。


「とはいえ、アレン殿下が我が国の人間になっていただけたなら話は別です。アレン殿下がアピア王女と結ばれてくだされば、これほど幸いなことはありません」

「……っ」


 アピア王女が傷ついたように表情を歪めても、コクシエルは気づく素振りすら見せない。

 当事者の望みなど意に介さず、ただ国の都合だけで話を進める。そこに俺達の感情を汲もうとする気配は微塵もなかった。

 やがてコクシエルは気を利かせたつもりなのか席を外し、俺と王女だけを残した。

 重い沈黙が落ちる。

 しかし、俺は俯いたままの彼女に静かに声をかけた。


「アピア王女。今までヴァルドール王国は他国の介入を拒んできました。それなのに突然俺を迎え入れようとするのには、何か理由があるのではありませんか?」

「え……」


 びくりと王女の肩が震え、長い前髪の隙間から蜜色の瞳がかすかに覗く。


「わ、私は何も……」

「申し訳ありませんが、俺は貴女と結婚するつもりはありません。もし王国が俺を必要とする理由があるのなら、それを解決して、帝国に戻りたいんです」


 リネットに会うために。

 自分で選び、彼女を置いてきた。守るためだと納得したはずだった。それなのに、こうして時だけが過ぎ、再会すら叶わない現状が……耐えられない。

 王女は俺の言葉に、申し訳なさそうに視線を落とした。


「大切な……婚約者様がおられるのですね」

「ええ」

「……」


 短い沈黙が落ちる。

 その静けさの中で、確信する。

 アピア王女だけは他の王族とは違う。俺との婚約を心から痛み、迷い、苦しんでいる。だからこそ彼女には「付け入る隙」がある。

 利用しているようで胸が痛むが……それでも、どんな手を使ってでも、俺は彼女の元へ帰る。

 王女は長い沈黙の後、静かに口を開いた。


「花が……花園の花が、枯れてきてしまったんです」

「花が、枯れる?」

「花が枯れるということは……結界の動力となる蜜が……とれないということです」


 告げるアピアの声は、かすかに震えていた。


「蜜がなければ、結界は維持できなくなります。だからお母様は……女王陛下は、アレン殿下の『魔力』に目をつけたのです。アレン殿下の優れた魔力ならば、一時的にでも花園を生き返らせることができるのではないかと……」


 言葉が落ちるたび、胸の奥が冷えていく。

 ヴァルドール王国にとって結界は、平和を象徴する存在だ。その結界が失われれば……この国は、あっけなく崩壊してしまうかもしれない。

 王女の告白の重さに言葉を失っていると、花園の奥から急ぎ足の気配が近づいてきた。


「アレン殿下、アピア王女! 大変でございます!」


 息を切らしながら戻ってきたコクシエルは、普段の落ち着きを完全に失っていた。

 その異様な様子に、アピア王女がはっと顔を上げる。


「ど、どうしたんですか……?」

「じ、実は、我が国の『蜜』が国外に流出している可能性があると、ラングシャル帝国の騎士団から情報が入りまして……!」

「……え?」


 アピア王女の顔から血の気が引き、指先が震えていた。

 ……動揺するのも当然だ。この国にとって蜜は命そのものなのだから。しかも、今はその生産すら追いついていない。

 重い沈黙が広がる中、背後から靴音が近づき、空気がわずかに揺れた。


「――何の話をしている?」


 低い声が響く。

 振り返ると、王国第一王子ザイレクが、不機嫌さを隠そうともせず立っていた。王子はゆっくりと歩み寄り、俺達三人を睨み付ける。


「蜜が流出していると聞こえたが……そんなこと、あるはずがないだろう! 蜜は厳重に管理されている。花園は我が花冠騎士団が守っているんだ。蜜が外に出るなど、ありえるはずがない!」

「で、ですが……」

「くどい!」


 怒声が花園に響き、アピア王女は怯えたように肩をすくめて俯く。

 コクシエルも返す言葉を失い、唇を噛んだ。


「はっ。こんなくだらない世迷言を、アレン殿下まで信じませんように。……ああ、貴方の国の情報でしたね」


 ザイレク王子は、見下すように言い放った。


「……帝国の騎士団は、誤った情報を掴むような騎士団ではありません。決めつける前に、少しは話を聞いてみてはいかがですか?」

「その必要はない!」


 吐き捨てるような一言だった。

 それ以上取り合う価値もないと言わんばかりに、王子は踵を返して去っていく。マントが荒く翻り、足取りは苛立ちを隠そうともしない。だが、その怒りに身を委ねる姿が俺には――動揺に見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。