87話
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帝国騎士団本部へ戻ると、押収した蜜はすぐさま解析班へと回された。
同時にブライ商会への正式調査も開始され、彼等が別商会の通商許可証を高額で買い取り、密輸に悪用していた事実が次々と明るみなった。交易商会は即座に解体。カイを含む一味の者達も全員拘束された。
彼等の素性は依然として謎に包まれている。だが「異能を含め、あらゆる力を求める危険な犯罪組織」であることだけは確定した。
「あー楽しかったぁ! たまには潜入もいいね!」
「私は、もう懲り懲りですけど」
零の棟に戻った私達は、いつもの待機室で束の間の休息を取っていた。
「てか、リネットって結晶じゃない異能の声も聞こえたんだねー!」
「精度は違うかもしれませんが……皆さんが魔力の流れで異能だと察するのと、同じような感覚だと思いますよ」
異能は結晶の間、魔力を一切放たない卵のような存在だ。だが一度孵化すれば、新たな魔法として特殊な魔力を放ち始める。
カイの異能【幽在の遮断】は、そもそも気配を消す性質のためまったく感じ取れなかったが、もう一つの【鎖】は相手が使った瞬間、魔力の流れが変わり、異能だとすぐに分かった。
「そういえば、カイに奪われた異能は取り戻せたんですか?」
「問題ない。【幽在の遮断】も含めて、快く渡してくれた」
剣の手入れをしていたハルトが、無表情で淡々と答える。
……快く? あの乱暴な人が? どんなやり取りがあったのか気にはなったが、深く聞く勇気はなく、私は口を閉ざした。
「皆さん、お揃いですか? 蜜の解析結果が出ました」
そこへノアが姿を見せ、私達は円卓へと移動する。
席順は功績によって決まっている。円卓の最奥――入口から最も遠い席が上位席で、新人の私は入口に近い席へと腰を下ろした。
功績の差が、そのまま席順に表れるのだ。
「結論から言いますが、これはヴァルドール王国特有の魔力反応です」
やっぱり……
「蜜に宿る魔力が、王国の結界魔力と極めて近い性質を示しています。結界と何らかの関係があるのは確実でしょう。本来、結界に関わる重要な要素が国外へ流出するなど、ありえないはずなのですが……」
ノアの声は硬く、深刻そのものだった。
だが現実として、蜜はこうして国外に流出している。これって……絶対ただ事じゃないよね。
「ねぇねぇ、外来種の魔物がいっぱい来てるのってさ。もしかして王国が関係してるんじゃない?」
「え――」
アイノウの無邪気な問いに、円卓の空気がぴたりと凍りついた。
誰かが息を呑むよりも早く、ノアが首を横に振る。
「まさか。王国は魔物がいない平和な国ですよ。蜜の流出があったとはいえ、結界は今も健在ですし……魔物が増える原因にはならないでしょう」
「そっか。なんとなくそんな気がしたんだけどなぁ」
否定されても気にした様子もなく、アイノウはいつもの無邪気な笑顔を浮かべた。
「いずれにせよ、この件はヴァルドール王国へ報告せねばなりません。国の重要資源が、許可なく流出しているのですから」
第0部隊の報告を受け、帝国はすぐにヴァルドール王国へ正式な問い合わせを送った。
だが返答は――
『そのような流出は存在しない』
冷たく突き放すような、完全否定だった。
「ここまで否定するなんて、王国はよっぽど、蜜の流出を認めたくないんだねー」
「蜜がどのようにブライ商会に渡ったのかも、気になるところですね」
アイノウの軽口も、ノアの静かな疑念も、一つの疑問へと収束していく。問題は――蜜が商会にあることではない。誰が、それを動かしたかだ。
「もし本当に王国が蜜を売っているのだとしたら……何の目的があるのでしょうね」
ノアが静かに言葉を継ぐと、円卓の空気がわずかに重くなった。
王国の完全否定。
それが事実を覆い隠すためのものなのか、それとも別の意図があるのか――誰も即答できない。
アレンの顔が浮かぶ。
貴方のいる国で、何が起きているの?
「……私達で、突き止めましょう」
「え?」
思わず声を上げた私に、円卓の視線が一斉に集まった。
「帝国にもすでに被害が出ているわけですし、このまま放っておけば、もっと大きな問題になるかもしれません。だから……動くべきだと思います」
言葉にしてしまえば、一層、覚悟が決まる。
アレンのいる国で起きている危険を、ただ待っているだけなんてできない!
「なんか楽しそー! いいよ。僕もやるー!」
「……異能が関わっているなら」
「確かに。異能の件もありますし、このまま放置はできませんね」
三人はそれぞれ違う反応を返したけれど、答えは同じだった。
「絶対に……何が起きているのか、突き止めてみせます」
たとえ遠く離れていても、今すぐ駆けつけられなくても――それでも、貴方だけを危険な目に遭わせたりしない。




