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【10/1第三巻&コミカライズ一巻発売決定】意地悪姉と呼ばれた令嬢、実はとても優れた魔法使いでした。  作者: 光子
第二章 ヴァルドール王国

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86話

      ◇


 見慣れない、静かな事務室。

 室内には整然と棚と帳簿机が並び、二、三人の職員が黙々と作業に没頭していた。紙の擦れる音だけが、重苦しい空気をかすかに揺らしている。


「おい、新人。帳簿を持ってこい。急ぎだ」

「……はい」


 机に向かっていた私は、この部屋で一番威圧的な男に呼ばれ、言われた通り帳簿を抱えて差し出した。


「ちっ、動きが鈍いな」


 帳簿を受け渡す際、押し殺したような低い声で毒を吐かれる。


「ふん……間違いはないようだな。この調子でしっかりやれ! ミスしたら許さねーぞ」

「分かりました。事務仕事は得意ですので、お任せください」


 手荒く返された帳簿を受け取り、席へ戻る。

 胸の奥で舌打ちをしながら――ほんと、魔法で吹っ飛ばしてやりたい――と怒りを飲み込む。それでも顔には笑みを貼り付け、任務を優先した。


「ねぇ、さっき随分きつく言われてたけど……大丈夫?」


 隣の席の女性が、気遣うように声をかけてくる。


「ありがとう、大丈夫よ」

「なら良かった。ここの人達、口調が荒いし目つきも怖いのよ。何人も辞めていったせいで、いつも人手不足なの」

「これくらいじゃ辞めないから安心して」


 女性は安堵の息を吐き、再び机へ向き直った。

 私も眼鏡をかけ、ペンを手に取って書類に視線を戻す。紙の擦れる音だけが響く静かな時間が、再び流れ始めた。

 ――ここは、ブライ商会の内部。

 私は帝国の口利きで得た紹介状を使い、「帳簿係の補助」という名目で潜入しているのだ。





「《ヤノーラ》は、ここに勤めて長いの?」


 昼食の時間。

 私は先ほど声をかけてくれた教育係のヤノーラと並んで、事務室の机に弁当を広げていた。


「そんなことないわ。ここはまだできたばかりの小さな商会だから」

「そうなのね」


 小さな可愛らしいおにぎりを頬張りながら話すヤノーラ。私はパンを片手に、世間話の延長を装って会話を続けた。


「ブライ商会って、帝国の正規の商会じゃないんでしょ? やっぱり他国から来た商会なのかな」


 ヤノーラは特に疑う様子もなく、あっさりと頷いた。


「そうだと思うよ。商品を見ていると帝国ではあまり見かけない香辛料が並んでいたりするし、帳簿に記されている仕入れ先の名前も、帝国の地名じゃない物が多いもの!」


 その表情はどこまでも気楽で、彼女自身は、この商会の裏に潜む不穏さなど微塵も意識していないのだろう。

 けれど言葉を言い終えた後、ほんの少し肩を落とした。


「高い給金につられて飛びついちゃったけど、商会の人達、怖いし。ちょっと後悔してるんだよね」


 ヤノーラは帝国民で、バルセリアの生まれだという。町に貼られていた求人の張り紙を見て応募し、ブライ商会に雇われたらしい。

 俯く彼女は、先程よりも少しだけ小さく見える。

 私は少し間を置き、声のトーンを変えないよう気を配りながら続けた。


「そういえば、さっき帳簿を受け取った男の人、腕に包帯を巻いていたよね。他にも怪我をしてる人を見かけたけど……何かあったの?」

「それ、私も気になってたの! なんか数日前にね、急に休みになったと思ったら、怪我を負った姿で戻ってきたの。中にはそれ以来、一度も姿を見せない人もいてね」

「ということは、商会内での事故ではなさそうね」


 マルチダ先輩が掴んでいた情報と一致する。

 思案に沈んでいると、不思議そうな顔をしたヤノーラが、じっとこちらを見つめてきた。


「なんだかリネット、探偵みたいね」

「え? あ、そんなことないよ!」

「冗談よ、冗談」


 ヤノーラは楽しげに笑い、おにぎりを口に運んだ。

 心臓に悪い……! 気をつけないと。

 私はそれ以上追及せず、パンをかじりながら彼女との何気ない会話に身を委ねた。


「次は帳簿の在庫と、実際の数が一致しているかの確認ね」

「うん、分かった」


 やがて昼休みが終わり仕事を再開した私は、ヤノーラと並んで倉庫へ向かった。

 帳簿係の補助の仕事は、伝票や帳簿の運搬、照合作業の依頼、各部屋からの記録回収、そして在庫確認と、地味に忙しい。

 だが商会の内部を歩き回れるという点では、探し物をしている私にとっては、むしろ都合が良い。


「在庫確認ですね。お待ちしていました」


 倉庫に入ると、オレンジ色の髪がふわりと揺れ、太陽のような笑顔をした青年が声をかけてきた。


「帳簿係のヤノーラと、補助のリネットです」

「どうぞ、こちらへ」


 青年は手で案内の動作をし、軽やかな足取りで歩き出す。その背中を追う途中、ヤノーラがこっそり私の耳元で囁いた。


「あの人もリネットと同じ時期に入った新人なんだけど、かっこいいよね! 笑顔が眩しいし、優しいし、この商会の唯一の癒しといっても過言じゃないよ!」

「あ、あはは……」


 ヤノーラの熱の篭った言葉に、私は乾いた笑いしか返せなかった。

 二つに分かれた倉庫で、それぞれの担当エリアに別れ、帳簿片手に在庫数を数え始める。


「手伝いましょうか?」


 すると、先程の青年がひょっこり顔を出し、柔らかく問いかけた。


「……結構です」

「遠慮しなくていいのに。さっきヤノーラの分は手伝ってきたところだし」


 そう言いながら彼は近づき、突然、私の耳元に顔を寄せて低く囁いた。


「――で、どーお? 任務は順調? 楽しんでる? リネット」

「……アイノウ。言葉遣いが子供っぽいですよ」

「おっと、それは失礼」


 姿勢を正すアイノウ。

 そう、彼は「青年」の姿をしているが、正体は普段子供の姿をしている、アイノウだ。彼は、私と同じく潜入捜査に選ばれた。私は異能の声を聞き取れるという力と事務仕事への適性から選ばれ、アイノウは彼自身が持つ異能の力によって選ばれた。

 彼の異能【鏡の問いかけ】は、姿形を自在に変える魔法だ。

 こうして目の前に立つ彼は、初めて出会った頃みたい。


「で、何か収穫はあった?」

「……帳簿はほとんど赤字続きでした。でも給金は妙に高いですし、資金難の気配もありません。私が見た帳簿は、どれも外向けに整えたもののように感じました」

「僕も同じ印象だよ。形だけの交易商会って感じ」


 二人で棚を見渡す。

 珍しい布地や香辛料、雑貨が並んではいるものの、その量は驚くほど少ない。

 商売をしてるふりにしては、ぬかりなく整えてはいるが……どこか薄っぺらい。まるで、いつでも荷をまとめて逃げ出せるように。


「『声』は聞こえてないの?」

「今のところ、まったく……」


 何度か耳を澄ませてみたものの、異能の声が届く気配はない。


「僕は僕で怪しいところを探るから、リネットも任せたよ」

「はい、お任せてください!」


 気合を入れて拳を握る。

 私だって皆と気持ちは同じ。盗まれた異能は、絶対に取り戻す!


「あまり無理はしないようにね」


 そう言い残し、青年の姿のアイノウは歩き去っていった。いつもは小柄な彼に見下ろされるのは、なんだか不思議な感覚。


「よしっと、これで在庫確認は終わりね」


 複数の帳簿を抱えたヤノーラが満足げに頷く。

 仕事を終えた私達は、事務室へ戻るために歩き出した。


「……何も見つからなかった」


 思わず言葉が漏れる。

 訪れた部屋ごとに耳を澄ませ、裏帳簿や密売の記録も探した。けれど痕跡は一つも見つからない。


「怪しいのは確かなのに……」

「え? 何か言った?」

「い、いや、何でも……」


 慌てて首を振る。

 ブライ商会は小規模で、建物の構造も単純。

 空き家をそのまま使っているだけの簡素な造りで、全ての部屋を確認し終えているはずだった。


「……私が見落としているだけかもしれない。まだやれることがあるはず!」


 気持ちをぐっと立て直し、前を向いて歩き出そうとした――その時。


『……まも……る』


「っ、声……!」


 異能特有の直接脳に触れてくるような感覚。不意に届いたその声に、思わず体が跳ねる。


「リネット、どうしたの?」


 急に立ち止まる私に、ヤノーラが心配そうに首を傾げる。


「……ううん、何でもない。平気だよ」

「そう? ならいーけど」


 笑顔を浮かべながらも、内心は冷や汗が伝う。

 探し求めていたはずの異能の気配……のはずなのに。胸の奥に、得体の知れない違和感がひやりと落ちる。

 ……この声……あの時とは違う。

 説明はうまくできない。けれど、森で聞こえた声とは明らかに「別の存在」だと感じた。


「あれ? こんなところに部屋なんてあったっけ?」


 ヤノーラの声に、はっと顔を上げる。

 ――そこには、古びた扉。何度も往復したはずの廊下に、今まで存在に気づかなかった扉がひっそりと佇んでいた。


「ね、中に入ってみましょーよ!」

「! だ、駄目!」

「でも、商品があるなら確認しないとでしょ? 大丈夫、何もなかったらすぐに戻るから!」

「ヤノーラっ!」


 制止も聞かず、ヤノーラは扉に手をかけた。

 きい、と小さな軋みが静かな廊下に響き、古い扉がゆっくりと開いていく。そこには、地下へと続く階段があった。


「何ここ。地下室?」


 階段を下り、暗がりに踏み込んだ先――そこは薄暗い地下室だった。

 壁際に並ぶ棚には、この場所には似合わないほど上質な木箱が、整然と置かれている。


「やっぱり在庫が残ってたんだ。確認しなきゃ!」

「ヤノーラ! 本当に駄目! 早く戻って!」


 どう考えても、この場所は怪しい!

 もし本当に帝国の異能を盗んだ略奪者のアジトなら……危険すぎる!


「どうしたのよ、リネット。ちゃんと仕事しない方が駄目でしょ?」

「そういう問題じゃないの! 危険なの!」

「危険って……私、あの人達に怒られる方が嫌よ」


 必死にヤノーラの腕を掴んで止める。けれど彼女は、この商会への恐怖が勝っているのか、まったく聞く耳を持たない。

 手のひらに収まる小さな木箱を一つ手に取ると蓋を開け――中を見て、目を輝かせた。


「わぁ、いい匂い! それに、きらきらして綺麗ね! 蜂蜜かしら」


 中に入っていたのは、小瓶に詰められた黄金の液体「蜜」。

 ヤノーラは興味津々で手に取り見入っていた。でも、私の目を奪ったのはそこではない。木箱の蓋に描かれた、一つの紋章。


「『王冠を戴く女王蜂』……これって」


 地理に弱い私が、「彼」のいる国だからと調べた。


「ヴァルドール王国の国章⁉」


 その瞬間。


「おい、そこで何をしている!」


 怒号が地下室に落ちた。

 振り返ると、いかつい男達が階段を降りてきており、凶悪な目付きでこちらを睨みつけている。


「ひっ……!」


 ヤノーラは顔色を失い、か細い悲鳴を漏らした。


「在庫確認をしていただけです」

「ふざけんな!」


 震える彼女を庇うように前へ出る。帳簿を突き出して説明してみせても、男達の怒りは鎮まる気配がない。


「はっ! それを見られた以上、ただで帰すわけにはいかねーな」


 男達は腰や服の内ポケットから次々にナイフを取り出し、こちらへ向ける。刃先が鈍く光り、空気が一気に凍りついた。


「女は高値で売れるからな。奴隷市場にでも売りつけてやるよ」

「人身売買は帝国では禁止されていますが」

「はっ! そんなもん、お堅い帝国にバレなきゃ関係ねぇんだよ。バレなきゃな!」


 男が薄笑いを浮かべ、じりじりと距離を詰めてくる。

 さて、どうしよう。今は潜入捜査の最中で、盗まれた異能もまだ見つかっていない。正直、この人達に脅威は感じていないけど……ここで暴れてもいいものか。

 短く息を呑み、判断を迷ったその瞬間、背後から震える声が上がった。


「や、やだぁ! 何でこんなことに……! 誰かっ、誰か助けて! お母さん……っ!」


 ヤノーラの叫びが地下室に響いた瞬間、私は静かに息を吸い込んだ。


「――《風幻弧【ふうげんこ】》」


 地下室に、ふっと風が生まれた。

 最初は小さな旋風のような揺らぎだった。それが次の瞬間には、壁や床から湧き上がるように数を増やし、男達の周囲を取り囲む。


「な、魔法⁉ お前……魔法使いなのか!」

「帝国騎士団第0部隊所属、リネット=コトアリカです。ここにあるのは申請されていない『違法な商品』ですね。帝国で非合法取引は認められません。貴方達を、帝国騎士団の名の下に処罰します」

「帝国、騎士団? リネットが⁉」


 男達だけでなく、ヤノーラまでもが驚愕の声を上げた。


「ごめんね。巻き込むつもりはなかったんだけど」


 私は振り返り、彼女に申し訳なさそうに微笑んだ。


「貴方達には森での異能の件も含め、聞きたいことが山ほどあります。下手な抵抗をしなければ、痛い目を見ずに済みますよ」

「なめんなよ! 女一人に何が――」


 男達の怒声が途切れた。

 《風幻弧》の風が、彼等の体に触れたのだ。

 実体があるのかないのか曖昧な風は触れた瞬間だけ鋭い刃となり衣服を裂き、肌を切りつける。男達は悲鳴と共にその場に倒れ込んだ。

 だから言ったのに。痛い目を見るって。


「ヤノーラ、大丈夫?」

「だ、大丈夫だけど……。リネットって凄い魔法使いだったのね!」

「そんなことないよ」


 そう答えながら、私は床に倒れ伏した男達へと視線を向けた。

 多少の戦闘経験はありそうだが、脅威と呼べるほどではない。おそらく、この場所を任されていただけの下っ端なのだろう。

 私は木箱へ歩み寄ると、蓋に刻まれた紋章を確かめた。――やっぱり見間違いじゃない。ヴァルドール王国の王章だ。


「どうしてこんなものが……それに、これ……」


 木箱の奥で大切そうに保管されていた小瓶を手に取る。

 黄金色の蜜が、薄暗い地下室の中で淡く光を返した。この町バルセリアは王国との国境付近にあるため、王国産の商品を見ること自体は珍しくない。けれど、これを「違法」と断じた理由は、はっきりしていた。


「……異能!」


 結晶のようでも、ただの蜜のようでもない。それでも――確かに異能の気配がある。

 私がさっき聞いた声の正体は、間違いなくこれだ。


「きゃあっ!」

「! ヤノーラ!」


 悲鳴に振り向いた瞬間、薄汚れたマントの裾が揺れ、酒と煙草の刺すような匂いが鼻を突いた。

 獣じみた鋭い目つき。笑っていないのに吊り上がった不気味な口元。どう見ても、まともな世界の住人じゃない。


「あーあ。帝国の犬が嗅ぎまわりやがって、めんどうくせぇなぁ」


 男の声が、すぐ耳元に落ちてきた。

 ――いつから、そこにいたの? 気配も音も、まるで感じ取れなかった。


「貴方、誰?」

「知ったってしょうがねぇだろ。お前達はもう生きて帰れねぇんだからな」

「り、リネット……」


 気付けば男はヤノーラの背後に回り込み、ナイフを首筋へ押し当てていた。


「ヤノーラを離して! 彼女は何も関係ありません」

「それはお前次第だな――【声【こえ】なき鎖【くさり】】」

「っ!」


 冷たい何かが一気に絡みついた。闇色の鎖が腕と胴を締め上げ、呼吸を奪う。

 魔法で外そうとしても、びくともしない。魔力を吸われ、存在そのものを縛られるような感覚だった。

男は鎖に絡まった私を一瞥すると、ヤノーラを乱暴に突き放し、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。


「てかよ、お前、何でこの場所が分かった?」

「……お仲間さんにも伝えたけど、普通に扉があったから入っただけよ」

「普通に、だと? はっ。俺の『異能』がそんな簡単に見破れるわけねーだろ」

「貴方……異能者なの?」


 見つけられなかった扉。音もなく、気配もなく現れた男。そして、魔力を奪うこの鎖。


「まさか、存在を消す異能?」


 私の推測に、男はにやりと口元を歪めた。


「そうだな。最後に教えてやるよ。俺の名前は《カイ》。異能の使い手だ」


 男――カイがゆっくりと手をかざした瞬間、鎖に絡み取られた腕と胴の痛みが増す。


「この異能も良い力だろ? ついこの前『森』で盗った異能だが、俺に合ってる」

「っ、略奪は重罪よ! 分かっているの⁉」

「分かってるから、こそこそやってんだろーが」


 少しの罪悪感もなく吐き捨てるその態度に、胸の奥がぐつりと煮え立つ。こんな男が大切な異能を奪っていると思うと――腹が煮えくり返りそうだった。


「――《妖【あやかし】の連牙【れんが】》」


 鎖に縛られたまま魔法式を組み上げ、残った魔力を無理やりかき集める。だが放つ瞬間――鎖がぐっと食い込み、軌道がわずかに逸れた。

 風の刃は鋭く走り、カイの頬を掠めて背後の壁と床に深い傷を刻む。

 カイは傷付けられた頬に手を当てると、その表情を怒りに染めた。


「この野郎! 調子に乗るなよ、帝国の犬が!」

「くっ……」


 彼の怒気に呼応するように、鎖の圧がじわりと強まる。苦しみに歪む私へ、カイは魔力を宿した掌を向ける。その掌が光を帯びた瞬間――地下室の空気が、かすかに震えた。


「あらら、駄目だよぉ。僕の仲間に手を出したら、ただじゃすまないよ」


 明るい声が、場違いなほど軽く落ちる。

 ごぉっとオレンジの炎が薄暗い地下室に溢れると、カイを押し返すように燃え上がった。


「アイノウ!」


 子供姿に戻った彼はいつものように笑顔で、それでいて無邪気にカイを見据えていた。


「くそっ、仲間かよ! なんでだ! 異能をかけ直して完璧に隠したはずだろうが!」

「成程ぉ。君の異能の力で部屋の存在を消してたんだ! でも残念。僕はずーっとリネットの魔力に意識を向けてたし、それがぷつって消えちゃったら、変だなぁって分かるよね」


 アイノウは軽く肩をすくめ、周囲を見回した。

 地下室の壁や床には、私が放った魔法の痕跡がくっきりと残っている。その傷跡が、まるで「ここに部屋がある」と主張するように。


「君の異能は凄いけどさ、万能じゃない。一回でも気づかれたら、もうアウト! リネットが地下室を傷付けた時点で、君のことなんてとっくにバレバレだったんだから!」

「そんな馬鹿な……!」


 動揺する男に向かい、アイノウは静かに宣告した。


「帝国騎士団の名において、君を拘束するよ」

「ふざけんな! 誰が捕まるかよ! 【幽在【ゆうげん】の遮断【しゃだん】】」


 カイの姿が揺らぎ、空気に溶けるように存在が消える。逃げ切るつもりだ。


「逃がさないぞー!」


 アイノウが陽気に、まるで音楽でも鳴らすように軽く指を鳴らす。すると、地下室の温度が一気に跳ね上がった。視界が、橙色に染まる。

 炎だ。どこからともなく湧き上がった炎が、壁を、床を、天井を、まるで生き物のように舐め尽くしながら広がっていく。


「なっ⁉ バカな、俺は姿を――!」

「うん、消えてるねぇ。でもさ、姿が見えなくても全部燃やし尽くしちゃえば一緒だよね!」


 炎が地下室全体を支配する。カイの存在を消す異能は、アイノウの圧倒的な魔法の前では意味を成さなかった。


「ばいばーい」

「や、やめろ! うわぁぁああああああ!」


 カイの悲鳴は、商会中に響き渡った。



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