85話
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「あれから詳しく調べてみましたが、リネットが酒場で耳にした連中が、《ブライ商会》という名を持つ交易商会だということが分かりましたわ」
バルセリアから帰路して数日。
拠点の部屋には増援として、第二部隊マルチダ先輩の姿があった。
「交易商会、ですか」
ノアは眉を寄せ、疑念を含んだ視線で確認するように言葉を落とす。
その反応を受けるように、マルチダ先輩は調べ上げた資料を片手に取り、第0部隊を前にしても揺るぎなく答えた。
「ブライ商会は例の異能が紛失した前後に、不自然なほど多くの人員が姿を消していたようです」
「貴女はそれと異能の紛失に、直接的な関係があると考えているんですか?」
「ええ。というのも彼等、どうにも怪しいんです。帝国の商会名簿にも記載が見当たりませんでしたし」
マルチダ先輩はそう言って頬に指を添え、思案するように首を傾げる。
帝国では、帝国出身の商会は必ず商会名簿に登録し、所在地や代表者、取引品目を記載しなければならない。これは税の徴収や取引の監査、「通商許可証」の発行に直結するため、名簿に載っていない商会は帝国の正規商会ではないと見なされる。
「通商許可証はどうでしたか?」
「それは確認できましたわ。実際に活動しているのかは不透明ですけれど」
この許可証は帝国内で商売を行う権利を保証する資格証だ。
帝国籍の商会に限らず、「他国籍」の商会であっても帝国内で取引を行う際には申請が必要とされ、許可証を持っていれば合法的に商売を行うことができる。
マルチダが用意してきた資料を受け取ったノアは、一枚一枚を丁寧に捲りながら目を走らせ、やがて納得したように静かに頷いた。
「なるほど、確かに怪しいですね」
「表向きは交易商会を名乗っていますが、商人の往来もほとんど確認できていませんし、あれでどうやって利益を得ていらっしゃるのか……」
真剣な表情で言葉を告げるマルチダ先輩は、さらに言葉を続けた。
「所属している者の中には、商人というより兵士や傭兵に近い気配を漂わせる者もおります。もっとも、下手に動けばかえって連中を警戒させてしまいかねないので、私達が動けるのはここまでが限界でしたが」
「充分です、ご苦労様でした」
「第0部隊のお役に立てて光栄ですわ。――ね、リネット」
丁寧に頭を下げるマルチダ先輩。その仕草は凛としていて、目を上げた瞬間に私と視線が重なる。
先輩は片目を軽く閉じてウィンクを残し、颯爽と部屋を後にした。……かっこいい。素敵過ぎます、マルチダ先輩!
余韻に浸りつつも、私はノアへと視線を向ける。
「ノア。現状いちばん怪しいのはブライ商会だと思いますけど……どう動くんですか?」
「そうですね……。証拠も不十分なまま正面から踏み込めば、連中に逃げられる危険があります。その時点で追跡は困難となり、決定的な証拠を失うことにもなりかねません」
そう前置きしてから、ノアは資料を指先で叩いた。
「大きな問題なのは――商会名簿に記載がない以上、ブライ商会が『他国籍』の商会の可能性が高いということです。勿論、無許可の商会や偽造など、様々な可能性がありますが……」
その言葉に、ごくりと息を呑む。
私だけではない。ここにいる全員が、目の色を変えていた。
「他国の異能を略奪することは、帝国法において最も重い罪の一つとされています。異能は国の財産であり、国家の力そのもの。これを奪う行為は、帝国の主権を踏みにじる蛮行であり、戦争の火種にすらなり得えます」
ノアの台詞に、一気に空気が張り詰める。
異能はただの力ではない。国が保護し管理し、時に国の均衡を保つために用いる存在だ。
それを他国が奪うことは、国境を越えて財産を強奪するのと同じであり、帝国の威信を根底から揺るがす行為に他ならない。
「もしこれが事実ならば、『略奪者』は許されざる者です。第0部隊として、決して見逃すわけにはいきません」
ノアの言葉が落ちた瞬間、部屋の空気はさらに張り詰めた。




