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【10/1第三巻&コミカライズ一巻発売決定】意地悪姉と呼ばれた令嬢、実はとても優れた魔法使いでした。  作者: 光子
第二章 ヴァルドール王国

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83話



 バルセリアに到着してから数日。

 私達はこの地を拠点に、魔物退治を続けていた。


「リネットって、本当に第0部隊の一員になったんだな」


 感慨深げに呟くサイラス先輩。

 この日は彼と私がペアを組み、町から少し離れた公道で警護にあたっている。ここは最近、魔物の被害が最も多く報告されている危険な場所で、今は通行人を守るための巡回任務だ。

 こうしていると、まるで第二部隊にいた頃みたい。

 まだそんなに時間は経っていないはずなのに、もう遠い昔のことのようで、なんだか懐かしい。


「急にどうしたんですか?」

「いや……第0部隊の中に自然と馴染んでいるお前を見たら、ついな」


 ……そんな風に見えるんだ。

 私としてはまだまだ必死でついているだけで、馴染んでいる実感は一度もないのに。


「第0部隊って、まじで化け物みたいだな」

「……強いですよね」


 サイラス先輩の言葉に、素直に同意する。

 実際、第0部隊――とりわけアイノウとハルトの活躍によって、周辺の魔物の数は目に見えて減り、街は少しずつ落ち着きを取り戻しつつある。

 その光景を間近で見ている私こそ、一番痛感している。彼等の力がどれほど規格外なのかを。

 どうして自分が同じ第0部隊にいるのか――そんな疑問と突きつけられる実力不足に、胸がじわりと締め付けられる。


「――おい」

「いたっ!」


 不意に伸びてきた指先がおでこをぴしりと弾いた。鋭い痛みが額に走り、私は思わず情けない声を上げてしまう。


「いちいち落ち込んでんじゃねーぞ!」


 冷たく聞こえるけど、背中を押すような響き。

 私は額を押さえながらも、胸の奥にじんわりと力が湧いてくるのを感じた。


「……はい! 精一杯頑張ります!」


 拳を握りしめ、決意を込める。

 サイラス先輩はそんな私の姿に、満足げに口の端をわずかに吊り上げた。


「おーい! リネット、サイラス、おっまたせー!」


 いつも通り元気いっぱいのアイノウが、手をひらひらと振りながら駆け寄ってくる。その隣では、クリフ様がどこか戸惑った様子で後を追っていた。


「魔物退治当番、交代だよー!」

「よろしくお願いします」


 二人を迎え入れると、アイノウはすぐにクリフ様へと視線を向けた。


「まっかせて! クリフと一緒なら平気だよ! 頼りにしてるよぉ」

「は、はい……お任せください!」


 第0部隊と一緒ということで緊張しているのか、クリフ様の表情は少し硬い。

 交代の挨拶も済んだところで二人に軽く頭を下げ、町へ戻ることにした。


「腹減った。飯でも食おうぜ」

「そうですね」


 ぶっ通しで任務に当たっていたせいで、時刻はもう夕刻。

 私とサイラス先輩は、バルセリアの町で夜遅くまで灯りを絶やさない酒場へ足を踏み入れる。

 年季の入った古い木の扉を押し開けると、軋む音とともに温かな灯りとざわめきが流れ込んだ。中は活気に満ち、町柄ゆえか商人風の客が多く見える。

 私達は端の席に腰を下ろし、メニュー表を手に取った。


「サイラス先輩、何にします?」

「肉」


 短い会話を交わしながら注文を済ませる。

 魔物の被害で町の人々が怯え、交易も滞り始めている。そんな話を耳にしていたけど、今夜の酒場は賑わいを取り戻しつつあり、商人達の声も活気を帯びている。

 目の前の賑わいに、ほんの少しだけ胸をなで下ろした。


「……てか、思ったより元気そうだな」

「え?」


 唐突な一言に、手にしていた水のカップが止まる。

 サイラス先輩は特に視線を逸らすでもなく、淡々と続けた。


「いや、お前……その、アレン殿下の件で落ち込んでると思ってたからさ」


 心臓が一拍、強く跳ねた。

 アレン。

 彼の名前がこうして日常の中でふいに出てくるだけで、胸の奥に沈んでいた何かが揺れる。表情に出したくないのに、頬の筋肉がぴくりと震えた。


「……平気ですよ。任務に集中していれば、余計なことを考えなくて済みますから」


 口にした言葉は冷静を装っていたけれど、胸の奥では痛みが広がっていた。

私を置いて異国へ旅立ったアレン。背を向けたあの瞬間の姿を思い出すたび、締めつけられるような苦しさが蘇る。

 旅立ってからというもの、彼からは何の音沙汰もない。

 ――このまま、私を放っておくつもりなの。

 そう思った途端、痛みの隙間から怒りが顔を出す。抑えようとしても、胸の奥でどうしようもない感情が渦を巻く。その熱を押し沈めるように、水を口へ運んだ。冷たさが喉を落ちていくのに心は少しも冷えない。

 そんな沈みかけていた空気をぱっと塗り替えるように、酒場のお姉さんが笑顔で机に料理を並べた。


「お待たせしましたぁ! どうぞごゆっくり召し上がってくださいね!」


 立ち上る湯気と香りが、重く沈みかけていた空気を柔らかく押し返す。

 私は慌てて表情を整え、皿をのぞき込んだ。


「わぁ、すごく美味しそうですね! 早く食べましょう!」

「あ、ああ」


 笑顔を作り、明るく装って料理に手を伸ばす。

 これ以上、サイラス先輩に余計な心配をさせたくない。せっかくの食事を、私の沈んだ気分で台無しにしたくもなかった。

 ――そのまま料理を食べ進め、皿が空になりかけた頃。

 私とサイラス先輩は互いに視線を合わせると、隣のテーブルに座る男に声をかけた。


「おい、さっきからこっちをジロジロ見やがって……気づいてねぇとでも思ってんのか?」


 低く鋭い声が隣のテーブルへ突き刺さる。

 食事中、ずっとこちらを観察するように視線を送り続けていた男――商人風のその人物は、サイラス先輩の迫力に押されて肩をすくめつつも、恐る恐る口を開いた。


「あ、あんた等、帝国騎士団の人間だろ?」

「それが何だよ。喧嘩売ってんのか?」


 サイラス先輩は眉間に皺を寄せ、睨みつける。明らかに苛立っている。


「ち、違う違う! 俺は別に怪しいもんじゃねぇ! ただ、あんた等に伝えておきたいことがあってだな!」

「さっさと言え!」

「サイラス先輩、少し落ち着いてください」


 咄嗟にサイラス先輩の袖を引き、荒々しい調子を抑える。

 これ以上威圧すれば、余計に話がこじれてしまいそう。

 代わりに私が一歩前に出ると、男はほっとしたように息を吐き、言葉を絞り出した。


「俺はこの町で商売をしている者だが……最近、妙な連中が現れてな。何やら怪しいことを聞き回ってるんだ。『光を帯びる石を見なかったか』とか、『普通じゃねぇ輝きを放つものを知らねぇか』だとかよ」

「輝く石、ですか」


 ただの宝石の話ではないと、直感で分かった。


「他には?」

「『魔物以外で、最近何か変わったことはないか』なんてことも聞かれたな」

「変わったこと?」

「ああ、バルセリアから東へ少し行ったところに『森』があるだろ。あそこが最近、どうにも妙でな。地形が歪んじまって、道がねじ曲がってるって話だ。元から魔物も出るし、普段から近づく奴なんてほとんどいねぇし今のところ大騒ぎにはなってねぇが……どうにも気味が悪いんだよ」


 ――当たりだ。

 異能の結晶を追う者なら、周囲に生じる歪みを探すのは定石中の定石。


「……その人達、異能の結晶を探している可能性があります」


 私が声を潜めると、サイラス先輩は眉をひそめ、低く問いただした。


「で、その妙な連中は何者だ?」

「同業には見えたが、俺には分からねぇよ」


 男は困ったように眉を寄せ、肩を落とす。


「魔物の件で町はただでさえ混乱してるだろ? そこへ別の厄介事まで加わったら、もうどうにもなんねぇ。だから、あんた等を見かけた時に一応、伝えておこうと思っただけだ」


 男の言葉から察するに、正体までは本当に知らないようだ。

 だが町で不自然な聞き込みを繰り返す人物の様子に、強い違和感だけは覚えたのだろう。


「私達以外に、結晶を探す人が現れるなんて……」


 結晶は国ごとに扱いが異なるが、ラングシャル帝国では危険視され、一般市民が手を出すことは原則、禁じられている。だがそれでも、力を求める者が後を絶たないのが現実だった。

 外から現れる魔物だけでも十分に厄介だというのに、結晶にまで手を伸ばす人がいるとは……。

 重なり合う不穏に、私は思わず額へ手を当てた。


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