82話 潜む虹の魔法使い
第三章 潜む虹の魔法使い
「アイノウ、ハルト、リネット。次の任務が入りました」
零の棟待機室。
次々と舞い込む異能の捜索を終え、次の指令が下るまでの束の間の休息。
私は報告書に筆を走らせ、アイノウはソファに寝転んで菓子を頬張り、ハルトは剣を磨き――そんな空気を破るように、ノアが新しい任務の書類を手に現れた。
「えー、もうお休みおしまい? 早すぎるよー!」
ぷくりと頬を膨らませて不満を漏らすアイノウに、ノアは深いため息を返す。
「仕方ないでしょう。他の隊員はすでに別任務に入っていて、動けるのは俺達だけなんですから」
外からの魔物の影響もあるのだろう。
他の隊員達も任務の遂行に手間取っていて、通常よりも任務に時間がかかっているようだった。
「任務は異能についてですか? それとも……外部からの魔物ですか?」
「異能です。羅針盤に反応がありました」
ノアは私の問いに答えるように、書類を机の上に並べた。
「場所はここより東部――《バルセリア》と呼ばれる町に隣接する地域です」
「バルセリア……どこにあるんですか? 大きな町なんですか?」
ついこの前も思ったけど、私は地理に弱い。魔法の勉強ばかりしてきたせいだ。
ヴァルドール王国についても名前を知っているくらいで、国のことはほとんど知らなかった。今だってバルセリアと呼ばれる町のことも、どこにあるのかすら知らない。
「ヴァルドール王国との国境沿いにある交易の町です。俺自身まだ訪れたことがありませんが、商人達が行き交い、たいへん賑わっている町だと聞いています」
「ヴァルドール王国の……」
その単語を聞いた瞬間、胸の奥がざわりと揺れた。
――アレンのいる国だ。
「詳しい場所は行ってみないと分かりませんが、その付近に異能の反応が出ていることは確かです。すぐに出発しますので、ご準備を」
「分かりました」
「もう、仕方ないなぁ」
「……分かった」
三人三様の返事を交わし、私達はそのままバルセリアへ向かうことになった。
帝都からは距離があるものの、ラングシャル帝国が所有する特別な移動用魔道具《蒼の泉路》で近隣まで移動し、そこから先は徒歩で進むことになる。
「ねー、まだぁ、リネット」
「ま、まだです」
使い慣れていない羅針盤を必死に覗き込みながら、進むべき方向を確かめる。
けれどアイノウはそんな私の苦労など気にも留めず、今回羅針盤を任された私の肩にぴったりと寄り添い、覗き込んでくる。
まるで遊び半分のように。楽し気に。
「ねーねー、ここからだと、リネットは異能の声聞こえないの?」
「ですから、そんなに万能じゃないですってば」
私の「異能の声が聞こえる」という力に、アイノウはいつだって興味津々だ。
妙に期待されている気がして落ち着かない。もし本当にどこからでも異能の在処を言い当てられるなら、それは確かに万能と呼べるだろうけど……。
「僕も異能の声が聞こえたらいいのになぁ。絶対ワクワクするのに!」
「そんなに楽しいものではないですけど」
子供のようにはしゃぐアイノウと並んで、バルセリアへ続く道を歩く――その時だった。
剣がぶつかり合う鋭い音。それに混じって、誰かの叫び声が聞こえる。さらに、肌の奥をざらりと撫でるような魔力の気配が伝わってきた。
「これって……!」
「誰かが魔物と遊んでるみたいだね」
思わず足を止めた私に対し、アイノウはいつも通り肩の力を抜き、両手を頭の後ろで組んだまま気楽そうに答える。
そんな彼に、ノアは呆れたように声をかけた。
「呑気に構えている場合ですか。すぐに助けに行きますよ」
木々の間を抜けた先――視界が開けたその場所では、予想通り、魔物との激しい戦闘がすでに展開されていた。
だが、それ以上に私を驚かせたのは、戦場に立つ二人の姿だった。
「サイラス先輩、クリフ様……!」
考えるよりも先に、私は駆け出していた。
「《妖の連牙》!」
風の中級魔法の詠唱と同時に、空気が震えた。
刃のように鋭い風の爪が幾重にも重なり、唸りを上げながら前方へ奔る。木々の枝葉を切り裂き、魔物の群れへと襲いかかった。
「二人とも、大丈夫ですか⁉」
「リネット⁉ 何でここに⁉」
「何故、君が……」
私の姿を見るや否や、二人は驚きの表情を浮かべる。
だが、その間も魔物の攻撃は止まらない。倒したと思っていた巨躯が、ゆらりと立ち上がった。
まだ倒れないなんて……なんてしぶとい魔物なの……!
「気をつけろ。この魔物、中々にしぶといぞ」
巨躯の甲虫のような魔物。
全身を覆う黒鉄の外殻は風刃を受けても容易には裂けず、岩を砕く鎌状の脚が地面を抉る。赤く濁った複眼がぎらりと光り、羽音とともに響く咆哮が森を震わせた。
「……二人とも、血が……!」
私とサイラス先輩、クリフ様は背中合わせに構え、魔物へと向き合う。
だが近くで見て初めて気づいた。二人とも、すでに傷を負っていたのだ。
サイラス先輩の腕には細かな切り傷がいくつも走り、呼吸はわずかに乱れている。クリフ様も肩口を裂かれ、血が滲んでいた。
思わず声を上げ、回復魔法を唱えようとすると――
「おい、後先考えずに回復魔法使うなよ! お前は回復魔法を使えば、魔力をごっそり持っていかれるんだからな!」
私とよくパーティを組み、私のことを熟知しているサイラス先輩。
彼は即座に私の行動を見抜き、鋭く制止した。
「でも……!」
「その通りですね。治療は俺に任せてください」
胸を締め付けるような焦りの中、不意に背後から落ち着いた声が響いた。
振り返ると、ノアはためらうことなく詠唱を始め、掌から淡い光が溢れ出す。その光は、全てを癒すように柔らかく揺らめいていた。
「《妖精の環》」
柔らかな光の輪が広がり、サイラス先輩とクリフ様の傷を包み込む。血の流れが止まり、裂けた傷が綺麗に閉じていく。
あっという間に……! 流石はノア。回復魔法のエキスパート!
「もーリネット、また僕を置いていったでしょー!」
ごうっと、アイノウの放ったお得意の炎の魔法が、地面を駆け走る。
蛇のようにうねる火炎は瞬く間に魔物達の足元へと伸び、爆ぜるように燃え広がった。
その燃え尽くされた魔物の向こう側では、ハルトがすでに何匹かを斬りつけていて、容赦なく剣を振り続ける。
「リネット、お二人はお知り合いですか?」
「あ、はい。第二部隊にいた時にお世話になりました。第六部隊所属、騎士のサイラス先輩とクリフ様です」
ノアが問いかけるので、私は手を向けて二人を紹介する。
だがサイラス先輩とクリフ様は紹介を待つまでもなく、ノア達の立場をすぐに理解したようだった。
「まさか……第0部隊⁉」
「いかにも。第0部隊所属ノア=リュミエールと申します。お二人はここへ何しに?」
「ま、魔物退治です。最近、この辺りで見たことのない魔物を目撃したと報告がありまして……それで我々も調査に来たのです」
ノアの落ち着いた声に、サイラス先輩はわずかに肩を正し、答える。
「この先にあるバルセリアという町でも魔物の被害が出ていて……商人達は怯え、交易も滞り始めているようです」
今度は、隣に立つクリフ様が静かに答えた。
サイラス先輩もクリフ様も、並の騎士では到底及ばないほど強い。そんな二人に傷を負わせるなんて――数の差があったとはいえ、ただの魔物ではない。
「異能の結晶の影響でしょうか? それとも……外部からの魔物?」
「全ての可能性を否定できません。断定するのは危険です。あくまで可能性の一つに過ぎません」
私の問いかけに、落ち着いた声で冷静に言葉を選ぶノア。
そこへ、魔物を退治し終えたアイノウとハルトが合流した。
「ところで、貴方方はお二人だけですか? 魔法使いはどちらに?」
騎士と魔法使いが組むのは、パーティの基本形。任務の都合で一時的に別行動になることはあるけれど。
ノアの問いに、場の空気が一瞬張り詰める。
サイラス先輩は視線を揺らし、苦しげに表情を歪めた。
「実は魔物の襲撃はこれが初めてではなく……。以前の戦闘で魔法使いが負傷してしまったんです。増援が到着するまでは、俺達二人だけで対処するようにと命じられていて」
「先程の魔物は物理攻撃が通りにくい個体です。騎士二人では、さすがに分が悪いでしょう」
眉をひそめ、小さくため息を落とすノア。
その静かな指摘に、サイラス先輩とクリフ様が同時に目を見開く。
「そうなんですか⁉」
魔物に詳しいはずのサイラス先輩でさえ知らなかったなんて……。
「とりあえず、増援が来るまでは俺達も協力しましょう」
「……放っておいて、異能を優先すればいいのに」
「ハルト。帝国民を守るのも、第0部隊の任務の一環ですよ。それに、魔物が結晶の手掛かりの可能性もあるでしょう」
不満を口にしたハルトに、ノアが静かに釘を刺す。その声音には叱責というよりも、冷静な理を諭す響きがあった。
ハルトは相変わらず無表情のまま、わずかに視線を逸らす。
まだ納得しきれていない気配が漂うものの、彼はそれ以上言葉を重ねず、短く息を吐いて黙り込んだ。
「わーい! 他の隊の子達と絡むの久しぶりー! 仲良くしてね、サイラス、クリフ!」
「は、はぁ……」
ぴょんぴょんと兎みたいに全身で跳ねて喜びを表現するアイノウ。
その自由奔放な子供の姿に、サイラス先輩とクリフ様は言葉を失っているようだった。
ちなみに私と同じようにノアを女性だと思い込んでいた二人は、この後、私から事実を知らされ、更なる驚愕を味わうことになった。
誤字脱字報告ありがとうございます。感謝します。
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