十二
家に帰ると、どっと疲れが襲ってきた。
今日は、運良くルールに引っかかるようなことはなかったので、安眠できそうな気がする。
……あ、でも、次で最後なんだよな。僕は変にメンタル強いから何とかなりそうな気がするけど、アイツ……、あ、名前も知らないや。とにかく、アイツは耐えられるんだろうか。
何が起こるのかは分からないが、最後に見たアイツの表情が気がかりだ。語尾も可笑しかったし、絶対何かある。
何だかんだといっても、あいつと話すのを思いのほか気に入っていたらしい。心の中で呟いた、次で最後という言葉は、思ったよりも胸に刺さった。
メンタルに自信のある僕でもこうなんだ。ああ、アイツが心配だ。
――カチッ、ゴォーン
最後の一針を動かすのが、自分になるとは思わなかった。というか、心配も鬱屈の感情に含まれるなら、そう言っておけよ馬鹿ヤロー!
「こんばんは、久しぶりでもないね?」
「ああ、そうだな」
「しかし、最後の一針の原因が俺とは。なんだか光栄だね?」
「やめろ、恥ずかしい。憤死するわ」
「あーあ、君と話すの好きだったけど、これで最後か。……うん、悪くない最期かな?」
「何の話だ?」
「いやー、今日で政権交代かと思ってね? まあ、そこそこ楽しかったよ」
「だから、お前はいつも説明が足りないと」
「はいはい、最期だからちゃんと教えてあげるよ。……というか、それも仕事だし?」
そう言ったヤツは、あの時のように遠くを見つめていた。その視界の先にあるのは、あの星々。
「そもそも、これが噂の「宵闇時計」だって言ったけど正確には違うんだよね……?」
「おい、嘘だったと?」
「いやいやいや、そうじゃなくてね? あれは正式な名称じゃないって話。……この時計を俺たちは、「鬱時計」と呼んでいるんだ。ぴったりだと思わない?」
ヤツの言葉に時計を見上げると、短針と長針がぴたりと重なっていた。どっしりと構えた姿は、鬱屈とした感情とは無縁の存在である気がした。
「でね? この時計の役割は、世界から回収した負の感情を浄化すること」
「はあ、で、僕はその犠牲になったと? つまり、その感情の橋渡し役ってことだろ?」
「うん。言い方は悪いけどね?」
「つまりなんだ。僕が足掻こうが何の意味もなかったと? ……は、気に食わんな」
無意味だと分かっていたが、思わず時計を睨みつけた。
本当に何様のつもりだ。
「まあまあ、怒らないでよ? 君はまだ消えないからさ」
「まだ? ……いや待て、「君は」?」
「うん、そうだネ?」
「じゃ、お前は?」
「どこかに行くんジャナイ? お役御免で万々歳、みたいな?」
「嘘だな。お前は、本当はどうなるか知っている、違うか?」
僕が言うと、ヤツは苦々しい表情になった。
「まったく、何でそういうところは聡いかなぁ」
お前の嘘が下手だからと言わないのは、せめてもの意趣返しだ。
「もう。知らない方が幸せだと思うよ? ……次は我が身なんだから」
「良いから話せ」
「……横暴!」
「横暴で結構。……というか、こういう返し何回もしていないか、僕」
「うん、今更? ……何となく気づいているんじゃないかという気もするけど、俺はこの主をやる前は君と同じ立場だった」
「だろうな。そう取れることはちらほら言っていたし」
「ふーん。でね、時刻が十二になると前の主と世代交代する。……で、前の主は燃料になる」
「は? 燃料?」
予想外の答えに思わず口を開いてしまった。話が終わるまでは、黙っているつもりだったんだが。
「そ、燃料。この時計を動かす、ね。……俺が良く居た時計の中があるでしょ? あそこに燃料をくべる場所があるんだ」
「……」
「まあ、今は燃料も充分に足りているから、燃料になっても直ぐにはくべられないだろうけどね?」
ヤツの視線の先を辿って絶句した。
「……この星、全て燃料か?」
「だいせいかーい!」
つまり人の命。そりゃあ、綺麗な筈だわ。
このシステムを考えた人物は、腐りきっているが。
「さて、こんなものかな? そろそろお別れかと思うんだけど?」
「待て、お前はそれで良いのか?」
「うん、現世に残してきたものなんて何も無いからね? 家族も友達も、勿論恋人もいない。病院生活だったから。……もう満足?」
「本当に?」
「だから、そうだって……」
「約束、今使うわ。さあ、吐け」
「う、何度も言わせないでヨ」
諦めの表情に、無性に苛立った。
「……約束、憶えているよな? 忘れたなんて言わせないが」
「……あー、もう! 諦められるわけないでしょ!? 今も必死で打開策を考えているよ、こんちくしょう!! というか、こんな行きずり程度の関係のやつに何を言っちゃってんだ、俺は!?」
先ほどまでの表情より断然こっちの方が良い。
何となく、胸がすく思いだった。
「柏。……行きずり程度のヤツじゃなくて、柏な。僕の名前。お前は?」
「へ? あ、ご丁寧にどうも? 俺は要」
「この状況で自己紹介するとか、僕たち馬鹿みたいだな」
「確かに」
なんだか本当に馬鹿らしく思えてきて、二人で笑った。