十一
「おはよ。……風邪か? お前が風邪とか珍しいな」
「お早う。いや、話すのが面倒になった」
「おい、俺がか!? それ、本人に言っちゃうってどうなの!?」
「あ、いや。別にお前に限らず。……何も思いつかなかったから苦肉の策」
「なにが?」
「いや、こっちの話」
マスクをつけて学校に行ったら、いつものやつに心配された。確かに健康優良児の僕がマスクをつけるのは不自然か。
いちいちマスクについて触れられるのが面倒になって、一時間目が始まる頃にはもう外してしまっていた。
その一時間目が不味かった。……まさか、抜き打ちテストがあるなんて。
これは不味い、大いに不味い。鬱屈、というか、クラス全体に負のオーラが漂っている。授業時間いっぱいのテストみたいだから、授業が終わって直ぐに逃げれば大丈夫か? それとも、テスト中に逃げるべきか……?
結局僕は前者を選んだ。こういうときに真面目な自分の性格が嫌になる。
チャイムが鳴ると同時に席を立った。流石に先生の居るうちには誰も文句も言わないだろうから、先生より先に教室を出られれば勝ちだ。
「おーい、柏」
「おい、勘弁しろ」
「? 何がだ? 最近付き合い悪いじゃん、ちょっとテストの分からなかったところが……」
「お前、変なところで真面目なのやめろ。空気を読め」
ああ、先生が教室を出てしまった。今から走っても無駄だろう。なんといってもこの先生、歩くのが異常に早いのだ。元競歩の選手じゃないか、とまことしやかに囁かれている。
当然、このことは皆知っているわけで。先生が消えると同時に始まる悪口・文句の応酬。
あ、詰んだ。
僕は家で考えていた。
今日のあれは絶対に一カウントされた。もうこれで十一、後が無い。でも、噂から考えるに、あの世界に行くまではカウントは進まない筈だ。
……なら、あの作戦を試してみる価値があるんじゃないか?
翌朝、僕はふらふらとした足取りで学校まで向かっていた。
思いついても実行するべきじゃなかった。今までそんな生活をしていなかった僕の身体が耐えられるはずも無かった。
一日で既に鈍い頭痛を感じているのに、続けられる気は全く無いが、ここまでやったら頑張るしかない。
「おは……、おい、どうした? 今日はマジで具合悪そうだけど!?」
「あ、おはよ。……ねえ、徹夜しても居眠りしない方法ある?」
そう、僕が試したのは単純に寝ないこと。
夢の世界なら寝なければ行かない筈だと思って、昨夜は手をつねったりして耐えた。
「いや、知らないけど。んー、人間やめれば? ってか、お前いつも九時くらいには寝るって言っていなかったか?」
「う……、うん」
「実は半分寝てねぇか?」
「そんなことは無い!」
「あ、これ完全に夜中のテンション引き摺っているヤツだろ。……何があったか知らんけど、保健室行って寝かせてもらえ」
「それじゃ……、意味な……い」
何とか答えたところで、僕の意識は完全に途絶えた。
――ゴォーン
む。僕は失敗したのか。……ああ、慣れない事はするべきじゃないな。やっぱり。
「久しぶり? ってほどでもないか」
「……ん? 明るい?」
「うん、昼に来るのは初めてだもんね? まったく、昨日来ると思ったのに来ないしさぁ」
「ん、頑張った」
「頑張るところはそこじゃないでしょ」
「……正論言うな、腹立つ」
「ええ!? 理不尽!」
「理不尽で結構」
「あ、元気になった?」
「お前に気を遣われるとか、一生の不覚だわ」
「本当に失礼だな? おい」
目を開けると、いつも通り黒ずくめの塊がいた。いや、今まで暗くて見えていなかったが、真っ黒のフードマントやらを身につけているだけで、塊と表現するには見合わない何かだ。
あまり考えてこなかったが、やはりこいつも人間なのだろうか?
「昼間に来るとこんな感じなのか」
「うん、綺麗でしょ?」
真昼の月のような淡い輝きの星は、それゆえの力強さのようなものが有って美しかった。
言うのはなんだか癪だが、少し得した気分だ。
「今何時だ? ……あ、お前に聞いても無駄か、帰る」
「なんだよー、ゆっくりしていってよ?」
「無理。こんな理由で授業休むとかないわ。じゃあな。……今度こそ、絶対に来ないからな」
「……あ、またネ?」
去り際に見たあいつは、今までの笑顔とは違う妙な表情をしていた。
目が覚めると保健室で、どうやら話していたアイツが運んでくれたらしいということが分かった。
心配してくれる先生に体調が戻ったことを伝えると、急いで教室に戻った。教室は授業が始まろうかというところで、ギリギリ間に合ったことを悟った。
この日ばかりは、無駄に早く来ていて良かったと思った。




