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箱庭と猫 第二部 ―聖霊の試練編― 上  作者: 山本陽之介
第3章 蒼波ヲ凌グ

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第47話 月光水の模索

 ベル歴995年雷の月7日、深夜。


 マリノン海洋国の首都セレナの中枢、巨大な海水湖に浮かぶマレード宮。


 その深くに位置するピア・マリノンの執務室『静淵の間』は、分厚い耐圧ガラスと堅牢な石柱によって囲まれ、宮殿を包み込む水中の世界を一望できる特別な構造となっていた。


 日中であれば、太陽の光が水底の波紋を天井に描き出し、色鮮やかで美しい魚たちが群れを成して泳ぐ姿が見られるはずだ。


 だが今は深夜。青白い月明かりが水中に差し込み、暗い水底を静かに照らし出している。視界を横切るのは、休むことなく泳ぎ続ける銀色の回遊魚の群れだけだった。


 現在、執務室に残っているのは女王ピアとレオの二人だけだった。


 深い眠りに落ちたエクレアを連れたシルビアは、フルーナの護衛のもと、すでにホテルへと帰還している。


 海を思わせる深い青の王衣を纏う女王ピアが、グラスの縁を指でなぞりながら静かに問いを投げる。


「それで?どうするのだ、レオ」


 レオは、窓ガラス越しに暗い水底を見つめていた視線を外し、ピアへと向き直った。


「うーん。正直難しいよなあ。なあ、ピア。冬前の定期便が来るとして、いつ頃なんだ?」

「例年通りなら、雷の月の35日前後だな」

「それは、オリガタが〝まともな状態〟なら、の話だろ?」

「そうだな」

「それまで、オリガタという国がっているかが問題だな」


 ピアはグラスから指を離し、視線を僅かに落とす。


「たしかにな。現状を鑑みるに、あの国の崩壊が刻一刻と近付いているように見えるな」

「だろ?それに、俺自身は試練の途中で、正直オリガタのことにまで手が回らない。相手はエヴィスの背後にあるルーメン神教国、さらにはマオンが潜んでいる可能性があるわけだろ?」

「そのとおりだな」

「俺は実際にマオンと戦い、自身の力不足を痛感した。それを解決するために試練を受けている最中だ。ベル様に会えたとしても、貰えるかもわからない〝聖霊の加護〟を得ることこそが、俺がマオンに対抗できる唯一の手段だと考えているんだよ」


 ピアが鋭い視線をレオへ向ける。


「ならば、オリガタを見捨てるか?」

「言い方悪いな。結論を急ぐなよ。俺は別にオリガタを見捨てたいわけじゃない。オリガタを盗られたら5年雷の月7日、深夜。


 マリノン海洋国の首都セレナの中枢、巨大な海水湖に浮かぶマレード宮。


 その深くに位置するピア・マリノンの執務室『静淵の間』は、分厚い耐圧ガラスと堅牢な石柱によって囲まれ、宮殿を包み込む水中の世界を一望できる特別な構造となっていた。


 日中であれば、太陽の光が水底の波紋を天井に描き出し、色鮮やかで美しい魚たちが群れを成して泳ぐ姿が見られるはずだ。


 だが今は深夜。青白い月明かりが水中に差し込み、暗い水底を静かに照らし出している。視界を横切るのは、休むことなく泳ぎ続ける銀色の回遊魚の群れだけだった。


 現在、執務室に残っているのは女王ピアとレオの二人だけだった。


 深い眠りに落ちたエクレアを連れたシルビアは、フルーナの護衛のもと、すでにホテルへと帰還している。


 海を思わせる深い青の王衣を纏う女王ピアが、グラスの縁を指でなぞりながら静かに問いを投げる。


「それで?どうするのだ、レオ」


 レオは、窓ガラス越しに暗い水底を見つめていた視線を外し、ピアへと向き直った。


「うーん。正直難しいよなあ。なあ、ピア。冬前の定期便が来るとして、いつ頃なんだ?」

「例年通りなら、雷の月の35日前後だな」

「それは、オリガタが〝まともな状態〟なら、の話だろ?」

「そうだな」

「それまで、オリガタという国がっているかが問題だな」


 ピアはグラスから指を離し、視線を僅かに落とす。


「たしかにな。現状を鑑みるに、あの国の崩壊が刻一刻と近付いているように見えるな」

「だろ?それに、俺自身は試練の途中で、正直オリガタのことにまで手が回らない。相手はエヴィスの背後にあるルーメン神教国、さらにはマオンが潜んでいる可能性があるわけだろ?」

「そのとおりだな」

「俺は実際にマオンと戦い、自身の力不足を痛感した。それを解決するために試練を受けている最中だ。ベル様に会えたとしても、貰えるかもわからない〝聖霊の加護〟を得ることこそが、俺がマオンに対抗できる唯一の手段だと考えているんだよ」


 ピアが鋭い視線をレオへ向ける。


「ならば、オリガタを見捨てるか?」

「言い方悪いな。結論を急ぐなよ。俺は別にオリガタを見捨てたいわけじゃない。オリガタを盗られたら、海を挟んでいるとはいえ、八英雄の国だってマズイことになる」

「その通りだな」

「ただ、今の俺が直接行ったところで、何もできないとは云わないが、できることは少ないよ」


 レオは感情を交えず、自身のリソースと状況を客観的に評価する。クロース家の次男として、またかつての英雄としての記憶を持つ者として、彼は常に全体の盤面を見渡していた。


「では、どうする?八英雄の国の長たちに頼んでみるか?」

「それはやめとこう。それこそ、彼らの不在を狙って何が起きるかわからないから」


 八大聖霊を守護する国々の王が同時に動けば、それこそ敵の思う壺だ。


 レオは腕を組み、視線を落として思索に沈む。数秒の沈黙の後、顔を上げたレオが静かに問いを投げる。


「なあ、ピア。マリノンからオリガタまでの海図ってあるか?」

「ああ。あるが、なにか良い案でも浮かんだか?」

「いや、ちょっと見たいんだ」

「そうか、ちょっと待て」


 ピアが立ち上がり、執務室に並ぶ幅広のキャビネットへと歩み寄る。そして、中段の引き出しから大きな紙を取り出した。


 彼女は客対応用のローテーブルの上に、その紙を広げる。


「これがそうだ」


 広げられたのは、マリノンから極東に浮かぶオリガタ皇国までの海路が詳細に記された海図だった。


「ピア。こいつの写しを貰ってもいいか?」


 レオは海図へ視線を落とし、描かれた航路を目で追いながら短く要求する。


「本来は海運局の許可がいるな。まあ、今は私の一存で出そう」


 ピアが女王としての権限を示しつつ、小さく鼻を鳴らす。


「ありがとう、ピア」

「で?それをどうするのだ?」


 ピアは海図を広げたまま、レオへ問いを投げた。


「ああ。まだ考え中ではあるが……。そうだ、ピア。連絡船か遊覧船で、余っているものはないか?出来れば〝単胴船〟で」

「ん?過去に使っていたものなら幾らか残っているが――」


 ピアの言葉が途切れる。


 現在のマリノンにおいて、島々を渡る船や遊覧船は、オリガタ製の双胴船で統一されている。あえて旧式の単胴船を指定したレオの意図に行き当たったのか、ピアは深い青の瞳を細め、真っ直ぐにレオを見据えた。


「レオ。お前、まさか……」

「いやいや、待て、ピア。何を考えているか知らないが、俺は選択肢を増やしているだけだからな」


 レオは両手を軽く前に出し、女王の鋭い推測を遮るように飄々と応じた。


「……そうか」


 ピアはそれ以上深くは追及せず、僅かに口角を上げて短く返す。


「出来ればそれも欲しい。買えるか?」

「なにを云っている?金などいるものか」

「いや、でも。高いだろ、船」

「阿保か、お前は。我が国の友好国のゴタゴタに、お前を巻き込んだのは私の方だ。遠慮などするな」


 女王としての責任と、かつての戦友に向ける気安さを交え、ピアは豪快に笑い飛ばした。


「それで、レオ。なにを考えている?」

「お察しの通りだよ。直接乗り込む算段さ」


 レオは広げられた海図の一点――極東の島国を指先で軽く叩き、淡々と答える。


「まあ、だろうな。だが、レオ。今のオリガタには簡単には入れないぞ」


 ピアは海図へ視線を落とし、女王としての厳しい表情で忠告する。


「乗組員の話じゃ、オリガタの港だけではなく、それ以外の場所にも〝監視網〟が張り巡らされている。鎖国をするうえでも必要な措置だろう。おそらく国全体もそうだと考えた方がいい」

「まあ、当然だな。そこらへんはどこの国も一緒だろ」


 レオは海図から視線を上げ、事実をそのまま受け入れて短く返す。


「なにか良い手でも?」

「それを考えるために、持ち帰るんだよ」

「持ち帰る?あー、≪クロノ・ボックス≫か」


 ピアがレオの持つ時空属性の収納魔法を思い出し、納得したように頷く。


「そそ。さすがに今すぐ結論は出せないからね」


 レオはいつも通りの調子で、静かに答えた。


「俺はとりあえず、試練を回る。だが、オリガタの情報を常時受け取る手段も欲しい。一度持ち帰って、いい手を考えたい」


 レオは広げられた海図から視線を上げ、自身の意図を簡潔に述べる。


「といっても、レオ。私に海図と船を要求したんだ。ある程度は決まっているのだろう?」

「ははっ。本当にある程度だよ。大雑把な骨組みってところだ」


 レオは隠すことなく、軽く肩をすくめて応じる。


「訊かせてみよ」

「ん?ああ。船を改造する。ヒトを送り込む。以上だ」

「本当に大雑把だな」


 ピアが呆れたように小さく息を吐く。


「仕方ないだろ。俺としてはフローをオリガタに送り込みたいんだが、次の火の試練を早く終わらせるには、フローの参加が必須だ。これは譲れない。だが、時間もあまりない。遅れれば遅れるほどオリガタが追い込まれるからな」


 レオは現状の手札と制約を論理的に天秤にかける。


 火の大聖霊イグフォイアが座す聖域を護る絶対防衛機構『五重輪オクト・クインタ』。その内部に敷設された試練の回廊『フレマ・コリドー』の攻略において、最大の対抗手段となる水の聖猫を欠くことは、戦力の著しい低下を意味する。


「ではどうするのだ?誰を送り込む」

「そこなんだよなあ」


 レオは腕を組み、再び海図へと視線を落とした。


 海図を見つめたまま数秒の沈黙が落ちる。やがてレオは組んでいた腕を解き、小さく息を吐き出した。


「……正直なところ、今はこれ以上の具体的な手立ては思いついていない」

「ほう。お前でも行き詰まることがあるのだな」


 ピアが目を細め、面白そうに口角を上げる。


「当然だろ。情報も手札も足りない状況で、完璧な答えなんて出やしないさ。それに、今は次の火の試練の対策で頭を占めているからな」

「カッカッカッ。違いない。ならば、今は目の前の試練に集中するがいい。単胴船のほうは、私手ずから見繕っておこう」

「ああ、助かるよ」


 レオはテーブルの上に広げられた海図から手を離し、視線をピアへと戻した。


「海図の写しと船の準備ができたら教えてくれ」

「承知した。お前が戻るまでに用意しておこう」


 ピアは力強く頷いた後、ふと視線を伏せた。


「……我が国とオリガタは国交を結んでいるが、他国の内乱に軍を介入させるわけにはいかん。表立って動けない私に代わり、お前に裏の仕事を背負わせることになる」


 ピアは静かに顔を上げる。


「すまんな、ショウ」


 女王としてではなく、かつての戦友に向けられた飾らない謝罪。


 レオは短く息を吐き、静かに返した。


「ああ。まあ、仕方ないさ」


 分厚い耐圧ガラスの向こうでは、銀色の回遊魚の群れが、青白い月明かりの中を休むことなく泳ぎ続けている。

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