表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭と猫 第二部 ―聖霊の試練編― 上  作者: 山本陽之介
第2章 翠嵐ヲ越ユ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/56

第32話 荒野の大工房

 ベル歴995年、土の月30日。


 クロロン大森林の行脚は、広大な森に点在する十の部族を巡る、地道な説得と測量の連続だった。


 レオ・クロースは【マナロジカ】で各地の地盤の硬さ、風の抜け方、マナの流動係数を数値化し、エルフの族長たちに提示し続けた。


 西の関所を管理するスカンス族の族長フェリシアには、地盤の脆い箇所を特定し、王弟ヴォルグの物理的な警備と組み合わせた新たな防衛ラインを策定した。


 水辺を管理するリーレル族の族長ラーニには、針葉樹だけでなく、深く広く根を張る広葉樹を要所に残すことで森の土台を飛躍的に強固にする「混交林」の理を説いた。


 行く先々で、木を切ることや機械文明の気配に対するエルフたちの反発はあった。しかしレオは感情論で返さず、放置すればどうなるかという客観的データと、森を護るための明確な処方箋を淡々と提示した。ヴァルグ王の同行も働き、彼らは徐々にその理を受け入れていった。


 ここまでくるのに要した期間は、二十日間以上。


 全ルートの測量と間伐の指示を終えた頃、トレヴァ族とスカンス族の境界から、ついに歴史的な間伐が開始された。


 エルフたちが森の理に寄り添った魔法と高度な木工技術で、密集した針葉樹を切り倒していく。レオは切り出された最初の数十本分の極上の間伐材を、無造作に時空属性の収納魔法≪クロノ・ボックス≫へと吸い込んでいった。


 その規格外の収納量を見たトレヴァ族の族長ラウールが、呆れたように鼻を鳴らした。


「おい。これだけの量を軽々と運べるなら、マナトレインなんて鉄の塊を通す必要はないだろう。お前のその奇妙な魔法で運べばいいじゃないか」

「俺がいつでも来れるわけじゃないだろ。俺一人の魔法に依存するのはインフラとは呼べない。誰でも持続的に森の資源を回せる仕組みを作ってこそ、意味があるんだ」


 魔法を属人的な奇跡としてではなく、社会の仕組みとして定着させる。その技術者としての真っ当な返答に、エルフたちは返す言葉を失い、静かに作業へ戻っていった。


 最初の間伐材を確保したレオは、【ベルコネクト】で次元の狭間にある箱庭の地下倉庫を経由し、アイゼン王国の西端へと空間を繋いだ。


 扉を抜けたレオは、目の前に広がる光景に僅かに目を見開いた。


 かつてクプファー公爵家が治めていた西の国境都市の郊外。そこには今、堅牢な石と金属で組み上げられた巨大魔導工房が堂々たる姿を現し、マナを動力とする重機が低い駆動音を響かせている。


 工房の周辺には、開拓作業員や技術者だけでなく、工房相手の商売を目論む商人たちの店舗がひしめき合っていた。


 さらに、資材搬入のための真新しい駅舎と、どこまでも伸びる軌道までが急ピッチで敷設されている。


「本当に仕事が早いな。もう、一つの街みたいになってるじゃん」


 レオが感嘆の声を漏らすと、前方から見知った人影が歩み寄ってきた。


「お帰りなさいませ、レオ様。お待ちしておりました」


 黒の執事服に身を包んだ従者、ノイアーだ。


 彼はこの新領地の開拓実務と、祖父マルセルの暴走を監視しサポートするために王都から派遣され、この地を預かっていたのである。行脚に出る前、レオから彼へはある程度の事情が≪念話≫で伝えられていた。


 その背後から、白のシャツに機能的なスラックスというラフな出で立ちながら、柔らかな微笑みを浮かべた青年が続く。次期侯爵であり、魔道具開発局の副局長を務める兄、マルクス・クロース。


 さらに、顔に油の染みをつけ、首に太いタオルを巻き、真新しい作業着に身を包んで豪快に笑う老人。祖父であり、元局長のマルセル・クロースである。


「あれ?兄貴は親父と一緒じゃないのか?」


 レオが問うと、マルクスは手元の魔導端末から顔を上げ、優しく微笑んだ。


「ああ。俺は次の定期修繕から合流する手筈になっているんだ。それまでは、この新領地での工房の立ち上げと、局の残務処理さ。親父の奴、三年分の遅れを取り戻すとか言って、ろくな引き継ぎもせずに飛び出していってしまったからね」


 マルクスは微かに溜息をつくが、その声には多忙を楽しむような余裕と、家族への愛情が滲んでいた。


「で、ただの視察じゃないんだろう?わざわざ顔を出したということは、それなりの手土産があるはずだね」


 マルクスが穏やかな視線を向ける。


「ああ」


 レオは何もない空間に右手を翳した。空間が水面のように揺らぎ、時空属性の魔法陣が展開される。


 レオが指を鳴らすと、波紋の中から次々と巨大な丸太が吐き出され、重い地響きを立てて乾いた大地に積み上がっていった。


 瞬く間に形成された数十本の間伐材の山。舞い上がった土埃が晴れると、周囲の技術者たちも手を止めてその光景を呆然と見つめた。


 冷静なマルクスも、少しだけ目を見開いた。


「おいおい、レオ。まさかお前、あの頑迷なエルフたちを説得して、木材を差し出させたのかい?」

「説得っていうか、互いの利害が一致した結果の共同事業だよ。エルフたちが自らの手で間伐し、うちの技術で搬出する。それに、これがないと始まらないだろ」


 レオが淡々と事実を告げると、マルクスは感心したように息を吐いた。


 マルセルは積み上がった木材に駆け寄り、その樹皮を撫で、切り口の匂いを深く嗅ぎ込んだ。異常なほどのマナ密度に、エルフの森特有の清浄な香りが漂う。


「カッカッカッ!若干細いが、さすがエルフの管理する森のいい素材だ。事前にノワルから訊いておったからな。ある程度の準備は出来ている。あとはせがれの設計図と……」


 マルセルが少年のように目を輝かせ、振り返る。


 レオは傍らの空間を波立たせ、≪クロノ・ボックス≫から丸められた数枚の製図用紙を取り出すと、マルクスに手渡した。


「これが親父が引いた木製マナトレインの基礎設計図だよ、じいちゃん。車体のメイン素材に、この間伐材を使用する」


 マルクスは用紙を受け取り、図面を開いた。彼の視線が、図面の細部を舐め回すように動く。


「鉄の代わりに、圧縮・硬化処理を施した木材を使う、か。レールとの反発を生むマナ共鳴体も木材の繊維に沿って埋め込む構造だね。……強度は問題ない。むしろ、これほどのマナを帯びた木材であれば、下手に鉄を使うよりも魔導回路との親和性は高いよ」


 冷静な分析を口にするマルクスの瞳には、魔道具開発局副局長としての、技術者の血が騒ぐ光が宿っていた。


 横から設計図を覗き込んだマルセルは、豪快に笑い声を上げた。


「ようやく完成したこの工房の処女作として、申し分ない。『木のマナトレイン』は、歴史的にも最高の大仕事になるぞ!」


 祖父の笑い声の横で、マルクスは手元の魔導端末を操作し、即座に人員と資材の配置計算を始めた。


「親父の無茶な設計通りに組み上げるなら、既存のラインじゃ対応できないね。この木材専用の圧縮加工ラインを新設する必要がある。有限な鉄より、今後この素材がメインになっていくかもしれないことを考慮しないとね。魔力炉の出力配分を変更して、硬化術式の専門術士を王都から三名呼ぼう。いいだろう。この新領地に建てた最初の工房の仕事として、最高のものに仕上げてみせるよ」

「頼むよ、兄貴、じいちゃん」


 レオが頷くと、マルセルは木材の表面を叩き、工程を見積もりながら言った。


「間伐材の加工と車体の建造には、ワシらとマルクスが徹夜で取り掛かっても、それなりに時間はかかるぞ」

「森の間伐の指示はしてあるから、緊急で土砂災害を起こすことはないだろうが、それでも早めにかつ丁寧な仕事をお願いしたい」

「カッカッカッ。誰にものを云っておる」


 マルセルが自信に満ちた笑い声を響かせる。


「ワシらクロースの技術を舐めるなよ。エルフどもが腰を抜かすほどの芸術品に仕上げてやるわい」


 レオは、自信満々のマルセルに頷いたあと、マルクスに顔を向ける。


「そういえば、兄貴。カリーナさんとは?」


 レオがふと思い出したように尋ねた。


 グラナト侯爵家の次女であり、マルクスの婚約者である彼女とは、三年前の偽装死によって一度は引き裂かれていた。

 

 しかし、先日のアイゼン王国の動乱の際、二人は無事に再会を果たしている。


「ああ。結婚が決まったよ」


 マルクスは手元の端末を操作したまま、事も無げに答えた。しかし、その口元には隠しきれない柔らかな笑みが浮かんでいる。


「おー!それは良かった」


 レオが短く祝福の声を漏らす。


「カッカッカッ!時期が来たら、この新領地で盛大に式を挙げてやるわい!」


 マルセルが豪快に笑い、マルクスの肩を力強く叩いた。


 マルクスが肩を摩りつつ、端末から目を離さずレオに問う。


「それで、レオ。次はどこへ行くんだい?」

「マリノンだよ」


 水の大聖霊アイルヴィーズが守護する、長命のセイレーン族が治める海上都市国家。そこは、鎖国状態にある東の島国オリガタ皇国と唯一国交を持ち、独自の文化や技術が流入している国でもある。


 そして、マイペースな花魁言葉を使う水の聖猫フローが待つ場所だ。 


「マリノンか。セイレーン族とオリガタの文化がわずかに入り交じった、水の都か。俺も一度は行ってみたいね」

「ははっ。そのうち行けばいい。新婚旅行とかでさ」

「新婚旅行か。それもいいね。でも、マオンの存在が不安な今の情勢じゃ、そうもいかないだろ。だが、行けるなら、ゆっくりと観光したいね」

「その時は、〝寝台マナトレイン〟をお勧めするよ」

「ふふっ。相変わらずだね、レオは」


 マルクスは端末から視線を外し、レオを見て、呆れるように苦笑した。


 レオは傍らで執事然として黙していたノワルに視線を向ける。


「ノワル。引き続き頼むな」

「お任せを」

「それと、兄貴。ここから先は、兄貴たちの仕事だ。マナトレインの完成、期待してるよ」


 レオが踵を返す。


「ははっ、誰に言っているんだ。次にお前が戻る頃には、森を走るに相応しい最高の車体を用意しておいてあげるよ」


 マルクスの温かく頼もしい言葉を背に受け、レオは空間を繋ぐための準備を整えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ