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箱庭と猫 第二部 ―聖霊の試練編― 上  作者: 山本陽之介
第2章 翠嵐ヲ越ユ

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第30話 族長会議

 ベル歴995年、土の月8日、10時。


 セルバン森林都市国の首都『大樹クロプスト』。その中層に位置する巨大な洞うろの内部に設けられた「風の円卓」。


 そこは「森の評議会」の場として機能する、セルバンにおける意思決定の最高機関である。

 

 自然の造形をそのまま利用した広大な円形の空間には、数千年の時を刻んだ巨大な切り株の円卓が配置されている。壁面には強靭な植物の蔓が精緻に編み込まれ、ガラスの代わりに張られた微細な風だけを通す半透明の膜が、外の陽光を優しく取り込んでいた。


 円卓の周囲には、十人のエルフが着席していた。彼らこそが、広大なクロロン大森林に点在する各自治区を管理する十の部族長たちである。


 絶対的なカリスマを持つ初代国王ヴァルグを頂点としつつも、各部族の自治を尊重するセルバンにおいて、彼らの合意なくして国の重要事項は動かない。


 そして、この円卓に連なる長命なエルフ族のなかには、千年前の災厄との聖戦において、かつての英雄との共闘を直接経験している者も多数存在する。


 上座に座るヴァルグ王の隣には、国境警備総隊長である王弟ヴォルグが控えている。そして、彼らと対峙するように下座の席を与えられているのは、レオ・クロースただ一人であった。


 魔力枯渇から目覚めたものの復調のため、猫の姿で過ごしている氷の聖猫シャルルと、聖女シルビア。風の聖猫リエリー、さらには闇の大聖獣カドリーの分身体であるキュートは、すべて王邸の客間に残してきている。


 森の民にとって異物でしかないヒュマーノ族が、この神聖な評議の場に足を踏み入れることなど、建国以来一度もなかった事態だ。


 もっとも、今日のレオはエルフたちの文化に最大限配慮し、機械的な装飾を極力排した私服の旅装に身を包んでいる。白シャツにブラウンのベストを羽織った、身軽な出で立ちである。


 しかしそれでも、レオが懐に忍ばせている【マナロジカ】の真鍮ケースから漂う微かな匂いや、彼が纏うヒュマーノ族特有の気配は、機械文明を拒絶し他種族を排斥してきたエルフの族長たちにとって明確な異物であることに変わりはなかった。


 族長たちの視線には、明らかな警戒と不信の色が混じっている。大樹の洞うろを吹き抜ける清浄な風すらも、重く淀んでいるように感じられた。


「急な招集に応じてもらい、感謝する」


 上座のヴァルグが静かな、しかし空間の隅々まで通る声で開会を宣言した。族長たちの間のざわめきがピタリと止む。


「今日、これより話す内容は、我が国の存亡に関わる重大な決定だ。……だが、その前に。まずは我らが迎えた客人の紹介をしておこう」


 ヴァルグは、対面に座る青年へと視線を向けた。


「彼はアイゼン王国、クロース侯爵家次男、レオ・クロースだ」


 その名が発せられた瞬間、円卓の空気が一段と冷え込んだ。


 森の民にとって「クロース」という家名は、かつて自然の理ことわりを無視して鉄と機械を押し付けようとした初代ノーマン・クロースの記憶と強く結びついている。


 族長たちの眼差しが、警戒から明確な敵意へと変わる。


 だが、ヴァルグは彼らの反応を意に介さず、現在の森の危機的状況といった背景説明を一切省き、冷徹な事実のみを本題として突きつけた。


「今日集まってもらったのは他でもない。現在の森の状況に対し、私は、クロース家の力を借りることを決めた」


 円卓が、一瞬の静寂に包まれた。


 あまりにも唐突で、そしてエルフの法と誇りを根底から覆す決定。理由も語られぬまま突きつけられたその言葉に、族長たちが即座に受け入れられるはずもなかった。


「クロース家ってあのクロース家か!?」


 沈黙を破り、一人の屈強なエルフが席を蹴って立ち上がった。


 木を傷つけずに加工し、森の景観と一体化した建築を行うトレヴァ族の族長、ラウールである。


「ああ」


 ヴァルグは表情を変えずに短く頷いた。


「魔道具開発の大家で、あの、クソノーマンのか?」

「ああ。その通りだ」

「ふざけんな!そんなところの魔道具なんか受け入れられるわけねえだろうが!」

「これは、決定事項だ」


 王の静かな、しかし絶対的な宣告。だが、生粋の職人肌であるラウールは怯むことなく声を荒らげた。


 彼はエルフのなかでも特に長命であり、建国以前の若き日の王を知る数少ない古参の一人である。


「はあ!?だからそれを待てって云ってんだよ、ヴァルグ坊!大体魔道具ってのはなんだ!?」


 怒りに任せて飛び出したかつての呼称にも、ヴァルグは眉一つ動かさない。


「魔道具とは云っていないが?」

「んなこたどうでもいいんだよ!クロース家って名がそう云ってんだよ!いったいなにをこの森に取り入れようってんだ!」


 ラウールが円卓に両手をつき、王を睨みつける。 ヴァルグは一切の感情を交えず、淡々と最大の禁忌を口にした。


「マナトレインだ」

「はああ!!??」


 ラウールの絶叫を皮切りに、それまで抑え込まれていた他の族長たちの不満が堰を切ったように爆発した。


 千年前、初代ノーマンが森を切り裂いて鉄の道を敷こうとした歴史。エルフにとって、マナトレインとは自然の静寂を破壊する不浄の機械そのものである。


「我々の森に、鉄の塊を通すなど断じて認められん!」


 聖域周辺に住むアルヴ族の族長ミーナが、強い拒絶の声を上げる。


「そうだ!ノーマンの血族の言うことなど、聞く耳持たぬ!」

「いくら王の決定とはいえ、あの忌まわしい機械に頼るなど誇りを捨てるようなものだ!」


 次々と立ち上がる族長たち。円卓は、ヒュマーノ族への不信と機械文明への根深い嫌悪によって、完全に話を聞く耳を持たない拒絶の嵐と化していた。


 その怒声の渦の中で、レオは小さく息を吐いた。


 彼は技術者である。


 相手を説得するための理論やデータは持ち合わせているが、相手が感情論で耳を塞いでいる状態では、いかなる理屈もノイズにしかならないことを熟知していた。


 レオは事も無げに告げる。


「よし、じゃあ帰るわ」


 レオはあっけなく引いてみせ、席を立って帰るための準備を始めるように背を向けた。


 そのあまりにあっさりとした引き際に、怒声を上げていた族長たちが一瞬だけ呆気に取られ、静まり返った。


「いや、待ってくれ」


 ヴァルグが慌てて立ち上がり、引き留める声を上げた。


 だが、レオは肩越しに振り返り、淡々と告げる。


「いや、ヒトの話を訊かないんじゃ、無駄な時間を過ごしかねない。例え後になって説得できたとしてもまた説明し直すのか?」


 理路整然と、かつ冷徹な正論。その言葉に、ヴァルグの隣に立っていた王弟ヴォルグが、腕を組んだまま低く「たしかに」と呟く。


 他種族排斥の急先鋒であるはずのヴォルグが、ヒュマーノ族の青年の撤退論に同意した事実に、族長たちの間にさらなる困惑が広がる。ヴォルグは昨日の一件で、目の前の青年が誰であるかを既に理解している。無駄を嫌い、効率と理を優先するその態度は、彼が知る「あの男」そのものだった。


「あきらめろ、ヴァルグ」


 レオが冷ややかに言い放つ。


「だが――」


 ヴァルグが食い下がろうとした、その時だった。


「お待ちください」


 静かだが、凛とした通る声が円卓に響いた。 立ち上がったのは、西の国境地帯を守護するスカンス族の族長、フェリシアである。


 結界の管理者としての重責を背負い、最前線を守り続ける誇り高き戦士。彼女の佇まいには、ヒステリックな怒りではなく、国と王を案じる純粋な忠誠心と気高さが満ちていた。


「いかに王がお決めになり、そこの御仁が英雄の家系とはいえ、その不遜な態度は看過できません。……王の御前において、そのような無礼な物言いは控えていただきたい」


 フェリシアが鋭い眼差しでレオを射抜く。その完璧なまでの忠臣としての振る舞いに、円卓の空気が再び張り詰めた。


 だが、その緊張を打ち破るように、ヴァルグ王の低く、重い声が響き渡った。


「……フェリシア。そして貴様らの中にも、覚えている者がいるだろう」


 ヴァルグの声が、空間の隅々まで響き渡った。


「彼の言動、その立ち振る舞い。……そして、かつて我々と共に死線を潜り抜け、この世界を救うために理を計算し尽くした男の姿を」


 その言葉に、フェリシアの動きが止まり、ラウールをはじめとする長命な族長たちがハッとして息を呑む。彼らの視線が、改めてレオの奥にある気配を食い入るように見つめる。


みなには伝えていなかったが、この青年は、ただのクロース家の次男ではない。聖霊王の固有魔法オリジンにより、千年前の聖戦において我々と背中を預け合った友……『ショウ』の記憶と魂を受け継ぐ者だ」


 円卓の空気が、完全に凍りついた。


 その名を伏せられた英雄、ショウ。


 他種族を排斥するエルフたちにとってすら、別格の敬意の対象であるその名が明かされた瞬間。聞く耳を持たなかった頑なな族長たちの瞳に、深い驚愕と畏怖が浮かび上がった。


 その圧倒的な静寂の中、フェリシアが信じられないものを見るようにレオを見つめ……そして、ゆっくりと口を開いた。


「英雄……ショウ様。……本当に、その方があのショウ様でいらっしゃいますの?」


 結界の管理者としての気高さがなりを潜め、千年前の戦友を見る、一人のエルフとしての声。


 レオは、ふっと肩の力を抜き、かつての親友に向けるような穏やかな笑みを浮かべた。


「久しぶり、フェリシアさん。……相変わらず、凛としていて綺麗だ」


 その気安い、しかし確かな親愛の籠もった言葉に、フェリシアは目を見開いた後、淑やかに、だが心からの喜びを込めて微笑んだ。


「まあ……その話し方。ふふっ、相変わらず、お口が上手いですこと」


 彼女は王の御前であることも忘れ、懐かしむように小さく会釈をした。


 千年の時を超えた、戦友同士の再会。


 だが、その感動的な光景の傍らで、一人だけ露骨に視線を泳がせている者がいた。


 国境警備総隊長である王弟ヴォルグだ。


 彼は、かつての友が何の躊躇いもなく「綺麗だ」と気の利いた言葉を贈り、想い人であるフェリシアがそれを嬉しそうに受け入れている姿を見て、千年間何の進展もない己の不甲斐なさに内心で頭を抱えていたのである。


 レオはそんなヴォルグの様子を見逃さず、悪戯っぽく肩をすくめた。


「……で、ヴォルグ。千年経って、お前はフェリシアさんに気の利いた言葉の一つでも贈れたのか?」

「なっ!?こ、この場でその話をするな!ショウ!」


 先ほどまで腕を組み、重鎮の顔をして立っていたヴォルグの顔から、一瞬で威厳が消え去り、耳の先まで沸騰したように赤く染まる。


「気の利いた言葉、ですか?ヴォルグ様が?」


 フェリシアが不思議そうに小首を傾げる。千年前の恋愛相談など露知らない彼女は、上司の不自然な狼狽の理由が全く分かっていなかった。


「な、なんでもない!気にするなフェリシア!」


 ヴォルグが悲鳴のような声を上げ、顔を逸らす。


 その威厳など微塵もない無様な姿に、激昂していたラウールをはじめとする族長たちは完全に毒気を抜かれ、呆気に取られて立ち尽くした。


 重く淀んでいた評議会の空気が、一気に崩れた。


 ヴァルグ王は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながらも、静かに息を吐いた。


「……これで、少しは聞く耳を持つ気になったか?同胞たちよ」


 王の呆れ混じりの問いかけに、ラウールをはじめとする族長たちは顔を見合わせ、やがて気まずそうに、ゆっくりと席へと腰を下ろした。


 千年の停滞と呪縛を打ち破るための、真の対話が、ここから始まろうとしていた。

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