第20話 森都の拒絶と王の同行
関所からここまでの道のりは、エルフたちが手入れをした美しい広葉樹の森だった。
一見すれば何の問題もない豊かな自然に見える。だが、レオの目には少しだけ引っかかるものがあった。
「――到着だ。ここが風の聖域を守護する砦、五重輪だ」
案内されたのは、美しい木造建築が並ぶと噂の首都セルバン……ではなく、鬱蒼とした森の最奥。断崖絶壁に囲まれた峡谷の入り口に、巨木と岩盤が複雑に絡み合って形成された、天然の要塞の如き巨大な壁の前だった。
「首都へは入れぬ。お前たちのその……鉄臭そうな格好で都を歩かれては、森の民が怯える」
ヴァルグ・セルバンは背を向けたまま、冷ややかに言い放つ。
「目的は試練だろう?入国は認めたが、我々がそなた等ヒュマーノ族を認めたわけではない。さっさと終わらせ、さっさと帰るがいい」
取り付く島もない拒絶。だが、レオは表情を曇らせることなく、涼しい顔でその背中を見つめた。
「……感謝します、ヴァルグ王。場所を提供していただくだけで十分です」
「フン。口だけは達者だな、ノーマンの末裔よ」
ヴァルグは深緑の瞳でレオを一瞥すると、傍らに控えるリエリーに視線を移した。
「リゼよ。掟は知っているな?風の眷属である其方が、中へ手引きすることは許されん」
「存じておりますわ、ヴァルグ様。ワタクシはこちらでお待ちしております」
リエリーが優雅に一礼し、レオに向き直る。残念そうに眉を下げているが、ルールは絶対だ。当該属性の聖猫は、試練の「答え」を知っているため同行できない。
「レオ様。ここから先は『風』の理が支配する領域。……風は目に見えませんが、それ故に鋭い刃にもなり得ます。くれぐれも、お気をつけて」
「ああ、行ってくる。留守を頼むよ」
レオは頷き、シルビア、そして護衛役のシャリーナと共に、風が吹き荒れる砦の門へと向き直る。 キュートもまた、リエリーと共に待機だ。高位の魔力体である聖獣の分身は、試練の場に干渉しすぎるために入れない。
レオは第1門の脇へ進みながら、≪クロノ・ボックス≫から【ベルコネクト】を取り出した。
「では、行こうか」
レオが第1門の脇にある石壁――第零門の鍵穴へ【ベルコネクト】を差し込もうとした、その時だった。
「待て」
背後から、冷ややかな声が掛かる。振り返ると、ヴァルグがその身の丈ほどもある大弓を背負い直し、レオたちの横に無言で並び立っていた。
「……陛下?お見送りなら、ここで十分ですが」
「勘違いするな」
ヴァルグは深緑の瞳でレオを一瞥し、鼻を鳴らした。
「お前たちだけで行かせるわけにはいかんと言っているのだ。……ヒュマーノ族の、しかも鉄臭い格好をした連中が、神聖な回廊を土足で荒らすかもしれん。私が監視役として同行する」
「監視、ですか」
「そうだ。それに……」
ヴァルグはふと、閉ざされた扉の方角を睨み、声を潜めた。
「……此の頃、風が『重い』のだ。この五重輪の内部でも何らかの予兆があるやもしれん。王として、それを見極める必要がある」
その言葉に、レオは内心で納得した。やはり、森の王も異変を感じ取っていたか。 だが、その深刻な空気を裂くように、冷ややかな声が響く。
「素直じゃないわね。心配なら心配と言えばいいのに」
シャリーナだ。彼女は腕を組み、呆れたようにため息をついている。
「黙れ、氷女。お前こそ、私の森で余計な冷気を撒き散らすなよ」
「あら、貴方こそ。私の背中に矢を当てようものなら凍らせるだけじゃ済まないわよ?」
バチバチと火花を散らす風の王と氷の聖猫。西の関所での出会い頭から、この二人の相性は最悪だ。
「まあまあ、お二人とも……。行きましょう、レオさん」
シルビアが苦笑しながら仲裁に入り、レオも肩をすくめる。
「ええ。心強い『監視役』を歓迎しますよ、陛下」
レオは飄々と受け流し、鍵を回した。 重厚な駆動音と共に、石壁がスライドし、風の聖域への道が開かれる。
聖域を守護する試練の道、『風の回廊』。
吹き抜ける風は、リエリーが言った通り、鋭い刃のような殺気を孕んでいた。
「行くぞ。遅れるなよ」
ヴァルグが先頭を切って歩き出す。レオたちは顔を見合わせ、その背中を追って風鳴りのする回廊へと足を踏み入れた。
歩き始めて数分。先頭を行くヴァルグが、ふと足を止め、振り返った。 その深緑の瞳が、レオの隣を歩くシルビアの姿――聖職者の法衣ではなく、動きやすいベージュのコートとショートパンツ、そして随所にあしらわれた真鍮の装飾に留まる。
「……嘆かわしい」
ヴァルグは眉間に深い皺を寄せ、心底不愉快そうに吐き捨てた。
「聖女ともあろう者が、そのような恰好を……。太ももを露わにする軽薄さもそうだが、何よりその……『歯車』だ」
ヴァルグの指先が、シルビアのコートのボタンやベルト留めに使われている、精巧な歯車の意匠を指し示す。
「森の民が最も忌み嫌う、文明の回転。噛み合い、擦れ合い、ノイズを撒き散らす鉄の象徴。……アウローラ様の愛し子が、よりによってそんな不浄な印を身につけるとは」
エルフの王にとって、歯車とは「自然の摂理(循環)」に逆らって強制的に力を生み出す、ノーマン・クロース的な傲慢さの象徴に見えるのだろう。
だが、シルビアはヴァルグの批判に怯むどころか、ふふっと余裕の笑みを浮かべ、自身のコートの裾を誇らしげに翻した。
「あら、陛下。お言葉ですが、見る目がありませんわね」
「なに?」
「この装備は、そこらの鉄屑とはわけが違いますのよ?レオさんがわたくしのために仕立ててくださった、最高傑作ですもの」
シルビアは胸を張り、機能的なブーツで石畳を軽く踏み鳴らす。
「聖女の法衣は裾が長くて、格闘戦の邪魔になりますからね。このパンツスタイルなら、可動域は無限大。……いざとなれば、陛下の頭上まで蹴り上げて差し上げられますわよ?」
「……ほう」
ヴァルグのこめかみがピクリと動く。聖女の口から出た「格闘戦」という単語に、王の理解が追いついていないようだ。
そこへ、レオがすかさず補足に入った。
「陛下。誤解なきよう補足しますと、その服に使われている素材は、ただの布や革ではありません」
レオはシルビアのコートの歯車部分を指差しながら、淡々と説明を加える。
「まず生地ですが、これは全て、外で待機しているキュート……闇の大聖獣カドリーの分身が紡いだ『聖なる糸』で織り上げられています。物理防御はもちろん、対魔法防御もオリハルコン並みです」
「……聖獣の糸、だと?」
ヴァルグの目が驚きに見開かれる。
「ええ。そして、陛下が嫌うこの『歯車』ですが……これは機械仕掛けの動力ではありません。あくまで魔力循環のパスとして機能する『魔導回路』を、歯車の形にデザインしたものです」
レオは自身のコートについた同じ歯車を撫でた。
「回転もしなければ、油の臭いもしない。ただのマナの通り道です。……まあ、見た目は少々、私の趣味が入っていますが」
「趣味、か」
「ええ。機能美というやつです」
レオの言葉に、ヴァルグはシルビアの装備を――今度は嫌悪ではなく、鑑定するような鋭い眼差しで見つめ直した。 鼻をひくつかせ、素材の匂いとマナの質を確認する。
「……ふん。確かに、聖獣の臭いと……清浄なマナの気配がするな。鉄と油の悪臭はしない」
ヴァルグはバツが悪そうに視線を逸らし、再び前を向いて歩き出した。
「だが、趣味が悪いことには変わりない。……行くぞ、遅れるな」
その背中は、少しだけ急ぎ足に見えた。
「素直じゃないですねぇ」
シルビアが小声でクスクスと笑い、レオも苦笑して肩をすくめる。一行は風鳴りのする回廊の奥へと、足を進めた。




