18.
「あ、兄さん! さっきユーヌさんからこれを渡してほしいと頼まれて――」
奥の部屋から出てきたアレンを見つけ、輝くような銀色の髪をした元気な女性店員が慌ててカウンターの後ろに置いた皮袋を手にして駆け寄ってきた。
「……これだから師匠は。よく気付いたな」
「ユーヌさんですからねー! えっと、あなたがエレーネさんですね、初めまして。私はミレーヌといいます。遠慮なくミレーヌとお呼びください」
それを受け取り中身を確認したアレンはやれやれといった表情を作りながらも嬉しそうに袋を手に持つ。元気に張った声でミレーヌさんはそれから私に挨拶をしてきた。
「ご丁寧にありがとうございます。エレーネです。はじめまして」
「ふむふむ……なるほど? エレーネさんって、兄さんが言っていた仕事はきっちり分けるタイプというのはこういうことか」
二人はどうやら兄妹弟子の関係のようで、飛び出していったアレンに対してミレーヌが親し気にあれこれと文句をいっていたが、私が相手なら仕方がないと彼女は初対面ながら納得していた。それについて抗議してもよかったが、この様子だとアレンが私のことを色々と話していそうだったので、追求するのは後にしてしばらく様子を見ることにした。
「アレンさん、ずいぶんと仲がいいですね。いくら妹分だからって少し焼けちゃいます」
けれど一向に会話が途切れない。内容も私の知らない彼の話で羨ましい。ミレーヌとばかり話をしているアレンが嫌だ。だから、「私とのデート中ですよね?」と、笑顔を貼り付けて会話を遮った。すると彼は「あー……、さっきの兄さんってのは文字通りで、こいつは実の妹なんだ」と彼女を紹介した。
「改めてになりますが、妹のミレーヌです。兄さんからは隙のない女性と聞いていましたけど……」
最初の挨拶はアレンから聞いていた仕事人間の堅物なイメージだったかもしれないが、嫉妬する私を見て十分に好意を抱いているのは伝わったようでミレーヌは「お姉ちゃんと呼べる日を心待ちにしてますね」と、認めてくれたようだった。その後、彼女は別のお客の対応に呼ばれ、「ごゆっくりしていってくださいね」と仕事に戻った。ユーヌさんにも言われたように店内をゆっくりと見て回る。
「気になる薬草があったら言ってください。効能なんかについてはもちろん、雑学も教えられるから」
もう私が子どもっぽいところは理解しているだろうアレンは先ほどのことを茶化すことなく、私の知的好奇心を満たしてくれるデートを続けてくれた。
「ご利用ありがとうございましたーっ! エレーネさん! また来てくださいね!」
「ええ、必ず。ユーヌさんにもありがとうございましたとお伝えください。では」
ミレーヌに見送られてユーヌさんのお店を出る。デートといっても人目を気にして深い話はあまりできなかったので、こうしてアレンとじっくり話ができたのはとても有意義で楽しかった。その分、時間はかなり経過していたようで日は既に傾いていた。夕日に染まるバルメシアの街はもうすぐ仕事から帰宅する人々で溢れるだろう。
「今日はそろそろ解散でしょうか?」
「あの、エレーネさん。最後に生活総合ギルドに寄っても大丈夫ですか?」
そんな初めてのデートはお開きにするか迷う時間帯だったが、改まった真剣な顔でアレンがギルドへ立ち寄りたいと言ってきた。
「聞かなくても行きたいと言ってくれたら付いていきますよ」
「え……、いいんですか?」
結婚依頼の騒動があり、二人で訪れたら何を言われるかわからない。まして昨日の今日だ。記憶にも新しい以前に、今日もギルドでは私たちの話題で持ちきりだろう。けれど――、だからと言って断るつもりはない。
「今日は一日、私に付き合ってくれたのですからアレンさんからそう言って貰えるとは嬉しいですし、もう少しあなたといられるのなら喜んで――」
提案してきたのにまだ迷っている、その彼の手を取って――、長い時間を過ごしてきた自職場を目指して歩き出した。
「あの、エレーネさん!?」
「デートなんですよ? 互いに結婚依頼を申し込んだ仲じゃないですか」
東地区は私たちを知っている人たちも多いが、人目を気にせず手は離さない私に驚いているアレンだったが、「確かにそうだね」と、弱いながらも握り返してきた。その感触と共に彼の気持ちを受け取った。
「恥ずかしいんですけど、本当はずっと手を繋いで歩きたかったんです」
「え? けど公園では……」
「あの時はいきなりで驚いてしまっただけです。だから、あなたとはすぐに触れられるような距離感で歩いていたのに。もう……アレンさんのへたれ」
自分のことを棚に上げて彼を責めたてる。マリーやサリナ、それにシャルルと親しくなったことで自分でもわかっていた。私は一度、気を許すと、とことんまで親密になりたくなる性格だと。だから逆に、いつもは徹底して事務的な対応をしていたのだと。
「チナンのお店の時だってそうですよ。給仕さんに私は嫉妬してましたし、それくらい貴方が好きだって……伝えたのですから……」
きっと生活総合ギルドに着いたらいつもの私に戻ってしまう。職場では仕事は仕事と切り替わってしまうから。だから今だけ――、この二人の瞬間に私、エレーネとしての気持ちを彼にぶつける。
「俺も貴女が好きです。エレーネさん」
「……ありがとうございます。その心からの言葉が聞けてよかったです」
受付で対応していた時の彼の全て思い出した。確かにシャルルの言うように誘いは受けていたが、アレンの口から好きの二文字を聞いたことはない。なので意識して聞き耳を立てなければ雑踏の音に掻き消されるこの場で、勇気を出して手を繋いだ勢いで聞いたのだ。
「そういえばアレンさん、あの依頼書のことなのですけど――」
あの時はアレンの本気度がわからなくて、依頼の内容も形式的な夫婦を行うものだと思っていたのだが……、今、言葉にされてはっきりとわかった。
「最初、報酬に愛と書いてあったのをラドンさんに消されてましたよね?」
「あー、そうだったそうだった。確かに正式な依頼書としての指摘は正しいとも思ったから修正したんだけど……、よくよく考えたら愛って消す必要なかったのに消されてた辺り賭けで負けた嫌がらせだよな」
私が切り出したことだが、その時のことを彼は思い出してラドン部門長への不満を口にする。けれど――。
「あの、アレンさん。もしかしたら逆かも知れません。もしも最初の依頼で私と結婚していたら愛してくれましたか?」
「そりゃあもちろん! エレーネさんを毎日幸せにしたいと思うくらい最初から愛しているからね!」
これまではこの軽い喋り方の時は冗談で言っているように聞こえていたが、彼なりの処世術というか、照れ隠しで出ているようだ。なので素直に受け止めるが、いかんせん喋り方のせいで私は「ありがとうございます」と義理堅くも短いお礼を言い、話を続ける。
「そうですよね。そうあなたが言うのも、きっと本当に愛してくださるのもわかります」
「エレーネさん! ようやく俺の真剣さをわかってもらえたんだね!」
間違ってはいないので否定もしない……が、「アレンさん。そういうところですよ?」と、何がとは言わず調子に乗らないように釘を指す。
「それでですね。あの依頼書の愛を報酬にしていた場合、アレンさんがその調子だと依頼を達成していないのに報酬を支払ったことになりませんか?」
「言われてみれば確かに……」
「その場合、ギルドとしては依頼は取消になるんです。特記事項に前払い報酬の依頼など書いてあれば別なのですけど、あの依頼書にはありませんでしたから」
あの結婚依頼の報酬について説明すると彼は「あれでラドンに感謝しておかないといけないのか……」と複雑な心境に陥っていそうな顔をして呟いていた。
「そうですよ。顔も言い方も雰囲気も怖い方ですけど、部下のことを気にかけてくれる優しい方なので――」
じゃなければ、あそこで有給休暇を取れなんて言葉は出てこない。少なくとも職員一人ひとりの休暇取得率なんかは全部把握しているはずだ。そんな人が嫌がらせだけでアレンにあんなことをするだろうか?
「今日、デートをできて本当によかったです。そう私が思えるので、きっとラドン部門長の気配りだったのかなと」
「なるほど……。確かに今日という日はラドンのおかげで成り立った。そう言えなくもないか」
ヘソクリの腹いせはあったかもしれないが、私にはそれだけには思えず伝えたわけだが、その考えをアレンも理解してくれた。
そんなこんなで話題は尽きることもなく、今日のことやら昨日のこと、はてはアレンが受けた別の街での依頼のことなど、話を続けて歩いていると生活総合ギルドが見えてきた。
「嫌な雲がかかってますね……」
先ほどまで歩いていた空は雲も夕暮れ色に染まって平和な一日の空だったのが、生活総合ギルド上空だけどんよりと淀んだ暗い雲がかかっていた。そして、ギルド自体も何やら不穏な空気に包まれているように感じた。
「エレーネさん、俺は様子を見てきますからデートはここまでにして自宅へ戻っていてください」
アレンが険しい表情をしながらに「今日は楽しかったです。次のデートも楽しみにしています」と、次の休暇まで結婚依頼の受注はお預けになるためまたデートに誘う宣言をしてくれる。
「はい。私も楽しみにしています。……と、言いたいところですけど、ごめんなさいアレンさん。あの場所は私にとって特別な場所で、大切な友人や後輩がいるんです。だから――私も行きます」
それは受ける。けれど、私もあそこへ行かなければならない。何が起こっているのかわからないが、アレンが行かせなくないということは危険があるということだ。私を危ない目に合わせたくない彼に謝って付いていくことを告げた。
ゴロゴロ……ズシャーンッ!!!
直後、黒い落雷が生活総合ギルドを襲った。




