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19.

 野次馬が集まる生活総合ギルドまで急い向かう。幸いまだ人があまり集まっていなかったので近くまではすぐにいけた。


「なんだどうした?」

「ねぇ、何があったの? 黒い雷のようなものが落ちた気がしたんだけど……」

「キャサリーン! どこにいるんだー!?」


 だが、黒雷が落ちて建物から人が次々と職員たちの誘導で避難しているようで、外へと出てくる人の流れによって中へは入れない。

 

「落ち着いて! 前の人を押さないように慌てずに、こちらへお願いします!」

「入り口前で立ち止まらないでくださーい! 安全が確認できるまで少し離れた場所への退避をお願いしまーす!」

「キャサリン! 無事だったか!」

「ほら、よかったな。飼い主さんが待っててくれたぞ」


 キャサリンと名付けられたリトルタイガードッグ(仔犬)を連れた職員が飼い主へと引き渡す。他にも連れや家族など、知り合いが心配で周辺を離れられない人々によって、どんどんギルド前には出てきた人が溜まり収集がつかなくなり始めていた。

 

「そこのあなた! どさくさに紛れて何しているんですか!」

「ッチ、なんでもねーよ! ――うわっ!」


 さらには火事場泥棒というやつも出現し、手に持っていたギルドの刻印が入った箱を何事もなかったように捨てて去ろうとする男に女性は護身用の色着果実を投げつける。

 

「トムさーん! あの男性の確保をおねがいします!」

「おうよ! ――っふん! てめー、二度とギルドを利用できない覚悟はあるんだよなー?」


 女性職員に呼ばれたトムさんに取り押さえらた男は必死に抵抗するが、ドワルフの彼に人種的な筋力差によりねじ伏せられる。


「トムさん、ありがとうございます。あとで自警団に通報しますからその辺に転がしておいてください」


 足元など気にしていない人混みに転がされるのは酷い恐怖のようで、男は折れて「すみませんでした! お願いします! せめて座らせてください!」と懇願し始めた。


「おうよ。よかったな、この程度で済んで。ギルドへの窃盗は部門長が闇依頼で裁いてもおかしくはないからよぉ」


 先日、ラドン部門長から脅されたトムさんはその時の再現をするかのように窃盗犯の男を脅している。ちょうどいいとばかりに、何があったかを尋ねるために声をかけようとアレンが動こうとしたが人の波でそれは叶わなかった。


「アレンさん、まずは避難誘導を手伝いましょう」

「そうだね。それがいいと俺も思う。それじゃ――みんな聞いてくれ! 俺はS級冒険者のアレンだ!」


 そこで安全確保のために避難誘導に私たちも手を貸そうと提案するとアレンは同意し、――大きな声で名乗りを上げた。


「あの黒雷を俺は見たことがある! S級の黒龍、ジャルガーノの雷撃がそうだ!」

「黒龍だって!? 早く逃げた方がいいんじゃないか?」


 アレンの言葉を耳にした野次馬たちの一部が我先に散っていく。残っているのは彼の言葉を信じていない者と、ここに残る覚悟をした者たちだ。


「先ほどの黒雷は俺が見たものよりも遥かに小さく、産まれたての幼龍のようだが――親龍が来ないとも限らない! 早く避難をしてほしい! 俺はこれから危険の排除に向かうが……なにぶん今はソロだ。幼なくとも龍は龍、時間稼ぎにしかならないだろうが――」


 ズシャーンッ! と、再び建物へと黒雷が落ちた。アレンは「一人でも助かることを願うよ」と私の手を引いて建物の裏手へと姿を隠した。


 左右の商業部門、生活支援部門の側面にそうように伸びた壁で、奥にある本部までを隙間も扉もない壁で囲った生活総合ギルドは、本部の裏手にしか他の出入り口がない。これは建物が内部で繋がっているため、何かあっても他部門を通って避難できるからだ。

 

「なんですか、あの迫真の演技は」

「あ、やっぱり気付いちゃいましたか」

「ジャルガーノなんて呼称の黒龍はいませんから」


 避難を手伝うと言いながらパニックを起こした彼は悪びれる様子もなく吐いた嘘を小さく舌を出して認めた。


「みんな動く気がなかったからね、あれくらいしないと無理かなって。人っていうのはわかりやすく想像できる恐怖の方が理解しやすいから。それにあれを見て避難するような冒険者ならきっとこの場からもう離れている。気付く人もいないさ」

「そうかもしれませんが……、あれは上位悪魔が使う魔黒雷(まこくらい)ですよね。文献にしか残っていませんが……使ってきた個体はどれもS級に分類されていたはずです。けれどどうして……」


 そんな危険な魔物がどうして街中にいるのか、そんな疑問も抱いたが、「あれには心当たりがあるからね。契約の巻物、それを誰かが使ったんだろう」と、アレンがすぐに解消してくれた。

 

「急ごう。悪魔は加虐的でいたぶるのが好きらしいが、死人が出ないとは限らないから」


 本部の裏口に回り込むと、避難のためか非常口のそこは解放されていた。無断侵入にはなるが、事態は一国を争うため、そこからギルド内部へと侵入する。


「エレーネさん、俺は外からこの出入り口があるのを知ってはいたけど、中の構造はわからないから――」

「はい、私についてきてください。むしろ、本部の中まであなたが知っていたらセキュリティを見直さないといけません。商業部門まで案内します」


 本部でも情報収集に追われているようで人が普段よりも移動しているようだ。裏口から入ってきた私たちには気付いているようがだ、昨日、賭けの対象にしていた負目からか声をかけられることはなかった。そんな本部棟の中を私ははぐれないよう、手を繋いだまま彼を連れて進み、巻物が仕舞われたという商業部門の宝物庫へと向かう。


「それと、今から行くのはギルドの最重要機密である宝物庫です。道順なんかと他言無用でお願いします」


 私が事務的に話したせいか、彼は面白そうに「そうだね、二人だけの秘密にしておくよ」といつもの調子で言った。


 本部を抜けて中庭へと入る。すると三度目の落雷が一際大きく鳴り響いて背後に落ちた。一度目は商業部門、二度目は生活支援部門、そして三度目は本部棟。三つの建物にはそれぞれ屋根が壊れて細かい破片が周囲に散っているのが確認できる。


「大丈夫だよ、エレーネさん。きっと大丈夫だから――」

「……ありがとうございます」


 大切な場所が破壊されたのを間近で見てしまい、立ち止まってしまった私に、言い聞かせるようにアレンが大丈夫を何度も囁いた。そこに生活支援部門の制服を着た、見知った一人の男性職員が宝物庫の方から走ってきた。


「エレーネさん! それにアレンさんも! どうしてこんなところのに!? いや、何にしても宝物庫の方には近付かない方がいい。すぐに退避をしてください!」

「キーウェン! ちょうどよかった! 宝物庫はどんな様子だ!」

「……すみません、何があったんですか?」


 キーウェンと出会えたので状況に詳しそうな彼に説明を求めようとするが、彼は怯えたように「それよりも早く逃げよう」と繰り返す。


「落ち着けキーウェン! 俺はS級冒険者だ! 対応にあたりたいから状況を教えてくれ!」


 アレンは繋いでいた私との手をほどいてキーウェンの体を掴んで揺する。すると次第に正気を取り戻していき話ができるようになった。

 

「今日、配属された職員に商業部門の中を案内していたんです。一日付き添って話に聞いていたほど素行が悪いように思えなかったので宝物庫の案内を始めたのですが――」


 キーウェンが言うにはどうやらその新しく配属された人物が『悪魔契約の巻物』を広げてしまったようだ。



 

「――ねぇ、キーウェン先輩? そんなに逃げなくていいじゃないですかぁ~」



 そこまで話を聞いたところで元凶と思われる職員の女性が姿を現した。


 

 悪魔による黒雷の被害で慌てふためくギルド内の喧騒とは裏腹に、その女性だけが落ち着いており、周囲は静寂に満ちているようで異様な空気を放っていた。


「ひぃいいいいっ! ア、アナさん、ば、僕は……に、逃げてなんか……」


 言葉を詰まらせながら何とか弁明を図ろうとするキーウェンの目の前で、さらに黒雷が落ちて地面を抉る。


「あんなに案内をしながらアタックしてくれたのにひどいですよぉ~? 殺しちゃいたいくらい私もあなたのこといいなって思っていたのにぃ~」

「あなた……アナなの? 随分と雰囲気が変わったわね」


 にこやかで明るいイメージだったアナはねっとりとしたうす暗い笑みを浮かべてキーウェンへと迫る。痣かやか紫の髪は今や闇のような黒に染まっており、一目で彼女と私はわからなかった。けれど、マリーが商業部門へ転属させると言っていたのでキーウェンの証言と一致する職員で――きっとそうなのだろう。


「あれぇ~? 憎たらしいエレーネさんじゃないですかぁ~?」

「そういうあなたは愚かなマリーの後輩のアナなのね。どうしてそんな姿になっているのかしら?」


 甘ったるい猫なで声で話す彼女に挑発されているようで、苛立ちを覚えて同じ土俵に立って会話する。正直、はたから見れば低俗な――ただの煽り合いだ。けれど時間稼ぎにはなる。


「悪魔さんが私に力を貸してくれたんですぅ~。復讐するなら手伝うって。だから私は――」


 アナが私を指を指した。その直後、目の前に目が眩むような黒い閃光が迸った。


「エレーネさん、あなたを殺してやる」


 のほほんとしていた彼女の雰囲気が一気に鋭いものに変わり――、「エレーネさんは下がっててください」と、一言だけ言い残してアレンが丸薬を飲み込んでアナの前へと飛び出していく。


「だれど、それはあなたの大好きな彼を殺してからでいいわねぇ~。だって、その方が面白そうだしぃ~♪」

「言ってろ。――その悪魔契約、破棄されてもらう」


 アレンは素手のまま左手でアナの体を殴りかかる。悪魔にとってアナの身体はただの依代で、殴られても無傷で済むと思っていたようで無防備に受けてたとうとし――。


「ッ! あなたバカなんですかぁ〜!?」


 とっさに回避行動を取った。


「当たってくれたらそれで終わったんだけどな」

「……その腕を作るのに一体どれだけの時間を聖水に浸したんですかぁ〜? 正直言って悪魔でもドン引きしますよぉ〜」


 左腕の包帯をアレンは無造作に解いて投げ捨てた。そこには爛れてぐちゃぐちゃになった皮膚が肩から指先まで続いていた。


「毒草も触るんだ。死なないためには必要なことだったんだよっ!」


 再びアレンが左で殴りかかる。それをひたすらに避けるアナという膠着状態が出来上がった。だが、これは少々まずい。知能の高い魔物は逃げる(、、、)という選択肢を持っているからだ。


「知能の高い魔物⋯⋯、魔物? そう、思い出したわ!」


 魔物には習性がある。悪魔は太古の時代に契約書により代償を元に願いを叶える魔物として語り継がれてきた。アナは私の命を代償に何かを願っている。それは彼女の執着心からみるにキーウェンとの恋だ。


「それなりの立場の彼に取り入って、好きにお金を使いたいってところかしら」


 ならやりようは――ある。


「キーウェンさん、聞いてください」


 鍵を握るのはキーウェンだ。彼が失敗した場合、アナの死が確定する。この場を逃げて時間経過で悪魔に身体を完全に奪われるからだ。完全同化した悪魔は聖水で追い出すことはできず、――殺すしかない。憎んではいたが、殺したいほどではない。先ほどの攻撃をみるに、アレンの言っていたようにまだ人を殺していないようだ。


「わかりました……。それで彼女が救えるなら」

「アレンさん! 戻って来てください!」

 

 作戦を説明し、覚悟を決めたキーウェンに頷く。私はアレンを呼び戻した。


「アレンさん、悪魔は契約と代償で顕現しています。アナの願いが果たされれば悪魔は代償を受け取り消えます!」

「それはいいが……、代償はエレーネさんの命だったりしないよな?」

 

 大事なことは伏せてキーウェンとアレンにそれを説明したが、当然アレンにはすぐにバレた。彼女は復讐のために私の命を狙っている。悪魔もそれを手伝っている。なら『エレーネの命』が悪魔の欲する代償と導ける。


「秘策はあります。アレンさん。石蛇草の丸薬を私にください」


 そういうと意図を理解した彼は悲しそうな顔をしながら丸薬の袋を手渡してくれた。悪魔の代償が私の命なら、アナの願いが叶った瞬間に強制的に執行される呪いのようなものだから。前払いはあっても後払いでの願いの成就は文献では確認されていない。願いの成就が代償の支払い期限なのだ。


「ありがとうございます。あとはお願いします」

「あんたも正気ぃ〜!? ふざけんじゃないわよぉ〜! どいつもこいつも頭からおかしいんじゃないのぉ〜?」


 アレンの持ち歩いている手持ちの丸薬、その全てを一気に飲み干した。身体の芯から石化していく。悪魔の悔しがる声が聞こえる。……これでいい。あとはアレンが、マリーが、サリナにシャルルが何とかしてくれる。




 

 誰も死んでいない半年後の未来に――。私は目を覚ました。

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