15.
そのサイドストリートには飲食店が立ち並び、芳ばしかったり甘かったりと様々な美味しそうな香りが周囲に漂っている。お昼時というのもあり、多くの店舗にはそんな匂いに誘われた人たちで行列が出来上がっており、このストリート全域で繁盛している様子が窺えた。
「チナンが食べたいとは言いましたけど、こんなに美味しそうなお店が並んでいると目移りしてしまいますね」
「エレーネさんでも迷うことがあるんですか?」
そんな景色を見ていたらだんだんと惹かれるのも無理はないだろう。何せ嗅覚、聴覚、視覚をこれでもかと刺激されるのだ。そんな少しだけ誘惑に揺れていることをアレンに話すと信じられないものでも見たように目を見開いて尋ねられた。
「もちもんありますよ。アレンさんに断られていたらダインさんに声をかけてみようかなと思ってみたり――」
「俺がエレーネさん一筋なのは伝わってますよね!? 俺から断るなんて……」
一昨日のサリナといい、アレンも私をなんだと思っているのか。そう抗議の意味も込めての一言だったのだが、彼の狼狽が激しくて「嘘です」とすぐに白状してしまった。けれど昨日の件があり歯切れが悪くなっていたのは私からの依頼を断った罰として受け取ってほしい。
「私だって人間なんだって伝えたかっただけです。こんな子どものようなことをするくらいには」
「わかったから冗談でもそんなこと言わないでほしいです……。俺も気をつけるので」
泣きそうになりながら懇願され、さすがに悪かったと思い「ごめんなさい。もう言わないわ」と謝罪した。それからダインさんのことを一昨日初めてシャルルから聞いたと彼に話したら「そういう認識であいつを引き合いに出したわけか」と少し同情しながらも納得していた。
サリナからも『恋愛以外は完璧超人』と揶揄されたと言うとアレンは爆笑していた。これでさっきのはチャラとお互いに和解したところで、私たちは並んでいた列が進み、チナンが食べられるお店へと入ることができた。
「うんめぇ~! うーーーっ! うんめぇ~~~! こんなにも上手い料理がこの世にあったなんて!」
「うるせー! もう少し静かに食べやがれ! おい店主! こいつ追い出いてくれ!」
「うちの料理を気に入ってくれた客を無下にできん。すまんが我慢してくれ。そっちの無精髭の旦那、そう言ってもらえるのは嬉しいがもう少し声を抑えてもらえませんかねぇ。じゃねーと……一品増えちまう」
店内は活気に満ち溢れており客層は女性よりも男性が多い。声も大きくて屈強な冒険者たちの姿が目立つが、人の好さそうな店主のお願いは聞いてくれる話の分かる客ばかりのようだ。
「……凄く混んでますね」
「美味しいと評判だからね。実際、期待してていいよ」
匂いのする店内は席と席の間隔は人がなんとかすれ違える程度だが、ちょうど入れ替わりのタイミングで手前から奥から人がよく動く。そんな混雑している店内でアレンで2席並んで空いていた奥のカウンター席を見つけ、私は彼に案内されて並んで座わった。
「かわった雰囲気のお店ですね」
「チナンはナンドォという異国の郷土料理らしくてね、飾られてる織物や置物なんかは向こう国で作られたものらしいよ」
見たこともない動物が描かれた絨毯や、独特の画法で描かれた壁画、それから巨大なエファンの置物に、嗅いだことのない店内の独特ながらも美味しそうな匂い。その全てが好奇心や期待感を刺激する。物珍しい店内を見ていた私はアレンからの視線に気が付いた。
「……私の顔を見てるようですが、どうかされました?」
「いえ、エレーネさんが可愛いなって」
一体どういう意味なのだろう? そんなことを考えていると「ごめんごめん」とアレンが少し嬉しそうにしながら謝りだす。けれど、それもよくわからないので彼にどういう意味かを尋ねてみた。
「えっと、エレーネさんってなんでも知ってると思っていたので新鮮だな~って嬉しくなったみたいな?」
「なんでもって……私だって知らないことの方が多いですよ? さっきだって色々と聞いていたじゃないですか」
どうやら周囲を見渡す行動が彼の抱いている私のイメージとギャップがあり面白かったようだ。私が知らないこともたくさんあると伝えると「さっきまでは流れで合わせてくれていたのかなって思ってました。けど、エレーネさんとこんな会話ができただけでも今日は幸せかな」なんていつもの調子で言ってきた。
「そうやっていつも通りキザっぽいセリフを言ってる貴方が羨ましいです」
「エレーネさん、俺も貴女と同じですよ。……これが体に染み付いているんです」
少しだけアレンの眼が泳いだ。街を出る前の彼と、S級の今の彼。私の中で彼が仮面をつけているように感じていた理由はコレな気がした。
「お待たせしましたー! チナン二人前です!」
「あ、ありがとうございます? あれ、アレンさん。注文ってされました?」
けれど、そこを深く考える間もなく料理を持って給仕の女性がやってきた。私は注文した記憶はなく、彼がこっそり注文していたのではと思い尋ねると――彼はまた面白いものを見たといった顔をしていた。
「ははっ、してないよ。ここはチナンしかメニューがないから、座れば人数分の料理が運ばれてくるんだ」
「なるほど。言われてみればそうですね。――ありがとうございます。とても美味しそうです」
アレンの説明に納得した私は給仕さんにお礼を言ってまだ熱い料理を受け取る。薄く伸ばしたふかふかなチナンの香ばしい匂いも、辛味薬草の鼻をつく匂いも食欲を刺激し、目の前の料理が輝いて見えた。
「ふふっ、当店自慢の一品です。といっても一品しかメニューがないんですけどね」
「違うだろ? 一品だけだから料理が出てくるのが早い。食材も種類をたくさん持つ必要がないからムダも少なくて安くできる」
給仕さんと会話するアレンはそれなりにこういう場面に慣れた冒険者のようでカッコいい。給仕さんも「そういう考え方もあるんですね」なんて言って彼と楽しそうに会話している。けれど私は面白くない。――そう思っていたのだが。
「どんなことでも良し悪しがあるんだ。メニューが多ければ、それだけ選択肢がある。色々なことを知っている方ができることは多い」
彼の話す内容にどうにも聞き覚えがある。というよりも私は……その考え方でこれまで生きてきた。たとえ自分にこなせない依頼だったとしても、内容や対処法を知っていればそれを提供し、他の冒険者に困っている人を助けてもらう。
生活総合ギルドはそういう場所だ。だから、あそこは万屋のようにどんな依頼も舞い込むのだ。万屋とは違いあくまで仲介場だが、直接誰かを助ける力がなくても、人を助けることができる。だからこの仕事が私は好きだった。
「けれど、できないことが多少あってもそれを補える何かは必ずある。――そう教えてくれた人がいたんだ」
そう言って彼は私に目配せをした。「あっ」と声が漏れる。なぜならこれはウィンベル先輩の教えで、自分に言い聞かせるのと同時にまだ等級の低かった彼にも聞かせていたのを思い出した。
「素敵な方ですね。あっ、呼ばれたのでこの辺で失礼します。話し込んだ私が言える言葉じゃないですが、温かいうちに堪能していってくださいね」
そう言い残して給仕さんは他のお客の元へと去っていった。
「それじゃ、いただこうか」
「はい。料理人と自然に感謝し――」
「「いただきます」」
チナンという料理を食べたのは初めてだったが、とても辛いスープと甘いパンのようなチナンがお互いのうま味を引き立てていて美味しかった。途中、アレンから「エレーネさん、口元にスープがついてますよ」なんて言われる恥ずかしい事件も起きたが、私は十分に堪能できたのでヨシとする。
「とても美味しかったです。素敵なお店に連れてきていただき、ありがとうございました」
「どういたしまして。お口に合って俺もよかったです」
少し面白くないと思ったこともあったが、アレンなりに私のことを考えて話をしていたようなので、料理も美味しかったし許してあげることにした。チナンはおかわりをしてしまうほど堪能した。
「そういえばアレンさん、あんな時間に待ち合わせ場所に来てお昼をどうするつもりだったんですか?」
「B級以上の依頼なら食事時間の取れないことも珍しくないし慣れてるからね。むしろエレーネさんの方がどうする気だったか俺は気になるよ」
食事を抜く気だったアレンは「それで、どうする気だったの?」なんて私に聞いてきた。お食事処が建ち並ぶ地区を歩きながらお互いにお昼をあのまま待っていた場合、どうしていたか疑問に思っていたようだ。
「私もお昼は食べない気でいました。ダイエットなんかで私も一食抜きくらいなら慣れてますから」
「……エレーネさんがダイエット?」
失礼ながらも私の身体をじっと観察した彼は「必要ないと思うし、食事を抜くくらいなら俺とまた草毟りでもいって体を動かそうよ」なんて冗談めかしに誘ってきた。
けれどダイエットで慣れているなんてのは嘘だ。
「……それに、あなたと色々なものを食べたかったので」
小さな声で本音を漏らすと、彼は隣で「実は俺も」なんて優しく笑った。けれど、すでに私はお腹も心もいっぱいだった。




