13.
生活総合ギルドは文字通り幅広い依頼を請負っている。冒険者部門では魔物の素材や薬草など、商業部門へ流さずに依頼主へと引き渡すものもあり、その一時保管のために物置として二階は使っている。
「あの賭けどうなったんだろ?」
「こんな密室にいたらわかんないよね。けどエレーネさんには幸せになってほしいな」
物置部屋は様々なモノが置かれていくため定期的な整理が必要で、何かを動かすガタガタという物音と共に聞こえてきたのは私、エレーネとアレンの結婚依頼の賭けに浮かれず真面目に働いている職員たちの声だった。
「あんた、後輩以外にもちゃんと好かれてるじゃない」
「そうみたいね……私は自分のことを過小評価しすぎていたってことかしら」
マリーがその声を拾って振り向かずに私へ投げかける。昨日から本当に自分の知らなかった自分を知るようで気恥ずかしかった。
「周りからの評価は行動の積み重ねなのよね。この子たちは評価点を上げておいてあげましょうか」
私に言い聞かせながら、しっかりと物置部屋で作業をしている二人のことを覚えているようだ。そんな周りが見れている人間だからマリーは現場管理者を任されているのだろう。
そうこうしているうちに私たちは部門長室の前へとたどり着く。冒険者部門二階の一番奥にあるその部屋の木製扉は、他の部屋の扉よりも質感が良く、光沢もあった。
「話は私とアレンがするからエレーネたちは頷くだけでいいわ。というよりトムさんとキーウェンは口を出さないで」
「わかったわ。ありがとう、マリー。それにアレンさんも」
「エレーネさんとの未来のためなら俺やりますよ!」
矢面に立ってくれるというマリーとアレンに頷き感謝を示す。トムとキーウェンの二人は不服そうだったが、燃やされたくないのか黙って頷いた。アレンはとてもやる気に満ち溢れたように意気込んだ。
「……エレーネ? ちょっと、大丈夫?」
「え、えぇ。大丈夫よ」
そんな彼を見てはっきりと思い出した。――この目だ。私が本当に好きになったのはアレンのこの目だった。成長して仮面で社交辞令してくるようになった彼の本心を、ようやく心から聞けたような気がした。
「……心の準備はできているわ。マリー、お願い」
「それじゃ、いくわよ」
彼を見て少し惚けていた私の様子を心配そうに見ていたマリーだったが、彼女は頷き扉を4回、一定のリズムでノックする。重厚な扉のためかそれなりの力で叩いているように見えるが、音は適度にトントントントンっと響く。
「なんだ」
「失礼します。先程の依頼書の件でS級冒険者のアレン様がラドン部門長とお話したいとのことです」
中からドスの効いた声が聞こえてきた。ラドン部門長の声だ。彼女が用件を伝えると「入れ」の一言で私たちは室内へと足を踏み入れた。中には剣や斧、槍に盾といった武具が飾られ、さながら武器屋の壁際だった。これはA級冒険者だったラドンさんの趣味だ。
「お忙しいところ申し訳ありません。S級冒険者のアレン様と当事者のエレーネ、――それとオマケの2名をお連れしました」
「……随分と大所帯じゃねーか。どうして商業と生支のがいる」
私たちが入室しても興味なさげに奥の執務机で書類に目を通していた男は、マリーの言うオマケが気になったようで顔を上げ、その意外な組み合わせに軽く驚いていた。
「それについては俺から話をさせてもらう」
「雑草英雄が粋がるなよ。お前の依頼は受理しない。うちのエレーネと結婚したけりゃ依頼を受けな」
その顔には左頬に三本の古傷、冒険者部門における最高責任者のラドンさんはアレンに対して不機嫌そうに強面な顔で睨みを利かせる。それもそのはず、楽して賭けに勝てると思いヘソクリの全額をつぎ込んだが、アレンによって全てを奪われる立場となったからだ。一触即発、そんなハラハラする雰囲気の中で、入り口に並んだ私たちの中から隣にいたアレンが進み出る。
「ラドン部門長、この二人は俺が依頼を受けないことを知っていて賭けに参加した。いわば八百長の代表だ」
「……ほお? それで、そもそもエレーネの依頼での賭け自体は無効だ。だからお前の依頼を受けろ。と、そう言いたいわけか?」
そして、アレンからこれまでの経緯が語られるかと皆が思ったであろう。だが、彼はいきなりトムさんとキーウェンの二人を売った。これにはラドンさんも興味を引いた。それを引き合いに出して賭けを無効にし、自分の依頼を受理しろというアレンからの提案をそれだけで受け取る。
「おいおいおいおいアレン! 一緒に酒を飲んだ中じゃねーか! 自分から告白したいがどうしたらいいって泣いてただろう! だからオレはてめーが自分で告白する方に賭けたんだぞ?!」
「盗み聞きをしても儲けようとしたトムさんはともかく僕までそれはないでしょう! 恋愛相談に乗ってあげたじゃないですか!」
当然これには口開くなとマリーから言われていた二人も反論し始める。それはもう身振り手振りで必死だ。けれど、私が聞いていても火に油、ただ燃料を投下しているだけに思えた。
「ねえマリー、これって収集つくの?」
「どうかしら……アレンがこんなことするなんて想定外なのよ。恋は人を変えるのね。けど見て、ラドン部門長も無効にしようという提案は魅力的みたい」
アレンに対して文句を言いながらも互いに罵り合う二人から視線をラドンさんへと移すと「こいつはおもしれー」と小さく言っているのを目にする。
「アレン、お前と話すことなんか何もねーよ。さっさとその依頼書を寄越しな」
「指摘を受けた依頼の期限の追加と、現実的なF級報酬額への修正。それから特記事項に俺の覚悟です。どうぞ」
どうやら説得は上手くいったようで、執務机までアレンは歩いていき、直してきた依頼書の説明しながらラドン部門長へと手渡した。
「よかったわね、エレーネ。おめでとう」
「色々と複雑だけど、ありがとう」
マリーにおめでとうを言われても状況的に素直に喜べないが、とりあえず目的は達成できたと思っていいだろう。
「あの、ラドン部門長。その依頼を受理する前に私の依頼を取り下げていただけませんか?」
「おー、そうだな。無効にするなら依頼者の匿名女性が自ら取り下げた、の方がギルド的にも角が立たないからそうしてもらえるなら助かる。マリー、お前は先にフロアに戻って依頼書を剥がしてこい」
賭けの無効が確定し、上機嫌なラドンさんに指示されてマリーは「わかりました。少々失礼します」と、退室していった。
「さて、賭けはギルドの利用客も巻き込んでたわけだが……不正はギルドへの信用に関わるとは思わなかったか?」
「お言葉ですがどの口が――」
依頼を受けないと私と結婚できないよう仕向けたラドンに対し、キーウェンが反論しようとしたがその眼光による威圧だけで言葉を失ってしまった。
「賭けは無効。お前ら二人の不正も無効になってよかったじゃねーか。無効じゃなければ――私刑依頼を俺や誰かが出してたからな」
人に危害を加える依頼は原則として出すことができない。だが、ギルドを通さずに依頼する、闇依頼または私刑依頼は一般的ではないが存在する。いわゆる夜道には気をつけろというやつだ。
「ちくしょー! それでもういい! オレたちは何も知らなかった。賭けは無効になった。それでいいな、キーウェン」
「あ、あぁ……」
不正の代償があまりにも大きくなりすぎることにビビり、トムさんは投げやりに、キーウェンは怯えながら無効になったのを認めた。
「こういう賭けは相手がどれだけ賭けてるかわからないからね。俺が依頼を受けると冒険者部門のヤツらは信じていたし、それこそ全財産ぶち込んでるヤツもいるだろ?」
「それはまあ……周りの目もそうだってシャルルたちからも聞いていたし、実際にラドン部門長は大金を賭けられてましたからね。他に大金を賭けた方がいても不思議ではないですが……」
用事は済んだとばかりに私の元へとやってきたアレンは項垂れる二人を見ながら、最初からこうするつもりだったと伝えてきた。確かに彼のいう通りで、裏でラドンさんのヘソクリどころじゃない大金が動いている可能性もあった。
「恨みを買って殺されるなんて最悪のケースもあるしこの方がいい。仮に俺が受けていたとしても誰に恨まれるかわかったもんじゃないしな」
確かに今回はトムさんとキーウェンの二人がラドンさんに損害を与え、恨みを買うところだった。けれど、そもそも賭けの対象になるような行動をとったアレンや私も恨まれる可能性はある。理不尽な話だが人とはそういう生き物なのだ。
もしかしたらアレンはここまで見越して動いていたのかもしれない。――なんたってS級冒険者なのだから。
「おい、エレーネ」
「はい。なんでしょうか?」
そんなことを考えていると上機嫌なラドンから声がかかった。
「お前、明日は有給を取れ。ったく、いつもいつも最低限しか取らねーからよ。こんな騒動の後くらいゆっくりしてこい」」
ラドンさんの言っている意味がよくわからず考え込む。私は部門長である彼のいうように有給をほとんど取っていない。けれどそれに対して不満もなかったのだが、直接休めと言われたのならそうした方がいいのだろう。なので私は一種の業務命令と受け取った。
「エレーネさん、だったら俺とデートしてくれませんか? 依頼とは順番が逆ですけど、今のエレーネさんのことをもっと知りたいので」
まっすぐな目でそんなことを言われたら断れるはずがない。それに私はもう――彼に恋をしてしまったのだから。




